第6話 心と燈火は揺れる
「おーい、お客さーん。入るぞー」
「はーい」
カーテン代わり幌越しに、まだ子どもと言ってもいい少年の声が聞こえてきた。ナオが返事をすると、幌をめくってそばかす顔の少年がやってきた。海賊の下働きの少年、という感じが前面に出ている。
大人のおさがりをもらっているのか、だぼだぼのシャツとズボン。裾をめくったり軽く縫い留めたりしているし、あちこちしみができている。
よっと、と船の揺れを警戒しつつも荷物をもってこちらにやってきた。木の板に乗せられたそれらを木の箱の上に乗せ、少年は一つ一つ説明しだした。そして、耳元でアズが補足をしてくれた。
まずは暗いだろうから、ランプ。どうやらこれは特殊な光る石を使っているからか、熱くはないし消そうと思ったらいつでも消せるそうだ。
(これは紅精霊石を使ったランプね。この大きさなら一般人でも気軽に手に入る大きさだわ)
次に木製の水差しとコップ。船旅で落ちて壊れにくいように木製なんだそうだ。ついでに携帯食として棒状のクッキーの様な物を出してくれた。
(へぇ、青精霊石も持っているのね。これなら安全な水が手に入るわ)
最後にこの周辺の地図と、これから寄港する予定の港町までの簡単な航路を示してくれた。まぁ、当然のことだろうけれど、この世界の文字はアルファベットに似ていて少し違う形をしていた。ざっと目を通したところ、文字の種類はそこまで多くはなさそうだ。日本語のように、様々な字形の文字を使っているわけでもない。
読めなくはないだろうけれど、覚えるまではアズの解説付きの方がいいだろう。
「おっと、忘れてた。名乗らないと、姐さんがうるさいんだ」
「姐さん?」
「副船長のこと。あの人、副船長って呼ばれるより姐さんって呼ばれる方が好きなんだ。だから姐さんって呼んでんだ」
「あぁ、そうなの」
確かに、そう呼ばれる方が喜びそうなキャラだ。
「俺の名前はアンドリュー。みんなからはドリューって呼ばれてる」
「ど、ドリュー君!!???」
ナオは思わず少年に指を向けてしまった。慌てて指を引っ込め、頭を下げた。少年は何言ってんだろう、と言わんばかりに不審そうな目を向けてきた。
「俺のことも知ってんのかよ……。お客さん、一体どこの人だよ」
「あー。えっと、そうだなぁ……」
言い訳を考えなきゃ。ナオは混乱する頭を何とかフル回転させる。
「ごめんなさい。うちの親せきの子に、同じ名前の子がいたから、つい」
「だろうな。船長はともかく、下働きの俺の名前まで知ってたら、王国の手先だと思うじゃんか」
「王国?」
「あ、やば。姐さんに怒られる」
口をふさいだアンドリューが探るような視線になった。言わないでくれ、追究しないでくれ、と言外に伝えてくる気がした。
「大丈夫。言わないから、安心して」
そうナオが言うと、心底安心したようにアンドリューはため息の塊をはいた。と、した所でナオの方を見やる。
「お客さん、いくらうちの船長がああだからってローブをひったくるのはやめろよな」
「あ、はい」
どう見たって小学生くらいの男の子にたしなめられるとは、居心地が悪い。
「船長の顔がいいのは王国中の人間が知ってるけど、だからって無理やり見るのはかわいそうだろ」
そうですとも、ヴァン様はこの広い大海原に輝ける宝石なのだから、と言いかけた口をつぐんだ。
「それに、船長は俺にとって英雄なんだから」
「……うん」
知ってる。この話はゲームで見たことがある。
「そうだね」
「そうだね…………え?」
「な、なんでもないってば!! 私だって、助けてもらったもの。恩はあるわ!」
「あ、そういうことか。だったら、寄港地までおとなしくしてろよな」
「わかった、ありがとう。ドリュー君も気を付けてね」
「何言ってんだ、ここが俺の家だっての」
わからないなぁ、とつぶやきながらアンドリューが出ていった。話を聞いて居たアズがクッキーをかじりながらつぶやいた。
「あのドリューって子どもも、ナオは知ってるの?」
「そうなの。でも、私が知っているドリュー君はもっとおびえてて、いつも自信がなくて、ほかの大人たちにこき使われている感じだった」
ヴァンの個別ルートに入る前、彼の人となりを知るエピソードの一つだ。
アンドリューは小さな港町の漁師の子どもだった。けれど、妻に先立たれて以来一切の気力を無くした父親にこき使われ、日常的に暴力を振るわれたこともあるそうだ。そんな日々の中で、ヴァンは彼を救い出し、父親にも妻が残してくれたものを思い出すように忠告したのだ。その言葉に父親は改心し、息子に謝ったという。
「いつ聞いても感動のあまり前が見えない……」
「でも、あの様子じゃ大人たち相手にも対等に接しているように見えたけど?」
「そうなの。だから不思議でね」
ゲームの中そのままなら、アンドリューを味方にしながら少しずつ打ち解けていくものだと思っていた。けれど、どうやらここではそうはいかないらしい。最初から歓迎ムードなんて、どんなルートでもなかった。
「まぁ、その原因について考える暇はなさそうね。ただ、ナオの中の”げえむ”の世界のままで考えると危険、ってだけは覚えておく必要がありそうね」
「そうね。でも、ヴァン様があんな陰キャになるなんてぇぇぇ!!」
「はいはい。ちゃんと落ち着きなさい」
ぺしぺし、としっぽでナオの手を叩いた。
「そういえば、さっき精霊石っていう言葉が聞こえたけど、それって何?」
「あぁ、それなら……。このランプのふたを取ったらわかるわ」
そう言われ、ランプを手に取る。が、どうやって開けるか分からない。キャンパーならすぐに分かるだろうが、こちとら年齢=インドア歴だ。つまみの位置は分かってもその次が思いつかない。
「もしかして、ランプもないの? 魔力炉の理論もないし、精霊も聖獣もないなんて、どんな終末世界から来たのよ」
「終わってない終わってない! どちらかというと、化学、かな?」
よくSFとファンタジーの議論で俎上に上る話題だ。魔法の対義語が化学っていうあれ。高度に進化した化学は魔法になり、魔法はやがて科学に駆逐される、そんなな話。
「かがく? ナオの世界にはそんな魔法があるのね」
「うーん。それでいいのか、な?」
専門家じゃないから、あいまいにうなずいておこう。もしかしたら違うのかもしれない、でも、なるべく相手の理解の及ぶ範囲で話を進めた方がいい。
「このつまみを押し上げて、そっと上に持ち上げてごらん」
そうアズが言ったとおりにすると、金属製らしい固い音が鳴った後、ランプの胴体部分が分離する。
ランプと言えば、ろうそくなり固形燃料、あるいは電灯が光っている部分がある。その部分にあたる所に、赤色の石が詰まっていた。細かく砕かれているので一つ一つは親指の爪くらいの大きさだ。チップ上になったそれらをガラスのような透明な筒に詰めてある。光はそれから漏れている。
「これが紅精霊石。精霊っていうのは特に形があるものじゃなくて、地殻のエネルギー、あるいは太古の魔法の残滓が固形になった物と言われているわ」
「これって高かったりするものなの?」
「いいえ、確かに鉱脈はあるからいずれは尽きると言われているけれど、普段そんなことを気にする人間はいないわ。これくらいの精霊石のチップなら子供でもお小遣いを貯めたら買えるわ」
ってことは大体2000円から5000円の間だろうか。天然石のショップに行けば確かにそれくらいの値段はしそうだ。お金も追々聞いていく必要がありそう。
「確か、青精霊石っていうのも言ってたよね?」
「ええそうよ。精霊石の色は全部で5色。紅、青、黄、緑、そして無色。それぞれについては後で言うとして、とりあえず紅精霊石はランプみたいに熱や炎に関する力が出せる。青は、水や冷気に関する力が出せる、そう思ってくれたらいいわ」
「うんうん」
これもゲームの設定にあった。よかった、今のところキャラの性格だけが変わっているようだ。
(ってことは……。今それを考えたら頭痛くなるからやめよう)
頭をよぎったキャラを思い浮かべ、頭を振った。
「地図が手に入ったのはうれしいわ。さっきの子どもも言ってたけれど、5日もあればつくらしいから、今日は寝なさい」
「うん。ありがとう、アズ」
靴を脱いで、ハンモックに上がる。ハンモックで寝るなんて初めての体験でワクワクする。
(……でも)
ゲームの世界とどこまでが一緒なのだろう、そして自分はいつ戻れるんだろう。そんな不安が押し寄せてくる。
「お父さん、お母さん、イサク……。帰れるのかな、私」
両親や弟、そして友達の顔が浮かんでは消えていった。
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