第45話 異世界の激震 その2


「……そ、その、魔術公様、本当に、妹御様の捜索は――」



 老齢の執事が静かにクリスに言葉をかける。

 クリスは顔色1つ変えず、出奔した妹の処遇を語る。



「必要ありません、彼女も無才の身と言えどパラケルススの人間です。帝都の民が汗と血を流して収めた税を民を守るべき貴族の不始末に使うのは認める事は出来ません、捨ておきなさい」


「……は。魔術公様の仰る通りに……では、恐れながら次の陳情を。エルフ共同体から、魔術交流試合の申し込みが」


「それもクリムに行かせなさい、あの粗忽者の魔術であれば、試合にかこつけて魔術理論を盗みとろうとする姑息な耳長も首を傾げるしか出来ないでしょう。ふふふ、あの子は昔から感覚だけで魔術構成を――」



 クリスはまた書類に目を通したまま、淡々と答える。

 彼女の機械のような頭脳は常に問題の最適解にたどり着く。


 だが、不思議な事にその言葉と裏腹に、妹について語るその顔は、一瞬――。


「魔術公、いえ、クリス様……妹御、クリムお嬢様は、先月家を出られてから一度もお戻りになっておりません」


 老執事が痛ましさを耐えたような声でクリスに言葉を。


 クリスの銀髪の毛先が一瞬、ふるると震えたような。


「……失礼、そうでしたね。……少し疲れているようです、3分仮眠を取ります、10秒前に起こして頂ければ」


「はっ……」



 イルカは脳の半分を眠らせて仮眠を取る事が出来る。

 半球睡眠といわれるこの睡眠様式1つの種族が種族全体で重ねた進化の末に得た能力の1つだ。


 神域の天才、クリス・パルメラ・パラケルススはそれが生まれたときから出来ていた。


 神に愛された時代の寵児。

 彼女は薄い眠りにつく刹那の瞬間、己の妹の事を想って――。





 ぞわり。





「――っ!!??」


 老執事が顔色を変えつつ、瞬時に己の主を庇える位置に移動する。


「今のは――」



 脳みその髄液が沸騰した、かのような錯覚。


 クリスの魔術をつかさどるその肉体が感じ取ったイメージ。


 力、赤、炎、そして、水。



 ばたん!!!


 勢いよく執務室のドアが開かれた。

 邪魔の入らぬように、魔術的な処理で施錠されていた扉だ。


 それを開ける事が敵う存在とはつまり、同格に近い魔術師以外ありえない。



 A級モンスター”鳥王種”の一角、ロックロックの羽帽子、ドワーフの宝石細工が作った魔力結晶の眼鏡。


 灰色の魔術師衣は、帝国のこれまでの歴史、蓄積された知識の保管場所、通称、禁書庫のもの。



 ルート・ヴァン・アステラ。


 狩猟船マリアローズに乗り、ある竜に遭難から救われた大貴族が満面の笑顔で執務室に飛び込む。



「やあやあ!! クリス!! ”全能のクリス”! おっと、流石だ! 君も今、気付いたようだねえ!! 神罰級の魔術反応だよ!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る