第51話 海で遊んでみよう


「では、これより、サキシマウミヒトによる海遊びの訓練を開始する」


「はい!」


「「「「「「「「キュイ!!!!」」」」」」」


「海は美しく非常に楽しい場所だが、同時に恐ろしく強大で非常に危険な場所だ。くれぐれも、自分の力を過信しないように。クリム君」


「はい!!!!」


「うわ、すげえ良い返事。……君のチャレンジ精神とガッツはとても素晴らしい。あとは正しい知識と技術さえ身に着ければ海は君にその懐を貸してくれるだろう」


「キュイキュイ」

「キュイ」

「キュイキュイキュイ」

「良い心掛けだろ、常識的に考えて」


 イルカ達がちゃぱちゃぱと水面をくちばしで叩く。

 頷いてくれているようだ。

 約一匹、なんか、立ち泳ぎのままヒレを腕組みするようにしてる真っ白なイルカもいるが、もうあいつの事は気にしないでおこう。



「さて、それでは早速海遊びの訓練を始めようか。クリム君、ちなみに君は先ほど若干溺れかけた訳だが……原因は思いつくかい?」


「えっと、海凄いって思ってたら、水の中で息が出来ない事に気付いて……そしたら次は目に水が触れるのにも驚いて、気付いたら身体が重たくなって沈みました!!」



 びしっと直立しつつ、はきはきと答えるクリム君。

 彼女の言葉は聞いてアホの子か? と思う人間は恐らく水の中で溺れかけた事がない人間だろう。


 彼女の言葉は全て正しい。

 ヒトは、水の中で呼吸が出来ない、だから溺れる。


 海や川で泳ぐという行為は、つまりヒトの生息域ではない領域へ足を踏み入れるのだという事を認識しなければならない。


 前の世界でも、夏が来るたび痛ましい水難事故が毎年起きる。

 あれだけ注意喚起されても、何度も何度も同じ事が起きるのはつまり、そういう事だ。


 故に、我々は覚悟しなければならない。

 どれだけ楽しいレジャーのつもりでも、水遊びというのは、ある意味現代社会において最も、死に近い場所で遊ぶ行為なのだという事を。


 現代社会に、水竜はいない。皆人間なのだから。


 さて、じゃあ、それでは水遊びしなければいいんじゃねという意見があるが…… うん、まあ、そう。それはそうなのだ。


 溺れないで済む最大最高の方法は、海や川に入らない。たったこれだけの決まりを守るだけで、その人物は溺れる羽目になる可能性はほぼゼロになるだろう。


 だが、一定数の人間は生まれたときから海や川に魅せられてしまう。

 地上で生きて地上で栄える事を選んだ種族のはずなのにな。

 だが、私はそれを愚かとは思えない。


 私は知っている、あの水の冷たさのなんと心地いいものかを。

 私は知っている、水の中の世界の神秘的な美しさを。


 一度それを見てしまうと、心だけ海にとらわれてしまったような錯覚を覚える。

 自分よりも遥かに上手に海の中を泳ぐ魚に嫉妬し、どこにいても、どんな激務の中でも海中の世界を思うようになる。




 ――海には、何かが棲んでいるのかもしれない。

 ヒトの心を惑わし、呼び寄せるような何か。

 海の呼び声――。



「あ、あの、サキシマさん? す、すみません、私。変な事言っちゃいましたか……?」



 白い肌に濡れた金の髪が張り付いている。

 白い砂浜と青い空が似合いすぎる美少女が心配そうな顔を浮かべていた。


「おっと、すまない、少し考え事をしてしまっていた。――いや、クリム君、君は正しいよ。では、逆に聞こうか、君が溺れない為にはどうすればよかったと思う?」









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