第2話
桜華陽、詩兎の二つ年下の義理の妹である。
艶やかな黒い髪と色白の肌、父と同じ緑色の瞳と愛嬌のある顔立ちが特徴で胸元には青色の竜眼石で作られた首飾りを身に着けている。
その愛らしい容姿から社交界でも注目を浴びる義理の妹は、見目だけであれば詩兎から見ても愛らしいと思う。
性格は全く可愛くないけどね。
「……その辛気臭い場所に何のようかしら?」
詩兎は苛立ちを込めて言い返す。
「頼んだ石がまだ届いてないじゃない。どうなってるの?」
刺々しい口調で華陽は言った。
そして華陽は詩兎の手元にある研磨途中の石に視線を向ける。
「まぁ! お姉様! まだ終わってないの⁉ この程度の研磨にいつまでかかるの⁉」
わざとらしく大袈裟な声で華陽は言う。
「もう、本当にのろまなんだから! こんなんじゃ、受け渡しに間に合わないじゃない!」
華陽は大きな声で詩兎を罵倒する。
こめかみが無意識にピクピクと跳ね、今にも血管が破けそうになるのを詩兎は感じた。
「この石の受け渡しは十日後のはずだけど? 十分間に合うわ」
苛立ちを心の中に全身全霊で引き止め、詩兎は何とか言葉を口にする。
「何言ってるの? 受け渡しは明後日よ」
その言葉に詩兎は頬を引き攣らせた。
「聞いてないわね。受注書には十日後の日付が記載されてるけど」
「そうだったかしら? あぁ、そう言えば、あちらの都合で変更になったのだったわ」
だったら、それをきちんと伝えておけ!
すっとぼける華陽に詩兎は怒鳴り散らしたい衝動を必死で堪えた。
「どうした、華陽」
「お父様!」
詩兎が怒りを拳を握り締めて耐えているところに、また一人迷惑な人物がやってきた。
詩兎の父である陶辰である。
「明日持って行く竜眼石がまだ届かないので、様子を見に来たの。そうしたらまだ終ってなくて」
華陽の言葉に陶辰は眉を跳ね上げた。
「何だって⁉ お前は今まで何をしていたんだ⁉」
陶辰の怒鳴り声が部屋中に響き渡る。
「仕事です」
詩兎は手元にある竜眼石の受注書を掲げた。
そこには受け取った二日前の日付と今日を含めて十日後の受け渡し日がしっかりと記入されている。
「受け渡しの日にこれだけ余裕があるのですから、他の仕事を優先させるのは当たり前です。我が家が請け負っているのはこの石だけではないのですから」
「口答えするな! この石は皇室からの依頼品なのだぞ! 優先するのは当然であろう!!」
父がここまで怒鳴り散らすのはそれが理由なのだ。
詩兎が今磨いている竜眼石は皇室からの依頼品なのである。
皇室からの依頼は勿論、大変名誉なことだ。納期の遅れは許されない。
しかし、皇室からの依頼は初めてではないし、原石を届けてくれる城からの遣いの者とは顔見知りで、その者からも納期さえ守ってくれれば特別に急ぐ必要はないと再三言われている。
それは桜家の、この工場の事情を知ってくれているからだ。
「…………以前でしたらそれも可能だったでしょう。二十人もいた研磨師を十四人もお父様がクビにしなければ」
詩兎が陶辰を嫌味を言った次の瞬間、平手打ちが飛んできた。
バチンと手の平が頬を打つ音が響き、頬にはじりじりとした痛みがやってくる。
「お嬢様!」
叩かれた勢いでふらついた詩兎に天音が駆け寄る。
「あぁ……! お嬢様、大丈夫ですか?」
天音だけでなく六孫や他の研磨師も詩兎に駆け寄り、詩兎の腫れた頬を見て、心配そうな表情をする。
詩兎は天音に支えられながら体勢を直し、痛む頬を押さえながら憤慨する父に視線を向けた。
「生意気な口を叩くな! 役立たずの不義の子の分際で、この恩知らずがっ!」
父の口から吐き出されたのは詩兎を罵倒する言葉だ。
また同じ文句……聞き飽きてるのよね……。
最初こそ傷付きもしたが、慣れというのは怖いもので心の痛覚すらも鈍くさせる。
「皇室からの依頼品だけでなく、こんなに手付かずの石があるではないか! 生意
気な口を叩く前に手を動かせ!」
陶辰の視線の先には依頼を受けたものの、まだ手を付けていない原石が山になっている。
「お前のような能無しを養ってやっているのだから少しは家の役に立たんか!」
詩兎にそう言った後、天音や他の研磨師達のことも一瞥して陶辰は言う。
「貴様らもだ! 貴様ら研磨師の代わりなど探せばいくらでもいるのだからなっ!」
研磨師達は物言いたげな視線を陶辰に向けるが、言葉を発する者はいない。
「これも追加だ。五日後までに仕上げておけ」
陶辰が使用人に運び込ませた大きな箱には竜眼石の原石がびっちりと入っていた。
「……この量を五日後までに?」
未だに手付かずの依頼品がある状況で五日後まで納品は厳しい。
昔ならともかく、今は人手が足りないのだ。
こちらの状況を考えて依頼を受けるようにと再三言っているのに、工場で働く者達のことなど完全に無視して依頼を勝手に受けてくるから困るのだ。
詩兎や職人達が困る様子を見て陶辰と華陽は嘲笑を浮かべる。
「さっさと仕事をしろっ! 納期の遅れは許さんからな!」
「お姉様、分かってると思うけど、皇室の依頼品なんだから絶対手は抜かないでよ? 家門に泥を塗るようなことはしないでね?」
ふふっと華陽は意地の悪い笑みを浮かべて詩兎に背を向け、二人は工場を出て行った。
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