第2話 八咫烏へ

「……どうする?」

紫苑が手を差し伸べたまま、静かに問いかける。

月明かりに照らされたその瞳には、冷たさよりも決意と哀しみが滲んでいた。

私は俯いたまま、足元のビル街を見下ろす。

キラキラと輝く街の灯りが、まるで遠い世界のものみたいだった……。


(……失ったものを……取り戻せる……?)

「本当に……戻せるの……?」

震える声で問うと、紫苑は一瞬だけ目を伏せ、

そして静かに言った。

「……保証はできない、だが……何もしなければ、何も変わらない、変えられない……全てはお前次第だ」

――何もしなければ、何も変わらない。

その言葉が胸に突き刺さった。

何もできなかった自分。

ただ泣いて、震えて、受け止められず、逃げ出した自分。

私は涙で滲む視界の中で、紫苑の手を見つめた。

紫苑は黙って私の頬に触れると、その手の温か

さに胸が軋む。


(……守る。今度こそ、この手で……)


「泣くな……お前には、まだ出来る事がある」

(……私でも……何かできる……?)

震える手を伸ばす⸺。


紫苑の手に触れた瞬間、眩い光が視界を覆った。

そして――私は足元の感触が変わったことに気づいた。

「……っ、」

突然の眩暈と吐き気で思わず膝をつく。

ゆっくり目を開けると、そこはビルの屋上ではなかった。


漆黒と金を基調にした高い天井。

壁一面に謎めいた紋章が刻まれ、無数の扉が並ぶ廊下。

空気は静謐で、冷たさの奥に不気味なほどの荘厳さがあった。

(……どこ……ここ……?)

「立てるか?」

背後から紫苑の声が響く。

振り返ると、そこには先ほどと同じ無表情の彼が静かに手を差し伸べていた。

だが、その奥の瞳には僅かに安堵の色が見える。

「ここは……?」

「八咫烏の拠点だ。」

「……やたがらす……?」

知らない言葉だった。

紫苑はゆっくりと歩み寄り、私の手を取る。

「お前には、力がある、それを覚醒させ、使いこなせば……失ったものを取り戻せるかもしれない」

「……っ」

胸が強く締めつけられる。

父も、母も、兄も、妹も。

あの日の笑顔を、もう一度見られるなら――

「……私……何でも……する……。」

気付くと、声が震えていた。

涙が止まらなかった。

紫苑は黙って私の頬に触れると、その手の温かさに胸が軋む。

「泣くな……お前には、まだやるべきことがある」


その瞬間、私の手の甲が淡く光り始めた。

「っ……!?」

見ると、黒い鳥のような紋章が浮かび上がっていた。

その羽が微かに揺れ動くように見えた。

(……これは…… 鳥?……)

胸の中がなんだか、落ち着かないそんな気がした……。

「それが、お前が選ばれた証だ。」

紫苑はそう告げると、僅かに口元を綻ばせた。

(ここから……私の世界が……変わる……?)

淡い光に包まれた意識の中で、私はただ震えていた。

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