#2

 生暖かい空気の中で昼食を終えた僕らは、中庭に向かう。


 いつもはテニス部のコートとして使われているグランドは、すっかり野外ライブ仕様に切り替わっている。


「あの人って誰ですかー?」


 柳田君がコソコソと指差したのは、ワックスでオールバックに固めた髪型が特徴的な中年男性だった。


「あぁ……あの人は毎年文化祭になると、機材や設営でお世話になっているライブスタジオのオーナーさんだよ……ほら、駅前にある大きいライブハウスの」

「あー、あそこの?……凄いですね」


 オーナーとその知り合いで手際よく進められていく作業を暫し眺めていると、彼はこちらの視線に気付いたのかにこやかに微笑みながらこちらへと歩みを進めた。


「どうもどうも……君達も軽音部の子だねぇ!おぉ……岡部君だ、大きくなったなぁ」


 親しげに先輩の肩を叩いたオーナーに、先輩は「どうも、お久しぶりです」と微笑む。


「君も相変わらずだが、少し丸くなったか?」

「……体型は変わってません」

「えっ……はははっ、違うよ……表情というか、性格の事さ」


 豪快に笑うオーナーはバシバシ……ッと音を立てて勢いよく先輩の背中を叩くと、「いやぁ、いい仲間に会えたみたいで良かったよ」と僕らの顔に視線を移した。


「彼、なかなか気難しいところもあるけど、とっても真面目で思いやりのある子なんだ……まぁ、君達もよく知ってるだろうけどねぇ」


 オーナーは言葉を区切ると、僕らの顔を繁々と眺める。


「なぁ、岡部君……大工なんか辞めてこの子達とプロ目指してバンド続ければいいじゃん」

「……それは……無理です」

「なんで?」

「メンバーはともかく、俺はそれでメシを食っていけるほどの腕前じゃないんで……それに、プロはそんな甘くない……です」


 苦々しい表情の先輩は逃げ出すように「調整、先行くから」とステージへ向かうと、取り残された僕らは固まったオーナーと共に取り残された。


「ふぅ……本当に素直じゃない」

「あのぅ、先輩って……」


 わざとらしく首を振って溜め息を吐くオーナーに声をかけたのは、昴だった。


「あれ……知らない?……岡部君の親父さん、大工でねぇ……。何度もスカウトしてるんだけど、『俺の我儘で迷惑かけられない』って頑なに拒否するんだよねぇ、彼」


 先輩の声真似をしながら、うーん……と悩ましそうに首を傾げるオーナーはふと思いついたように手を叩くと、「そうだッ!」と声を上げる。


「実は今日、僕のツテでレーベルの子がお忍びで来るから、君達のグループの実力を見せつけて欲しいなぁ!……それで本決まりしたら、彼も『メシを食っていけるほどの腕前じゃない』なんて言えないだろうし、さ?」


「「「えっ?!」」」


 ──それって、プロデビューも夢じゃないって事?!


 あまりのサプライズに声を揃えた僕らは、三つ子みたいに同時に目を丸くすると、「内緒だよ?」とオーナーは笑う。


「おい、早くしろー!」


 僕らにだけ耳打ちするように、ヒソヒソと喋るオーナーの後ろで叫んだ岡部先輩の声で我に返った僕らは、「今行きます!」と返事をするなりステージへと向かう。


 その様子を楽しそうに眺めながら悪戯っぽく笑ったオーナーは、「頑張ってねー」と手を振って僕らを送り出してくれた。

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