第19話
8月3日。15時20分。想蘇祭3日目。
今日は現段階まで何も起こっていない。このまま何もないままがいいけど。でも、それはなさそうな気もする。
僕と莉乃姉はドラゴンに乗らずに歩いて、パトロールをしていた。
大通りは問題が起こったら、人の声がするはず。だから、僕と莉乃姉は路地裏に入った。
路地裏には室外機やゴミ袋などがある。ちょっと臭いがするけど、パトロールだから仕方ない。
「ずっと気になってるんだけどさ。いい?」
「なに?」
「なんで、そんなに歩き方ぎこちないの。何かの研究か何か?」
「筋肉痛だよ。昨日の任務での」
昨日の筋肉痛は悪化していた。歩くたびにどこかに痛みがする。身体のパーツを全部取り替えたい。あー誰か助けてください。痛みを取り除いてください。
「えぃ」
莉乃姉は僕の脇腹をついて来た。
「あぅ」
僕は筋肉痛で倍増された痛みに耐えられなくなり、その場に崩れ落ちてしまった。
「え、ごめん」
「ごめんじゃないのよ。筋肉痛の時のふいの一撃がどれほど人体にダメージを与えるかを知ってる?」
「もう。大げさなんだから」
莉乃姉は僕の肩を二回叩いた。
「へぇご。ひゃいめて」
痛みのあまり変な声が出てしまった。
「あれ。ちょっと目覚めたかも」
「な、なに?」
「何でもないよ」
莉乃姉は楽しそうな顔で何度も僕の肩を叩いてくる。
「お、おりゃ。ひゃ、ひぇめて」
痛みで言葉が上手く出ない。こ、これはいつか仕返ししてやらないと。
「あー可愛い」
「きゃあ、きゃあわいひぃくにゃい」
可愛いくなんてないと言おうとしたのに痛みのせいで口が上手く動いてくれない。
「なんて言ったの?ぎゅってしていい」
莉乃姉は叩くのを中断して訊ねて来た。
「……だ、駄目に決まってるだろ。馬鹿じゃないの」
僕は息を切らせながら言った。
「年上に馬鹿じゃないのって言ったなぁ。これはお仕置きが必要だ」
「お、お仕置き?」
な、何をする気なんだ。
「ぎゅってしまーす」
「ぎゅって、ちょっと待って。し、死んじゃう」
「死なないよ。えいや」
莉乃姉はバックハグをしてきた。
「ぎゅわぁ。ちょ、ちょい。みゅ、みゅねが」
背中に柔らかいものが二つ当たっている。それと同時に全身に痛みが走る。二つの衝撃で意識を失いそうだ。
「うん?何て言ってるのかなぁ?」
莉乃姉は僕をからかう為にわざと聞いてくる。
「む、胸が当たってる」
変な声にならずに言えた。
「……エッチ」
莉乃姉は耳元で囁いた。吐息が耳に入って来る。
「あー死ぬ」
体温が急上昇をしていく。そのせいか身体から力が抜けていく。僕は死んでしまうのだろうか。まぁ、好きな人に抱き締められて死ぬのだからいいか。
「あれ、死んじゃった?」
莉乃姉は僕の肩に顔を乗せて、顔を見てくる。
「……し」
いや、このまま死んだらだめだろ。まだまだしたい事がたくさんある。
「し?」
「死んでたまるものか」
僕は全身に力を入れて、莉乃姉の腕を傷つけないような強さで離す。
「あ、生き返った」
「莉、莉乃姉。こう言う事は外でやっちゃ駄目だよ」
僕は莉乃姉から離れて立ち上がった。そして、莉乃姉を見て言った。
「え?室内だったらいいの?」
莉乃姉は嬉しそうに訊ねてくる。
「室内でも駄目。今は」
「今って事は今度はいいの?」
「今度も……うーん。駄目。そう言う関係じゃないと」
「そう言う関係ってなに?」
「そう言う関係はそう言う関係だよ」
あれ、これって何かに誘導されている気がする。気のせいか。いや、気のせいじゃないよな。
「どう言う関係か、莉乃姉に教えてほしいな」
莉乃姉は顔を近づけてくる。
「そ、それは」
どうする。どうするんだ。どうすればこの危機的状況を切り抜けられるんだ。考えろ。考えるんだ。……そうだ。話を無理やり変えればいいんだ。それしかないな。
僕は必死に周りを見渡して、話になりそうなものを探す。
「それは何かな?」
「それはですね。……あ、封筒」
近くにあった室外機の側面にテープか何かで貼られた封筒があった。封筒の表面には「6」と書かれている。
僕はその封筒を指差した。
「封筒?何、話を逸らそうとしてるのかな」
「いやいや、本当なんだって。見てよ」
「見たら続きを話す?」
「は、話す。話すよ」
話すわけないだろ。封筒について、5時間ぐらい語ってやる。語る知識は全く無いけど。どうにかする。
「……わかった。仕方なく見てあげる」
「お、お願いします」
莉乃姉は僕の指差した方に視線を送る。
「あ、本当だ。数字も書いてる」
莉乃姉は封筒が張られている室外機に行き、封筒を剥がそうとする。
「あ、危ないかもしれないよ」
「だ、大丈夫。だって、封筒だよ」
莉乃姉は室外機に張られた封筒を剥がした。
「剥がしちゃったよ」
「開けちゃえ、開けちゃえ」
莉乃姉は封筒の封を開けて、中に入った二つ折りの紙を取り出した。
「開けちゃったよ」
「何が書いてるんだろう」
莉乃姉は誰の了承も得ずに、二つ折りの紙を開いた。
「読み始めちゃったよ」
「……アウトリュコス」
莉乃姉の声が暗くなった。
「今何て言ったの?」
「アウトリュコスって言ったの。このマークはアウトリュコスのものでしょ」
莉乃姉は手に持っている紙を僕に見せた。
「……アウトリュコスだ。それとこの文字はなんだろう」
紙には「t」が書かれており、右下部にはアウトリュコスのマークが印字されている。
「何かを示す暗号か何かか?」
「どうする?」
「創護社に一回戻ろう。もしかしたら、これと同じようなものが他にもあるかもしれない」
6と書かれていたんだ。他の数字が書かれた封筒があると考えてもおかしくはない。
「だね。じゃあ、行こう」
僕と莉乃姉は創護社に向かって走り出した。
「あ、駄目だ」
走り出した途端、全身の筋肉痛が襲って来て、立ち止まってしまった。
「だ、大丈夫」
「だ、大丈夫。気合を入れれば」
僕は「痛くない。痛くない」と心の中で唱え、自己暗示をする。そして、走り出した。
「痛くない?」
「うーんっとね。痛くないわけない」
自己暗示は無駄だった。我慢して走るしかない。人間って上手く出来てないな。
18時30分。創護社、テイルダイバー司令室。
僕と莉乃姉と影草さんと錦木兄弟はテーブルの上に置かれた30枚の紙を見ていた。紙は全て封筒に入っていたもので、数字通りに並べている。
「August4 17:00 the festival begins.」
影草さんは並べられた紙に書かれた文字をそのまま読んだ。
「普通に読めば、8月4、16時に祭りが始めるって事ですよね」
莉乃姉は言った。
「そうね。明日は15時までで想蘇祭を中断してもらうわ。さすがに住人の中でも異変に気づいている人達もいるはずだから」
「そうですね。それが妥当な判断だと思います」
丈一さんは頷く。
「明日はアウトリュコスと戦う事になるはず。みんなは明日の為に準備をして。町の外で活動しているメンバー達の為にも、この町を守る事を任された私達が頑張るしかないの。分かったわね」
「はい」
僕ら四人は返事をした。
明日で丹波達との決着が着く気がする。その結果は僕らの勝利じゃないと絶対に駄目だ。それ以外の結果は許されない。そのために気合を入れなおさないと。
21時10分。
男子寮の自分の部屋に戻り、一昨日買った西条さんの本を読んでいた。
それにしても、「夢降る町」は何度読んでも飽きない。他の世界から、思い出の品が降って来る。主人公のカルラがその思い出の品に記憶された過去を辿り、持ち主の世界に行き、思い出の品を持ち主に渡す。その間に語られる人間ドラマがとても涙を誘うのだ。
自分もこんなふうな作品を書かなきゃ。
僕は「夢降る町」を閉じて、悪役がどうすれば人々に好かれるかを考える。
うーん。難しいな。人助けするとかがいいかな。誰もが幸せになる設定の方がいいよな。現実は誰もが幸せになるのは難しいかもしれない。でも、架空の世界ならそれはあってもいいと思う。
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