第7話
五月十五日。建島記念日であり、アミューズメント施設・ユートピアの開園日でもある。
ユートピアは大勢の市民で賑わっている。ニュースで流れていた通り様々な世代に沿ったアトラクションがあり、アトラクションごとで楽しんでいる世代がはっきり分かれている。そして、世代ごとにあったグッズショップやフードコートもあり、来場客は懐かしいあの頃を思い馳せる事が出来たりするのだ。
入り口のゲートを通り、園内に入った男女5人組が見える。聖飛達だ。
先頭に居る聖飛は目を輝かせて、目に映る全てに期待を膨らませているように見える。
「広いな。一日で周りきれないな」聖飛は今日なぜここに来たのかを忘れて、楽しもうとしている。
「あんた、目的忘れてない?」紅礼奈は溜息を吐いて、訊ねた。
「あ、そうだったな」
「でも、何を調べるの?」
「そうだよな。来たのはいいけど、手がかりになりそうなものって」聖飛は悩み始めた。
「……予防接種」直哉はボソッと呟いた。
「それだ。さすが学年一位。予防接種してる場所に行こうぜ」聖飛は走り出した。しかし、少し走って、立ち止まった。
「どこでやってるんだ」
「馬鹿じゃないの?」
「紅礼奈。それは言いすぎだよ」
「だって、事実じゃん」
「うるせぇ。紅芋」
「なんですって」紅礼奈は鬼の形相で、聖飛に歩み寄る。
「やんのか」聖飛は近づいて来る紅礼奈を煽る。
「やってやろうじゃねぇの」
「おい。馬鹿二人」直哉は聖飛と紅礼奈に向かって言った。
「なんだよ」「なによ」聖飛と紅礼奈は直哉を睨んだ。
「今、賢斗に予防接種をおこなっている場所を探してもらってるから静かにしろ。お前ら、小学生か」直哉は、聖飛と紅礼奈を叱った。
「すまん」「ごめん」
賢斗は入場券と一緒に貰った地図を見て、周りを見渡し位置確認をしている。
「あっちです」賢斗は聖飛が進もうとした方向の逆方向を指差した。
「はずれね」
「うるせぇ」
聖飛達は賢斗が指差した方向に歩き始めた。
園内の西側に建っている大型の体育館。周りにはこれと言ったアトラクションはない。入り口前には「予防接種はこちらで」と書かれた看板が置かれており、その近くに係員が立っている。
「こちらで予防接種をしております」係員が声を張っている。
「あれじゃねぇか?」
「そうみたいですね」
聖飛達は体育館近くに居た。
五人は体育館の入り口前に行き、係員に軽く会釈をした。
五人は中には入らず、外から中を覗きこんだ。
体育館内では予防接種が行われており、予防接種を受ける為に大勢の大人達が長蛇の列を作っている。子供は全くと言っていいほどいない。
「なんで、子供が居ないんだ?」
「たしかにそうですね」
「通知が来た人順だってさ。お母さんが言ってた」紅礼奈は言った。
「マジか。でも、まぁ、順番来ても怖いよな。何の為の注射か分かんねぇし」聖飛は意図が分からない予防接種を受けている人達を見て、言葉を溢した。
「そうだよな。身体にどんな影響を与えるか分からないしな」
「あれ見て。大槻先生じゃない?」葵桜は体育館内で予防接種を受け終えて、注射した箇所を手で押さえている体格のいい男を指差した。
「本当だ。横に居るのは相沢先生じゃない」
大槻の隣に居たのは、大槻と付き合っていると噂されている相沢先生だった。大槻の隣に居るせいか、普段以上に華奢に見える。
「やっぱり、デートじゃねぇか」
「こっちに来たら、いじってやろうぜ」直哉は顔をニヤつかせ聖飛に提案した。
「そうだな」聖飛はどうやっていじってやろうかと思った。
「目的はどうするんですか?」賢斗は心配そうに聖飛に訊ねた。
「すぐ終わるからよ。なぁ、直哉」
「あぁ、ちょっとだけだから心配すんな」
「……分かりました」賢斗は渋々納得したようだ。
「うちは怒られたくないから離れとくわ」
「私も。賢ちゃんも行こう」
「分かりました」
聖飛と直哉以外の三人はその場から離れた。
聖飛と直哉は入り口の両側に分かれて立ち、大槻達が来るのを待っている。
大槻達は入り口に聖飛と直哉が居ることなど知らず、手を繋いで、楽しそうに談笑しながら、入り口に向かっている。
大槻達が、入り口を出た。その瞬間、聖飛と直哉は大槻達の前に飛び出した。
「ふぁふぁふぁー」
あまりに突然の事で、大槻達は状況を把握出来ていない。
「ちっす。大槻先生」「どうも。相沢先生」聖飛と直哉はニヤニヤしながら、軽く挨拶をした。
「お前らなんでここに?」
「遊びに来てるんですよ。そんな事より二人はデートですか?」聖飛は語尾を上げて、訊ねた。
「馬鹿。予防接種だ」
「手を繋いでですか?」直哉は二人の繋いでいる手を見て、質問した。
「予防接種だ。教師は優先で予防接種を受けないといけないんだ。だから、相沢先生と一緒に来たんだ」大槻は焦り過ぎて、かなり早口になっている。
「手を繋ぐ理由にはなってませんよ」
大槻は急いで、繋いでいる手を解いた。解かれた相沢はどこか悲しいそうにしてる。
「うーみーの」
「デートよ」相沢は微笑んだ。
「マジっすか」
「えぇ。だから、他の生徒には言わないでね」相沢は笑顔で言った。
「おい」
「いいじゃない。デートなんだから」相沢は解かれた手を再び、握った。そして、大槻を見つめた。
大槻は顔を真っ赤にして、照れている。はっきり言って、生徒に見せる表情ではない。見ている方が恥ずかしくなるほどだ。
「さすが、相沢先生。絶対に言わないです」
「それじゃ、失礼します」
「お、おう。帰り遅くなるなよ」
「分かってますよ。二人の貴重のお時間すいません。では、愛を育んでください」聖飛と直哉は大槻達に軽く会釈をして、走り出した。
「こらぁ!海野!九十九」走っている二人の背後からは大槻の怒号が聞こえる。しかし、二人は振り返らない。二人はお互い顔を見合わせて、してやったりと言わんばかりの笑顔を浮かべている。
ユートピア開園初日の営業時間が終わった。聖飛達は結局何も手がかりになるようなものを見つけられなかった。仕方がない。なにせ、ユートピアの敷地面積はプロ野球の試合がおこなわれる球場4個相当なのだ。一日では、どう足掻いても、全ての箇所を組まなく探すのは不可能なのだ。
聖飛は、他のメンバーと別れ、溜息を吐きながら家に向かっていた。
手がかり一つ無い。でも、たしかに何か恐ろしいものが動いているのは分かる。だが、それに対して、どう向き合えばいいか分からないと、聖飛は思った。
聖飛は悩んでいる間に家に着いてしまった。
連絡するのを忘れていた。母さんに怒られる。また口論になるのはめんどくさいと、聖飛は考えながら、恐る恐る玄関のドアを開けた。
「……ただいま」
佳奈美がリビングから現れた。
「おかえり。晩御飯出来てるから早く食べなさい」佳奈美は怒るそぶりも見せず、上機嫌なように見える。
「……わかった」
佳奈美は鼻歌を歌いながらリビングに戻っていった。
聖飛は呆気に取られた。怒られる。説教される。そんな事ばっかり考えていたのに答えがこれじゃあ、悩んでいた時間が無駄じゃないかと。聖飛は溜息を吐きながら、思った。
聖飛は靴を脱ぎ、リビングに向かう。
リビングの中に入ると、卓がソファで座って、本を読んでいた。
卓が聖飛の気配に気づき、本を閉じて、聖飛に視線を送る。
「おかえり」
「ただいま」
「早くご飯を食べなさい」
「うん」
聖飛はキッチンに行き、手を洗い、電子レンジの中に入っている魚介ドリアを温めて、リビングのテーブルの上に置いた。
「いただきます」聖飛は熱々のドリアに息をかけて、冷ましながら食べている。その姿を卓の隣でいる佳奈美が笑顔で見ていた。
「聖飛、明日の事なんだけど」
「なんだよ」
母さんの機嫌がやけにいい。なんと言うか何かありそうで怖い。まだ、眉間に皺を寄せて怒っている方が気が楽だと、聖飛は思った。
「お母さんとお父さん、晩まで帰って来ないから」佳奈美は嬉しそうに卓の太股に手を置いている。
「なんでだよ」
「……デート」卓は恥ずかしそうに答えた。
「デートって。あんたら、いくつだよ」聖飛は予想外の答えに呆れ、魚介ドリアを食べるのを中断した。
「二人とも39歳よ」
佳奈美と卓は今では珍しい幼馴染同士の夫婦である。長年一緒に居る筈なのに二人の仲は悪化するどころか年々仲の良さに磨きがかかっているのだ。
「分かってるよ。俺の飯はどうするんだよ?」
「お金渡すから、弁当でも買って食べて」
「はいはい、分かりました。それで、デート先は?」
「気になる?」佳奈美はその質問待ってましたと言わんばかりの表情で、聖飛に訊ねた。
「キモいわ。キモイ」
「キモイって酷いでしょ」
「酷くねぇよ。で、どこに行くんだよ」
「ユートピアだよ」卓は優しそうに答えた。
「……ユートピアか」聖飛は言葉を詰まらせた。今、両親には一番行ってほしくない場所。しかし、理由を言っても信じてもらえない。あまりにも情報が不十分なのだ。
「どうした?」
「別に。楽しんできて」
「ありがとう」
聖飛は再び魚介ドリアを食べ始めた。自分の不甲斐なさを埋めるかのように。
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