第30話


         ※


 僕は喚き散らしながら、省吾に飛びついた。

 自分の方が瞬発力がある。そう判断した僕は、省吾のシールドの隙間を通り抜け、向かって反対側へと省吾を突き飛ばそうとした。


「省吾ッ!!」

「兄ちゃん!!」


 右肩から省吾に突っ込んで、左腕で彼を押し出そうと考えた僕。だが、そんな猶予は与えられなかった。

 省吾の蹴り上げ。身体を縦に回転させるサマーソルトキックが僕の腹部を直撃。ブーツが僕の腹部にめり込み、僕の身体を勢いよく弾き飛ばす。そうやって、省吾は僕を逃れさせたのだ。


 うっ、と短く呻く間に、ばりん、と鋭利な破砕音が響いた。はっとして振り返ると、なんとか省吾の身体は原型を保ち、しかし、ばったりとその場に倒れ込むところだった。


「省吾! 省吾!!」


 その名を連呼しつつ、僕は再びシールドの隙間に滑り込んだ。厳密にはシールドは破壊されていたが、知ったことか。


「省吾……!」


 これ以上腕が損傷しないよう、省吾の肩のあたりを担いで現場を離れる。足を止め、状況を見つめるだけのゴーレムたちとエルフたち、それに複数の自衛隊員。物騒なことこの上ない。

 そのうち自衛隊員たちだけが、ジリジリと前進を続行した。

 自動小銃のダットサイトが、真っ赤な点をこちらに照射する。


《全員そこを動くな! 身柄を確保する!》


 ここまでか。そう思った直後、異変は起こった。

 自衛隊員たちは、糸の切れた操り人形のようにばったりと倒れ込んだのだ。

 立ったまま意識を失う者、足を挫いてのたうち回る者、給弾不良で発砲できない者。

 皆が何某かのトラブルに見舞われているようだが、死者はいない模様。


 自衛隊のみならず、エルフたちもゴーレムたちも、皆落ち着きを失っている。エルフは魔弾を撃てなくなり、ゴーレムは自身の重量を抱えきれなくなった。両者がそれぞれに、三半規管をやられたのか。


 そんな中、僕同様に自由に動く影がある。複数の勢力が入り乱れるこの戦場で、冷静に状況を見極め、最適解を出し得るであろう人物。


「神様!」


 僕は叫んだ。


「神様! 状況を教えてください! これは、その、いったい……?」


 僕の声に合わせて、神様はふっと姿を現した。

 しかし、神様はこちらを一瞥することなく、自分の額に人差し指を当てて無言を貫いていた。

 威厳というか風格というか、正直お似合いだとは言い難い。だが、それ故に僕の緊張感は一気に上がってしまった。

 プレッシャーの重さが増した、とも言えるだろうか。気づけば僕は、片膝をついて両手を握り締め、祈っていた。


 神様。何度も願ってばかりで申しわけない。だが、あの治癒魔法で、どうか皆を救ってほしい。なんなら、僕をずっと奴隷扱いしてくれたって構わない。


(おいおい、考えが先走りすぎだよ、碧くん)


 ふわふわと宙を漂いながらも、神様は今度こそこちらに身体を向けた。最初に邂逅を果たした時のような、茶目っ気のある笑みを浮かべている。

 

(奴隷扱いだなんて、軽々しく口にする言葉じゃないよ。ロクなもんじゃない。それで、君が気にしていることだけれど――)


 神様はすっと着地した。


(ちょっとおでこを借りるよ)


 そう言って僕と額を合わせた。

 その姿勢で、神様は僕との思考のチャンネルを開いた。さっと情報が流れ込んでくる。身体がふわふわと浮き沈みするような感覚が生じる。


 皆には致命的な被害はないけれど、やはり省吾だけは生存が難しいこと。

 ゴーレムを退かせて、負傷者の治療に当たらせてほしいということ。


 しかし、次に神様から向けられた言葉は、まったく以て冷酷だった。それこそまさに、絶対零度という言葉を連想してしまうくらいに。


(んじゃ、さっさと滅んでもらいますか)

「え?」


 何だ? 神様は今、何と言った?

 それを理解する前に、僕は自分の足元に異変を感じた。地震だ。チリチリと砂塵が降ってくる。

 神様は軽く僕の肩を押して、再び宙へ舞い上がった。そしてゆっくりと、四肢を大の字に広げていく。


 途端に揺れが激しくなり、神様の背後からは後光が差し始めた。


「そんな! 僕が願ったのはこんなことじゃ……!」

(ああ、まあね。でもね? やっぱり危なっかしいよ、君たちは。しかも、よりにもよって宇宙に出ようとしているだなんて……。ボクが君たちのご先祖を発見した頃は、まあまあ平和なものだったけれど)


 神様は今までになく厳しい、しかし清々しい顔をしている。思念の流れにも乱れは一切感じられない。これが神様の本気、なのか。


(人類の暴力的言動の拡散防止のために、ボクがこの星の原生生物に終焉を与える!)

「ぐっ!」


 液状化現象もまた、足元に危険を及ぼしている。地割れが蜘蛛の巣状に広がって、水がしみ出してくる。ただ歩くだけでも困難だ。それでも僕は。


「省吾ッ……!」


 直に省吾の身体に触れていること。それこそが僕にとっての、そして兄としての、最後の責務。


「……兄ちゃん、何、を……?」

「喋るな! 余計に血が出たらどうする!?」


 省吾はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「本気で兄殺しをしようとした弟を、兄ちゃんは助けるのか……?」

「話は後だ」


 と言って、僕は省吾を抱きしめた。小さい頃、通信端末上で両親の喧嘩を目にしてしまった省吾。今思えば、それは立派な心理的虐待だ。

 こんな風に、過去の出来事が脳内で流れ去っていく。走馬灯、だろうか。

 それにしても、いつまで経っても神様は僕たちを攻撃してこない。振り返って、僕はじっと神様を見つめた。どうやら眉をハの字にして、なにやら悩んでいる様子。


 いつの間にか地殻変動はやんでいた。この洞窟兼研究設備から発生した地震がどれほどの被害をもたらしたのか。さっぱり分からないが、ひとまずは安心を得られたのだと解釈してよさそうだ。


 ゴーレムたち四体は、神様を中心にしてのっそりと膝をつき、命令を待っている。


「碧くん、あのゴーレムたち、あたしたちに気づいてるかな?」


 声を震わせながら、僕の上着の袖を掴む樹凛。

 対する省吾は、じっとゴーレムたちの様子を見つめている。


「いや、そうではないと思う。むしろ情報のやり取りが苦手だから、あんなふうに集まって――って、兄ちゃん!?」


 悲鳴のような省吾の声に、僕はさっと振り返った。


「樹凛、できる範囲でいいから、省吾を看ていてやってくれないか」

「あ、あんたはどうすんのよ、碧?」

「ゴーレムたちはちょうどよく集まっている。稼ぎ時だ」


 それだけ言い残し、僕はこちらに背を向けるゴーレムたちに向かって駆け出した。

 できるだけ消音を心掛け、左端のやつから頭部を破砕、あるいは捻じ切って行動不能にする。――よし、行くぞ。


 僕は思いっきり膝を曲げて跳躍。左端のゴーレムの首にぶら下がった。そのままごつごつした背中を這い上る。

 相手の俊敏性の無さを突くなら、僕にだってできるはず。かつての味方の最善策を講じた上での話だが。


 僕が右腕を勢いよく引いて、ゴーレムの頭部を殴り飛ばそうとした、その時だった。


「碧くん!」

「樹凛? 大丈夫か? どこにいる!?」

「あなたの右側! これ、使って!」


 これってどれだよ。そう思った矢先、橙色に輝く何かが、樹凛から僕へと投擲された。

 それは、小振りのナイフだった。料理をするのに使うのと、大きさも重さもさして変わらない。しかし、このナイフがただの金属塊でないことは明らかだった。


「刃が高熱を……?」

「それならゴーレムの首を落とせる! あたしも陽動に出るから、碧くんはゴーレムの首を斬り落として!」


 了解の意を示すだけでも時間がもったいない。

 熱いだの冷たいだのと感じる暇さえない。


 僕は受け取ったナイフを手中で回転させ、ゴーレムの背骨に首筋に突きつけた。

 きちんと首を切断できるのか? と、いうのは杞憂だった。ゴーレムはナイフのたった一撃で首を輪切りにされ、ばらばらと地面に散らばった。


(ほう、なかなかやるもんだな)

「神様、西浦は!? 彼はどのゴーレムなんだ? 教えてくれ! 僕は彼を殺したくないんだ!」


 悩みが晴れたのか、神様は飄々とした態度に戻っていた。


(今更他人の心配を? まあ、この星の原生生物らしいといえばらしいけど)

「いくら見下してくれてもいい! あんたよりはマシだ!」


 僕がそう言い切った、次の瞬間のこと。

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