第4話
詩兎が『不義の子』などと不名誉な呼ばれ方をするのには理由がある。
父である陶辰と母の静蘭の婚姻は母の家との繋がりを欲した政略結婚で、祖父の取り決めたことだった。
母の出身である芭家は桜家よりも家格の高い中級貴族だったが、母は当時の当主がどこからか引き取った養女で貴族ではなかったのだ。
当時の芭家の当主は引き取った母を大層大事にしており、祖父は聡明で穏やかな気性の母を気に入ったことで婚姻が結ばれた。
しかし、父は純粋な貴族ではない母のことが気に入らなかったようで夫婦の義務を果たすと母のことは放って外に愛人を囲い、子供を作った。
夫婦の義務で生まれた詩兎は父にも母にも似ていない。
詩兎の髪はあまり見かけない薄蘇芳色で瞳は空を映したような青色だ。
黒髪で緑色の瞳の父とは似ても似つかず、母も黒い髪と鳶色の瞳だったため、父母のどちらとも似ていないのだ。
父は自分が不在の間に男を連れ込んでできた子供が詩兎だと思っている。
親子であれば多少なりともどこかに特徴があるはずだと。
しかし、詩兎はとことん父と似ていない。
故に父の中で詩兎は母がよその男とつくった『不義の子』なのだ。
母や祖父、周りがどんなに否定しても頑なに詩兎を実子であると認めない。
自分だってよその女との間に子供をつくっているのだから異母妹とて詩兎から見たら不義の子であるが、この国の現時代においては既婚男性が妻以外の女性と関係を持つのは世間的に認められているのにその逆は認められていない。
男優勢の社会であることがもどかしい。
父と全く似ていない詩兎に対して異母妹の華陽は父にそっくりだ。
父と同じ髪色、同じ瞳、傲慢で我が儘で見栄っ張りで、他人の迷惑を考えないところまでそっくりで、自分によく似た華陽を父はとても可愛がっている。
母が十年前に亡くなり、すぐに愛人を後妻として迎え、ようやく家族の生活が始まるという中で詩兎の存在は目障りでしかなかったらしい。
桜家に移り住んでから父達は詩兎を排除しようとしたが、祖父に守られていた詩兎に直接的な手出しができなかった。
しかし、二年前に祖父が亡くなり、祖父の庇護を失った詩兎はこの工場で働くことを条件に存在が許されている状態だ。
二年前までは確かに貴族の令嬢然としていた詩兎だが、今では着る者も食べる物も使用人達と変わらない。
祖父が用意してくれた邸の日当たりの良い自室は華陽に奪われ、離れに追いやられてしまったし、母の形見は思い出と共に奪われた。
祖父から贈られた装飾品は一つを残して詩兎が自ら売り払った。
大した価値のない母の形見を容赦なく奪っていった二人は祖父が詩兎のために買い与えた一級品を奪わないはずはない。
祖父が余命宣告をされた日、詩兎は祖父の知人を通して早々に売り払ったのだが、それを知らない義母達は祖父から贈られた品々をどこかに隠していると思っているらしく、定期的に部屋を物色している。
帰ったらまた部屋が散らかっているかもしれないと思うと頭痛がするわね。
詩兎は腹部を占めた帯にそっと触れた。
帯越しにゴツゴツとした固いものが指先に触れる。
それをしっかりと感じて詩兎は乱れた心を落ち着かせた。
それから工場の外にある井戸で水を汲み、手巾を水に浸して絞り、痛む頬に当てる。
熱を持つ頬に手巾に染み込んだ水が優しく熱を和らげてくれるのを感じ、もう一度深く息をついた時だ。
「おや、お嬢様。こんな所でお一人ですか?」
背後から若い男の声がした。
聞き覚えのある声と飄々とした口調に詩兎は眉根を寄せ、ゆっくりと振り向いた。
そこには思った通り、詩兎の苦手な男が立っていた。
小首を傾げてニコニコと愛想の良さそうな笑みを浮かべ、詩兎の方に向かって歩いてくる。
服装は長距離移動に適した軽装と雨と冷たい風を凌げる編み笠を被り、それらはここへ来るまでの間に雨風に晒されて汚れていた。
「お久しぶりですね、お嬢様」
被っていた笠を脱げば、現れたのは輝く青銀の髪と麗しい容貌の青年だ。
旅の最中、満足に身を清められなくとも、その麗しいご面相は何故か無駄に眩しく輝いている。
女が百人いれば百人全員の心を掌握できる極上の笑みをぶら下げ、詩兎の前で歩みを止めた。
「……お久しぶりです、炎瑛殿」
詩兎は全表情筋を動かして笑顔を張り付けた。
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