第26話


 ドスンっと鉛で頭を殴られたかの衝撃を覚える。

 流石にそこまで言われると思わなかった詩兎は戸惑いと混乱で目の前が真っ暗になった。


「私がいなくなったら……工場は、仕事はどうするというのです⁉ 私を追い出せば職人は五人しかいないのですよ⁉ 到底、仕事が回るとは思いません!!」


 工場の職人は詩兎を除くと五人。

 六人でもキツイ作業量を今現在なんとかこなしているが、それでも長くは続けることができない。

 いつ誰が倒れてもおかしくない危険な状況なのだ。


 そしてここでの詩兎の役割は研磨師としての仕事は勿論、父親に意見し、職人達の給料と休暇を守り、安全に仕事ができるようにすることだ。


 詩兎がいなくなれば父に意見することができるものがいなくなる。

 

「心配するな。お前の代わりの研磨師は既に見つけてある。その者にここを仕切らせることにする」


「後任なら六孫にさせるのが筋でしょう。この工場を誰よりもよく知っている者が務めるべきです」


「お前の意見は聞かん。もう決まったことだ。すぐに出ていけ!」


 詩兎はその残酷な言葉に奥歯を噛み締めることしかできない。

 父にとって自分は替えのきく道具と同じなのだ。

 

 頭の中では分かっていたし、割り切っているつもりでいた。

 けれども、心の奥では職人として役に立てば自分の存在を認めてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたのだと気付かされた。


 今のこの激しい落胆と深い絶望がその証拠だ。  


 不義の子と言われ、蔑まれ貶されても、詩兎は竜眼石の原石の採掘、研磨、加工、それぞれの仕事に深く関わり、家のために懸命に努力してきた。


 昔からの顧客を大切にし、縁を繋ぎ、妥協はせずに誠実で丁寧な仕事を心掛けてきたからこそ、詩兎は皇家や有権貴族からも仕事を任されるようになったのだ。


 自分の努力や頑張りは全く理解されていなかったのだと思うと、詩兎は絶望的な気分になる。



「流石あの女の娘ね。過ちを認めない往生際の悪さもそっくりだわ」


 気だるそうな声で工場に入って来たのは継母の染琴だ。

 露出の多い服に飾りの多い扇を片手に踵を鳴らして現れた。

 今日も近くにいるわけじゃないのに、鼻が曲がりそうになるほど香水をたくさん振りかけている。


 おかげで継母に会った後はいつも鼻がおかしくなるが、今はそんなこと気にしていられないくらい、詩兎も動揺していた。


「当主の命令は絶対よ。あなたには出て行ってもらわなければ困るの。可愛い華陽が恥をかかないためにもね」


 詩兎は眉を顰めた。

 何故、華陽が恥をかかないために詩兎が家を追い出されなければならないのか。


「ふふ、一応、一族の端くれとして教えておいてあげるわ」


「誇りに思え。華陽はあの竜王殿下から見初められたのだ!」 


 染琴は華陽の肩を優しく抱き、陶達は誇らしげに胸を張った。


「何故、華陽が……?」


 というよりも、何故桜家が? という疑問だ。


 竜王殿下といえば皇帝の弟君で偉大な竜神から加護を与えられ、八種類の竜眼石全てを操ることができる人物だ。


 そんな天の上にいるようなお方が今にも潰れそうな家門の娘を妻に娶る理由が分からない。


「華陽は宮廷で竜王殿下に見初められたのだ。あぁ、そうだ。研磨された竜眼石も褒めて下さったぞ」


「まさか……」


 にやりと品のない笑みを浮かべる陶辰を見て詩兎は嫌な予感に血の気が引いた。


「まさか、偽ったのですか⁉ あれは私が研磨したものですよ⁉」


 そのまさかなのだろう。


 陶辰はあの竜眼石を研磨した者は誰か訊ねられた際に詩兎ではなく、華陽と伝えたのだ。


 皇家からの依頼は桜家職人による研磨だった。決して詩兎を名指ししたものではなかったが、皇家からの依頼であるならば桜家で最も実力がある詩兎が行うのは必然だったし、陶辰もそれに関しては異論はない様子だった。


 むしろ、失礼のないようにお前がするべきだ、と言っていたぐらいだ。


 詩兎は悔しさと怒りで無意識に拳を握り締める。


 またしても奪われた。

 自分が費やした時間と労力、今まで培った技術を持って磨き上げたあの竜眼石の研磨もなかったことにされてしまった。


 奥歯を噛み締めてもその悔しさも怒りも喉の奥に消えてはくれない。


「竜眼石はきっかけの一つにすぎん。竜王殿下のお耳にも優秀な華陽のことは入っていたのだろうな。その場ですぐに華陽を宮廷に迎えたいとおっしゃったのだ」


「言いたいことは分かるわね? あなたのような役立たずの能無しが家族だと華陽が恥をかくのよ」


 悔しくて言葉が出ない。


 桜家から皇族の妃が出るのは喜ばしいことではある。

 しかし、それを理由に自分が居場所を失うことになるとは。


 目の前が真っ暗になり、足元が崩れ落ちるような絶望を覚えた時だ。


「これはいい」


 この場に似つかわしくない明るい声で炎瑛が声を上げたのだ。

 空気を読まない場違いな調子の炎瑛に皆が視線を向けた。


「ご当主様。詩兎お嬢様を捨てると仰るのでしたら、私が貰い受けますよ」


 炎瑛の淀みのないはっきりとした声が工場内に響いた。

 

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