第41話
詩兎は瑛と名乗る青年に連れられ、宮廷を出て市にやってきた。
中央区の市はとても賑やかで店も多く並んでいる。
隣国からの輸入品や遠い国の珍しい品物も多く、見るだけでも楽しいものだった。
「詩兎、あれは美味いか?」
露店に並ぶ串焼きを指して瑛は少年のように目を輝かせている。
詩兎が推測するに、瑛はかなり良い家のお坊ちゃまだ。
中央区の市にこれほど興奮する青年を詩兎は知らない。
瑛が指さす串焼きもこの国ではありふれているもので、誰もが一度は食べたことがあると断言していい。
それを珍しがるって相当よね。
「食べてみますか? 甘辛くて美味しいですよ」
詩兎は露店の店主に焼き立てを二本貰い、代金を支払う。
「どうぞ」
「お、おう」
詩兎は瑛に串焼きを一本差し出す。
すると瑛はおっかなびっくりの表情でそれを受け取った。
「美味いな」
「それは良かったです」
串焼きを食べ終えると瑛は次々に興味を引かれる露店へと足を向けた。
甘い焼き菓子や衣料品、装飾品、あちこち見て回るとあっという間に辺りは暗くなってしまった。
「暗くなってきたな」
「楽しかったですね」
詩兎も久しぶりに純粋に賑やかな場所を楽しむことができた。
最初こそ、瑛を警戒していた詩兎だが、いつの間にか瑛を楽しませることに徹していた。
普通は急に町へ連れ出されたら警戒する。
出会いから三十秒で『付き合え、外出するぞ』とは普通はならない展開だが、瑛には不思議と警戒心がそこまで高まらなかった。
それから瑛は何でも興味深そうに見つめて、詩兎の説明もよく聞く。
詩兎よりも年上だが、異母弟の万里を連れて外出したときのことを鮮明に思い出させてくれた。
その時の万里と瑛が重なって見え、詩兎はおかしくてクスっと笑う。
祖父が病に倒れてから、賑やかな場所から遠ざかっていた詩兎も今日は思いっきり楽しめた。
「次の店で最後にするか」
「そうですね」
瑛が指したのは竜眼石を売っている店だ。
採掘量が厳しく制限されている竜眼石はあまり市場に出回らないが、効力がほとんどない小さなものなどは売買が認められている。
規定の大きさ以上のものを所持する場合は認可が必要で、認可なく所持すれば刑罰の対象になる。
露店に売られているのは規定以下の大きさの小さいものだ。
詩兎も瑛と一緒に並べられた商品を覗く。
美しい細工の指輪や首飾りに耳飾り、手鏡などに規定以下の小さな竜眼石をあしらった品がズラリと並んでいる。
石だけではなく、硝子細工などもあり、こちらもキラキラとしていて詩兎の目を引いた。
特に店主の後ろにある兎の形をした硝子細工が可愛らしくて気になるが、あれは売り物ではなさそうだ。
並んだ品々を眺めていると一つの石に目を奪われる。
青く輝く手の平の収まる大きさの石がついた首飾りだ。
高っ!! 何これ⁉ 市で売る商品じゃないんじゃない⁉
値札には目玉が飛び出る金額と商品名には宝石とだけ書かれている。
他にもいくつか市の露店で売買するべきではないと思われるほど高価な宝石があり、詩兎は値札の桁を見間違えたのかと、目元を擦った。
値段は……見間違いじゃない……。
値段だけじゃななく、気になることが他にもあった。
店主に訊ねるべきか迷っていると、店主がニコニコとした表情で近づいて来る。
「若いお嬢さんなら指輪はどうだい?」
店主は詩兎に指輪を勧める。
沢山の指輪の中で一つ、詩兎の目を引いたものがあった。
「綺麗……」
詩兎は思わず呟いた。
指輪の細かな花模様がとても可愛くて小さな赤い石が綺麗だ。
これは竜眼石ではないけど、この値段は可愛くないわね。
竜眼石は稀少なので小さくとも高価だ。
しかし、この指輪の石は竜眼石ではないのできっと宝石なのだろう。
「それが気に入ったのか?」
瑛の言葉に店主の目がキラリと光る。
「お嬢さん! いや、お目が高いね! その指輪は噂の研磨姫が磨いた竜眼石でね!」
『噂の研磨姫』という言葉に詩兎はピクっと反応する。
せっか今の瞬間まで楽しんでいたのに、嫌なことを思い出してしまったではないか。
昼間のお茶会で人々の注目を集め、並び立つ二人の姿を思い出し、詩兎は息が苦しくなる。
「竜王殿下に見初められた研磨姫のように幸せを掴みたい女性に大人気なんだよ! お嬢さんもどうだい?」
「結構です」
詩兎は即答する。
人生で一番低い声が出た気がした。
自分でもよく分からない。
だけど、無性に店主の発言が癇に障ったのだ。
「これが竜眼石? 馬鹿にしてるんですか?」
詩兎は店主に低い声のまま訊ねる。
せめてもの優しさで声の大きさは小さめにしてある。
「ば、馬鹿になんて……」
据わった目をした詩兎に店主は顔を引き攣らせて後退る。
「商品の中に混ざった偽物……偽物と本物、割合として四対一くらいでしょうか」
詩兎の指摘に店主はギクっと顔を青くする。
しかし店主も黙ってはいなかった。
「おいっ、言いがかりをつけるな!」
言いがかりでも何でもない事実だ。
他の者は騙せても、竜眼石の呼吸を感じ取れる詩兎を騙すことはできない。
偽物を売りつけようとし、あまつ嫌なことを思い出させてくれた仕返しだと言わんばかりに詩兎は店主を捲し立てる。
「言いがかりではありません。事実です。それに、そっちの高額な石……宝石と書かれていますがそっちは本物の竜眼石ですよね」
詩兎は先ほどから気になっていた高額な値札のついた石を指さす。
店主は詩兎の指さした石に視線を向けて、分かりやすくギクっと肩を跳ね上げた。
「あれは間違いなく本物の竜眼石です。ですが、規定の大きさよりもずっと大きい。このような場所での売買は禁止されているはずです」
詩兎は真っすぐに店主の目を見据えて告げた。
市場に出回る竜眼石は小さく、効力をほとんど見込めないもののみ。
規定の大きさを下回ったもののみが、市民も竜神の加護を授かれるように、親しまれるようにとお守りとして所持が認められている。
しかし、規定以上の大きさは現在では売買は禁じられ、所持するためには申請が必要なのだ。
採掘量から制限されているため、どこかから横流しされた品だと思われる。
「店主、この竜眼石……どこで手に入れたのですか?」
詩兎の厳しい視線に店主は一瞬、圧倒される。
あちこち、視線を彷徨わせて言い訳の言葉を探しているようだった。
「ちっ、くそ! 商売の邪魔しやがって!」
「詩兎!」
言い訳もなく、詩兎の言葉に店主は逆上し、近くに置かれた兎の形をした硝子の置物を掴んだ。
店主が次に何をするかを察した瑛が詩兎に向かって腕を伸ばすが、店主が置物を投げつける方が早かった。
詩兎は自分に迫って来る兎の置物に身動きができない。
絶対に当たったら痛いヤツ!
何とか反射的に目を瞑ることはできた。
腕で顔を覆ったり、避けたりすることすらもできず、ただ目を瞑って衝撃を待つ。
しかし、いつまで経っても予想した強い衝撃はやって来ない。
その代わりに腹部に圧迫感と、背中に温もりと鼓動を感じて目を開けた。
そして目の前の光景に詩兎は驚き、目を丸くする。
詩兎の眼前に兎の置物がくるくると回転しながら浮遊していたのだ。
一体、何が起きているのかと思った時、自分が誰かに後ろから抱き込まれていることに気付く。
ふわりと漂う爽やかな香の匂いに詩兎ははっとなり、弾かれたように顔を上げた。
「ろ、露火様……?」
詩兎は驚き、呟く。
自分を助けてくれたのはここにいるはずのない露火だったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます