第33話


         ※


(ぐぶっ!?)


 神様の腹部に接触した球体は、周囲の空気を巻き込みながら腹部にめり込んでいった。神様自身も黒い血液を吐き出し、完全に球体に押されている。


 神様の周囲の空間がひび割れていく。今だ。この好機を逃すものか。

 僕は再び自動小銃を取り上げ、洞窟の反対側まで後退。がしゃり、と再度セーフティを解除。そのままフルオートでぶっ放した。

 

 自衛隊が使っていたこの自動小銃。込められているのは対天使仕様の弾丸だ。神様にまで通用するかは分からないが、傷口に着弾すれば、流石の神様も手こずるに違いない。


「……よし」


 気づいた時には、僕は口の端を歪めていた。神様に攻撃が通用したことに、興奮を覚えているのだ。

 待てよ? これこそ暴力性の発露、なのだろうか? だとしたら、諸手を挙げて喜べる状況ではない。喜びたくない、と言うべきか。


 だが、それに勝る感情が胸中にあるのを僕は実感していた。

 戦うことを肯定する理由。それは大切な人のために、また、敵対する相手の目を覚まさせてやるために、自分の身体を張ることだ。


 それこそ軽い暴力だと言えないこともない。だが、それがより多くの暴力を防ぐことに繋がるなら、きっと今こそが僕の戦うべき時なのだろう。


(ナイスショットだ、碧!)


 言うが早いか、黒木は神様の肩を蹴りつけ、その喉元に自分の鎌を突き刺した。

 流れ落ちていた黒い液体が噴水のように舞い上がる。神様自身はぴたりと静止して、砂塵となって腹部からどこかへ吸収されていく。台風に巻き込まれていくかのようだ。


 しかし、そんな超常現象は唐突に終わりを告げた。

 ゴォン、と巨大な銅鑼を鳴らすような音がして、ゆるゆると風が穏やかになったのだ。そこにはもう、神様の姿はなかった。


「倒した、のか……?」


 呆然として呟く。事態を理解しきれない僕に、白亜は言った。


(終わりましたよ、碧さん。あの神様は堕天使となって、その座を追われることでしょう。あなたの援護がなければ、わたくしも黒木もやられていた……)

(おっと、珍しく俺も同意見だ。世話になったな、碧。またすぐ遊びに行くぜ。今は新任の神様の歓迎会準備があるから。んじゃっ!)

「え? あ、ちょっと!」


 白亜と黒木は、軽く地面を蹴って垂直に飛翔した。僕だけ残されても正直困るのだが、まあ、そもそも生きる世界が違う。というか『生きる』という概念が異なる。

 彼らにとって、別れるというのはこの程度のものなのだろう。


 僕は念のため、自動小銃の残弾を確認した。


「……はは」


 ちょうど零発。知らないうちに撃ち切った様子だ。

 この先どうなるのかは不明瞭だ。しかし一応の用心として、僕はその自動小銃を投げ捨てて拳銃を拾い上げた。装弾数は十五発。ちょうどいいな。

 

 石ころだらけの洞窟を抜け、研究設備の整った区域への扉を開錠。というより、拳銃で電子ロックを破壊した。力任せに引き開ける。


「よっ、と……」


 ギシギシと扉の軋む音を聞きながら、僕は冷房の効いた研究区域へと足を踏み出した。そして、自分の迂闊さを呪った。


「うっ、うう、動くなあ!」


 ジャリ、と音を立てて、僕は足を止めた。誰かがいる。僕に敵対感情を抱いている誰かが。


「ちょっ、いい加減放してよ、おじさん!」


 資材の陰から出てきたのは、僕の父と樹凛の二人だった。父は樹凛の髪を掴みながら、拳銃を樹凛のこめかみに突きつけている。


 僕は素早く拳銃を構え、狙いを定めようと試みる。樹凛と父の身長差は、ざっと頭二つ分。撃てないことはない。だが、僕の心はひどく動揺している。このまま撃ったら、僅かな誤差で樹凛に当ててしまうかもしれない。


 いや、それは言い訳だな。僕は何かを破壊するという行為に疲弊しきっていた。

 逡巡していると、父が唾を飛ばしながら喚き出した。


「扉の向こう側で戦ってたんだろう? 自衛隊が駆け抜けていくのが見えたよ。皆疲れきった顔で撤退していったが、死者はいなかったようだな? 大した技術力じゃないか。初めて本物の銃器を握った子供にしては、恐ろしいくらいの腕前だ」

「何が言いたい?」

「お前の身体を頂戴する」


 ますます意味不明である。それが僕の顔に出たのか、父は続けた。


「銃規制が行われて久しいよな。日本では持っているだけで罪になるが、規制が緩い国では未だに銃火器は売れ筋商品だ。そこで、私は一計を案じた。銃火器のみならず、射手となる生物もセットで売買すれば、もっと販路を拡大できると」


 なんだそれは、と訊き返しそうになって、僕はそれどころではないことを再認識。樹凛の命が懸かっているのだ。易々と相手のペースに呑まれるわけにはいかない。


「射手と言ったが、まずは人間で試すのがいいだろう? だから、貧困の見られる国の少年少女をとっ捕まえて身体をサンプリングすることを思いついた。複数の身体を造ってやって、どんな身体が最も適しているか? それを確かめるのが、当初のコンセプトだ」


 当初の? ということは、今は?


「そう、今は専ら生物兵器の開発が主になってしまった。弱いものだな、人間というのは。私の部下のほとんどが、海外のベンチャー企業に引き抜かれてしまった」


 はあ、と露骨に疲労感を演出する父。しかし、すぐに調子を戻してこう言った。


「碧、お前も来ないか? 身の安全と、一生涯にわたるお前と家族の安心を与えよう」

「そう言って、あんたは西浦の意識をゴーレムに憑依させて、そのまま見殺しにしたんだな?」

「いやいや! あれは仕方あるまい? 樹凛さんも嫌悪していたじゃないか、西浦くんのことは」

「話題をずらすな。僕は被害者じゃなくて、加害者であるあんたに尋ねてるんだ」


 僕が拳銃を両手で構え直すと、おお怖い怖い、といって父は後退りした。


「樹凛を離して両手を上げろ。背中を向けて、ひざまずけ」

「待ってくれよ、碧! 私以外にも悪い連中はいたはずだぞ。そいつらはちゃんと殺したのか? それに今は身内を撃とうってんだから、多少の手加減を――ぎゃがっ!?」


 僕は父の後頭部に、セーフティをかけた拳銃を投げつけた。これまた重傷には程遠いだろう。だが、意識を失わせることには成功した。


「終わったよ、樹凛」

「だ、大丈夫?」

「死んじゃあいないさ」


 上空からヘリコプターの音がする。自衛隊か報道か。いずれにせよ、『死者なし』のニュースを流してほしいものだ。


「樹凛は平気? 怪我はない?」

「だいじょぶだいじょぶ! ただ、コンタクト落としちゃって。オッドアイだってことがすぐ分かっちゃうんだよね」

「そう、か」


 僕のコンタクトを装着させるわけにもいかないしな。

 歩きながら腕を組んだ、その時だった。

 パン、という軽い音が、僕の耳朶を打った。背中の左側に奇妙な感覚が走る。


 僕は無理に力まず、そのまま前方へと倒れ込む。


「ッ! あいつ!」


 樹凛が振り返る。その声のトーンで分かった。

 僕を撃ったのは父であり、樹凛は今、彼と対峙しているのだと。


 先ほどは軽くいなされていた。しかし今はタイミングが悪すぎる。

 付近に銃器は転がっていないし、きっと樹凛は銃器を扱えない。僕に至っては身動きが取れず、呻き声を上げるばかり。


 樹凛に、無理をするなといいかけて、がくんと頭部が床に接触した。

 意識が途切れる寸前、聞こえた銃声は――二つ。

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