第36話

 研磨局へ入局して早々、詩兎を待ち受けていたのは部外者への洗礼であった。

 詩兎が露火直々に連れてきた研磨師ということで、職人達も無下には扱うことができないらしかった。


「何をすればいいでしょうか?」


 詩兎が局長の陵庵に訊ねると、彼は非常に煩わしそうに『掃除でもしていろ』と吐き捨てるように言うとすぐにいなくなってしまう。


 他の職人達に訊ねても口を揃えたように『手は足りてる』、『こっちは間に合っている』と言って詩兎に仕事をさせる気がないらしい。


 挨拶をしても返事は来ないし、話しかけてもほぼ無視だ。

 仕事に関しての疑問は本当に最低限なら答える、くらい。


 しかし、中には攻撃的な者もいた。


「私も手伝います」


 詩兎が声を掛けたのは二人の女性研磨師だ。

 男性の中で詩兎を合わせてこの研磨局には三人しか女性がいない。


「調子に乗らないで」


 キっと片方の女性が詩兎を睨みつける。


 できれば仲良くしたい。せめて仕事と割り切って普通の関係を築きたいと考えていた詩兎の想いはすぐに打ち砕かれた。


「ここは研磨局なのよ。竜血の者達の中でも研磨の腕を認められた者だけがここで働くことを許されるの。あなたのような人が来るべき場所じゃないわ」


 一人が強い口調で詩兎に言った。

 もう一人の女性は何も言わないが、女性の発言に深く頷く。


「私も研磨は得意ですが」


「お遊び程度の腕じゃ話にならないわ。研磨姫くらいの実力があるなら未だしも、大した実力もないくせに殿下に取り入ってここに入ろうだなんてそうはいかないわよ!」


 もうこれ以上話す必要はないと言わんばかりに二人は詩兎に背を向けて離れて行く。


 ここで『そこまで言うならやってみろ』という展開に持ち込めたら手っ取り早く詩兎の実力を見せることができたのに。


 惜しかったわね⋯⋯。


「家を追い出されたから竜王を誑かして研磨局に入ろうだなんて⋯⋯」


「身の程知らずにもほどがある」


 今のやり取りを見ていた者達のヒソヒソとした声が詩兎の耳に届く。


 初日からこんな感じだなんて、先が思いやられる……。


 露骨な嫌がらせではないが、詩兎に仕事をさせないことで立場と役割を奪う陰湿な『部外者は出ていけ』攻撃を受けていた。


 誰も目を合わせてくれない状況は正直堪えるが、だからといって挫けるわけにはいかない。


 とりあえず、手当たり次第掃除をしながら、職人達の仕事ぶりを観察するが、露火の言葉の意味がよく分かるほど仕事はいい加減だった。


「これは研磨の途中のものですか?」


 詩兎は近くにい職人に訊ねた。

 

「これは作業を終えたものです。これから必要とする部署や人の元へ渡ります」


 きっと詩兎と口を利くなとでも言われているのだろう。

 詩兎よりも幼い少年の職人は周りの目を気にしながら答えてくれた。


 雑に磨かれた竜眼石が集められた籠があり、大小様々な竜眼石が乱雑に収まっている。

 中途半端に研磨された石をここに集める理由を訊ねたつもりだったが、詩兎から見て『中途半端』でも彼らにとっては『完成』であるらしかった。


 信じられない……これで終わり?


 あまりにも仕事が雑過ぎる。

 石の表面の凹凸部分の汚れが落ち切っていないし、まだまだくすんでいて本来の輝きが見えない。


 まだまだ研磨の余地があるのにこれで完成……?


 詩兎が驚愕の表情を浮かべていると少年は詩兎に小声で訊ねた。


「……やっぱり、おかしいですよね……? 前はこんなんじゃなかったんですけど……」


 少年は愚痴っぽくぼやいた。


「それに磨き方が悪くて嫌味を言われるのはいつもこれを持って行く俺なんです」


 この研磨をおかしいと思っている人がいてくれで何よりだ。

 これが普通だと思っている者ばかりだったら本当にマズイ状況である。


「これ、いつ持って行くの?」


「えっと……お昼頃です」


 詩兎は腕を捲って手頃な椅子に座る。

 

「じゃあ、急がなくっちゃね。あなたも手伝ってくれる?」


 そして手に研磨をするための布を握り、中途半端に磨かれた石達に向き合ったのである。

 

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