第4話 七海世界の始まりは
昔々、世界がまだ大きな”うろ”であった時の話です。
”うろ”の中にはたくさんのモノが混ざり合い、重なり合い、およそまとまりはありませんでした。
”うろ”は常に胎動し、歪み、ぶつかり合い、やがて熱を帯び始めるものがありました。それらはやがてそれぞれの形を成し、言葉を作り、世界を自分たちが生きやすいように整えました。
それを可能としたのは、”うろ”にたまっていた魔力です。それらは魔力をため込み、自分たちの使いたい形に変換していきました。
火を、水を、大地を、風を———人を形作りました。それらは”うろ”がすべておおわれると安堵し、各々が散っていきました。それはまるで、流れ星のように見えたと言われています。こうして、世界は形作られたのです。
大地に取り残された人々は、それらを”星獣”と呼ぶようになりました。
『ベゼニーサ創世神話 序章』
ギシ、ギシ、ときしみながら揺れていく荒縄を登って行く。ご丁寧に足場になるようなものはないので、失礼とは思いつつ船体に足を乗せて足場にしてナオは登った。
ふと顔を上げると、透明な羽をきらめかせながら鷲が大きく旋回していくのが見えた。
「あの鷲、星獣なんでしょ。だったら、アズの方からなんか言ってやったら?」
「あれはどっちかといえば知覚魔法の実体化……つまり、星獣の分身体。契約者に映像は映ってるけれど、こちらと会話をする機能はなさそうね」
「聖獣って出会ったら戦い……なんてことは———」
「ないわ。そんなことは絶対に」
即答されてしまったが、心強い。そう思ったナオは、荒縄から手を離して欄干に手をかけた。ナオの顔が甲板に出てくると、人垣が見えた。
(海賊船って、やっぱり”怖い人”たちの集まり、なのかな)
ぼんやりとした記憶の中では、はっきりとした像を結ぶことはできないけれど、大方海”族”なるものは、ろくでもない人の集まりだということは分かる。
いったん欄干に身を乗り出して、ゆっくりと前に視線を向ける。やっぱり、というべきか人々の目つきは友好的には見えなかった。敵意は感じられないが、得体のしれないものだ、と言外に伝えてくるようだった。
「た、助けてくださって……ありがとうございます」
ぺこりと、頭を下げるとまぁ、と野太い黄色い声がした。
「いらっしゃ~い!」
「はい?」
「いやぁ~! 星獣を持ってるってボスが言うから、どんないかつい男かと思ったら、もぅ、かわいい女の子だなんてぇ~! やだぁ、女の子なら歓迎よ」
長いブロンドの髪を丁寧に結い上げた大柄の男性が、顔を緩ませながら近づいてきた。身なりこそ、周りの海賊に合わせて細身のパンツに、ジャケットだが大ぶりのイヤリングがきらりと光った。
「あ、あの……」
「そんなに緊張しなくていいのよ? ここって女の子に慣れてないようなもっさい男衆しかいないから、みぃーんな女の子に対してどうしたらいいのか分かんないだけなの。ほんと、いい子達だから気にしないでね?」
ぱちん、と丁寧にラインの引かれた目でウィンクを送ってくる。大柄でありながらも、威圧感を感じないのは、この柔らかな言葉のおかげだろうか。朗らかに良く響く声に、ナオはほっと胸をなでおろした。
「女の子が来てくれて嬉しいわ。お名前をうかがっても?」
「えっと……ナオ、です……」
「ナオ? 聞きなれない響きだけれど、どこの国から来たのかしら?」
「その……」
「ちょっと、自分から名乗りなさいよ。マナーでしょう!」
アズに指摘され、男性ははっとした表情を浮かべた。あらやだ、とほおをほころばせそっと右手を左肩に乗せた。
「これはレディーに失礼しちゃったわ。私はオーギュスト。この船団の副船長を任されているの」
「オーギュスト…さん?」
ええ、と子どものように目を閉じて大きくうなずくので、ナオはあっけにとられてしまった。
「ナオについては教えられないわ。あたしの契約者ってだけよ」
「そう。星獣に連れ去られてしまうと、今までの記憶を食われてしまうって迷信、本当だったのね。その可愛いトカゲちゃんが、ナオちゃんの星獣よね?」
「アズよ。あの鷲の星獣に会わせなさい」
アズはまだ警戒を解いていないようで、ナオの手の甲にしがみついたまま動こうとしなかった。表情は分からないが、声色からはあからさまな敵意を感じる。
アズの威嚇にも動じず、男性は顎に手を当てうぅん、とうなった。
「そうしてあげたいんだけどぉ。ボスったら今お昼寝中なのよね。ナオちゃんを見つけたのも、ボスの星獣ちゃんのおかげだし」
「はぁあああ!!? なんてやつなの!? ちょっとたたき起こしなさいよ!」
「ちょっと、アズ! 助けてもらったのに、それはだめだよ!」
バタバタと手の上で暴れだしたアズを必死で手で押さえる。小さいながらも、ナオの手を押しのけるほどの力だった。
どうしよう、と思っていると人垣がざわめき始めた。どよめきが半分、もう半分はあきれているようでもあった。
「あら、ボスぅ。起きたのね」
「え?」
ナオは人垣の中から現れた人物を見て、はっとした。その人物はおおよそ”海賊のボス”とはかけ離れていたからだ。どちらかといえば、世捨て人のように長い濁緑のローブで体を包んでいたからだ。ローブはビロードでできており、縁取りには金や銀の糸があしらわれ、一見するだけでその価値が分かる。
「……」
ボスというからには、威厳に満ち堂々としている振る舞いをしているのが相場なのに、ここからは表情どころか髪の毛の一本も見えない。
「ちょっと、あんた! ナオを助けてくれたのは感謝するけど、あたしたちに余計なことをしてごらんなさい! ここの魔力水晶を全部叩き壊すわよ!」
「…………」
アズの言葉にびくっと濁緑のローブが揺れた。まるで叱られた子供のように、ゆらゆらと揺れる。人でなく幽霊と言われた方が信じられる気がしないでもない。袖がのばされ近くにいたをオーギュスト呼び寄せた。その呼びかける声も聞こえなかった。袖もたっぷりある仕立てをしているせいか、指先すらすっぽり覆われてしまっている。
「これじゃ、海賊っていうより占い師か魔術師って言われた方が納得できるわ」
アズ的にはあの衣装は気に食わないのか、ナオの手から不満そうな声が漏れた。
オーギュストと船団のボスらしき人物は何やら話している。そのほかの船員たちは、ボスが袖を意味ありげなリズムで振り上げるとそれぞれ散っていった。オーギュストは時折うなずいて、相槌を返している。オーギュストも大柄だが、隣の人物もそれなりに長身だ。ナオより頭一つ分大きいだろうか。
しばらく話していると、結論が付いたようでオーギュストが大きくうなずくと、ボスをナオに向けた。
「ボス、そういう事ならちゃんと顔を見て話しなさい」
「……!」
ばたばたとローブが揺れた。何度もオーギュストを指さし、頭がもげそうに揺れた。それは、まるで”オーギュスト、それはお前に任せたはずだ!”と非難しているようにも取れた。
「はいはい。自己紹介しないのは、紳士じゃないわ」
どん、とボスの背中を押しオーギュストが猫なで声をひそめた。ふらふらとナオの近くまでやってくると、長すぎたローブの裾を踏んでしまったボスがゴチン、と鈍い音を立てて転んだ。
「だ、だいじょうぶですか!!???」
とっさにナオが駆け寄り、手を差し伸べた。
「あぁ……。ごめんなさい、ごめんなさい……」
か細く、海風にかき消されそうなほどに小さな声だった。けれど、どこか懐かしい声色でもあった。ナオの手を探るように差し伸べ、ボスはその顔を上げる。
琥珀色の瞳が、ナオを見つめた途端、ナオははっとした。痛みをこらえるように揺らめいている琥珀をナオは知っている。
「……ヴァスティン……様?」
「はい。”荒鷲のヴァスティン”、です………」
消え入りそうに名乗ったその名前は、ナオが最後までプレイしていたゲームの推しだった。
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