第6話
キアラの部屋をあとにして、人間界に一度戻る為にリムジンが停められている魔王城の駐車場に向かっている。
「フギンさん。ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
「なんで、他の国の王女もアイドルをしているんですか?」
さっきの話で気になった部分だ。別に王女がアイドルをしなくてもいいだろう。
「……この世界、二ウムヘルデンでは30年前まで魔族と魔物と妖怪と精霊など言った様々な種族が領土を争い戦争行っていました。その戦争のせいでどの種族の民も大勢死にました。現在世界を統べる王達は戦争を終結させる為に話し合い領土を平等に分け合いました。そして、戦争は無事終結させました。王達は戦争で暗くなった世界を明るくする為に人間界のエンターテイメントを真似て、王女をアイドルにして民を応援する事にしたのです」
「そうなんですか」
結構重たい理由なんだ。それに僕の役目ってかなり重要な気がする。人間界を護る為でもあるし、二ウムヘルデンのこれからの為でもある。きついな。
「はい。だから、貴方を誘拐しました」
おい。仕方が無いみたいな言い方するな。誘拐されて脅されて、どうしようもなくなって、キアラのマネージャーをするんだからな。
「は、はぁ。でも、これからどうするんですか?」
「何がです」
「約一ヶ月もこっちに居る理由なんて作るの無理ですよ」
夏休みだとしても、事務所の仕事がある。それをほっぽりだす事はできない。両親にも事務所の人達全員にも迷惑がかかる。
「それは考えているので大丈夫です」
「本当ですか?」
「はい。お互いに利益を生む最高の案があります」
フギンは自信満々に答えた。
あ、怪しい。でも、頼むしかないな。僕には思いつかないから。
「まぁ、それならよろしくお願いします」
「任せてください」
フギンは口角を上げて、サムズアップをした。
頼もしいような、頼もしくないような微妙な感覚。それにこっちの世界でもサムズアップするんだな。なんか容姿とか能力が違うだけであんまり変わらないな。そして、徐々に適応している自分が怖い。
リムジンが走行している。
外の景色を見ようとしたが、フギンに見ないようにと咎められた。二ウムヘルデンから
人間界に行く方法は企業秘密らしい。見たところで人間の僕に理解できるわけがないんだから見せてくれてもいいのに。なんと言うか、ケチだな。
リムジンが停車した。
「着きましたよ」
フギンは助手席から言った。
「はい。ありがとうございます」
リムジンの後部座席のドアが開いた。
僕は座席に置いているリュックを手に取り、リムジンから降りて、周りを見渡す。……我が家がある。そして、近所の家も。ここはたしかに人間界だ。本来居るべき世界だ。
助手席の窓が開き、フギンが顔を見せた。
「それではまた人間界の本日14時にお伺いさせていただきます」
「は、はい」
本日?日を跨いでいるのか。
「では失礼」
フギンは助手席のドアを閉めようとした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんでしょう」
フギンは助手席のドアを閉めるのを中断した。
「リムジン以外で来てくれませんかね」
さすがに休日の昼間にリムジンは目立ちすぎる。近所の人からの視線が怖いし、うわさになる。
「それは無理です。このリムジンしかありませんので」
「いや、あるでしょう」
「ないです。ではまた」
フギンは助手席の窓を完全に閉めた。
「……そんな」
これで僕はちょっとの間リムジンに乗った子になる。調子に乗っていると思われるはず。近所を歩くたびにどこからかヒソヒソ話が聞こえてくるだろう。辛いな。とても辛いな。覚えとけよ、フギン。
リムジンが動き出し、数秒もしないうちに煙のように消えた。
ズボンのポケットから、スマホを取り出して、時間を確認する。スマホのホーム画面にはAM0時32分と表示されている。
日跨いでるじゃん。僕、未成年だよ。もし、警察が巡回していたら注意されるやつだよ。
マジで最悪だ。高校二年の夏休みはもう史上最悪だと言う事が決定されている。それに人間界の命運は僕に委ねられている。冗談じゃねぇよ。とてつもなく酷い悪夢なんだ、今までの出来事は。
人間界に戻って、ちゃんと考えられるようになってから混乱してきたぞ。
悪夢であってほしいから頬を思いっきりつねった。
……痛い。びっくりする程に痛い。痛すぎて、涙が出そう。そして、これが現実だと言う事に対しても泣きたい。高校生になって、こんなにも泣きたくなったのは初めてだ。
あ、弁当どこに行った。誘拐されてから気づかなかったけど、どこ行ったんだ。もう、何もかも面倒くさくなってきた。……寝よう。もう今日は寝よう。
僕はズボンのポケットから、家の鍵を取って、玄関のドアの鍵穴に差して、回した。
カチャっと音がして、施錠が解除された。
ドアノブを引いて、ドアを開けて、家の中に入り、内側からドアを閉めた。そして、靴を脱ぎ捨て、電気も付けずに階段を上って、自分の部屋に向かった。
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