第19話 友達です
「一体なにが……」
ミルが全力疾走して向かった先は、学院内にある剣術訓練場であった。
しかし、ミルが到着すると訓練場に備え付けられていた最新鋭のトレーニング器具たちが破壊されており、辺りにはケガを負った生徒達が倒れている。
その中の一人の老人を見つけ、ミルは駆け寄っていく。
「セバス……セバスチャン! しっかりしなさい!!」
この老人はセバスチャンといい、ニカレツリー家に昔から使える執事である。
「ミルさん……、よかった連絡はちゃんと届いたようですね」
セバスチャンは、小さく息を吐いた。
「本当なんですか!? お嬢様が……」
「えぇ、残念ながら本当です。 お嬢様は人さらいに攫われてしまいました」
先ほど、ジャックと戦っている最中にきた魔導通信は、セバスチャンからのもので、ルティが突然現れた人攫いに連れていかれたという連絡だったのだ。
「この学院に部外者が……、いやそれよりもセバス。 あなたがいながらこんなことになるなんて」
セバスはただの執事ではない。 かつて王国騎士団に所属していた騎士でもあるのだ。
「大変申し訳ありません。 今回現れた人攫い……彼らはただの町のチンピラではありません。 確実にプロです。 裏社会の事情について私はもうあまり詳しいとは言えませんが、彼らの全員に同じ入れ墨が入っていました。 恐らくあの模様はキハーノ
「そんなデカい組織がお嬢様を攫った……セバス、そのキハーノ一家のアジトの場所を知っていますか?」
「アジトはわかりません。 ただ、突如として奴隷商売で力をつけてきたという噂のある貴族を知っております。 探すのであれば彼らの有する繁華街がよいかと」
「現役引退してるのにその情報量は流石ですね。 わかりました、ではその貴族の場所を――」
「お待ちください。 お一人でいかれるつもりですか?」
「今回は私が、個人的な事情でお嬢様の元を離れたことに原因があります。 この命に代えてもお嬢様を――」
セバスは息つく間もなく喋るミルの手を優しく握る。
「ミルさん。 今、優先すべきはお嬢様を助け出すことです。 貴方様は強いですが、一人で行ったところで返り討ちにあう可能性があります。 学院の先生に連絡して今すぐ騎士団、軍に救助を求めましょう。
お嬢様を攫った者達がいそうなその貴族の領土にギルドがあれば、そこの冒険者に依頼した方が早く捜索を開始することもできます」
ミルはセバスチャンの助言を受け入れ、貴族の居場所を聞くとすぐに学院長室へと向かった。
世界最高の魔女ドロセルがいるその場所へ。
学院長室のドアを吹き飛ばすほどの勢いで開けるミルであったが、室内にはドロセルの姿がなかった。
そこにいたのはツルハゲ副学院長とコシャック学年主任だ。
「キミはなんだね?」
コシャックはガリガリの体を翻し、片眼鏡をクイッと上げてミルの姿をマジマジと見つめる。
「私は一年のミル・ラセルです。お嬢様……ルティ・ニカレツリーが人攫いに攫われました! 今すぐギルドに連絡をして冒険者に捜索依頼を出してください。もしくは、騎士団に連絡して頂けないでしょうか?」
ミルの懸命な訴えに対し二人は互いに目を合わせ、コシャックが小さくため息を吐く。
「学院襲撃も誘拐の事もとっくに知っています。 しかし犯人が分からない以上、一体どこのギルドに依頼をしたら良いのか分からないではないですか?」
生徒一人が誘拐されているのにあまりに冷静。 むしろ少し嘲るようにそう言ったコシャックに、ミルは面をくらってしまい、ほんの一瞬だけ固まってしまった。
「目星ならあります。 さらった者たちの入れている入れ墨の模様からして犯人はキハーノ一家。 そして一家と関係をもっているのではないかと噂されているバジェス男爵が怪しいです。 男爵の領土にあるギルドへ連絡して頂ければと」
まさかミルがここまで具体的な情報を持ってくるとは思っていなかったのか、ツルハゲもコシャックも目をまん丸としている。
「――バジェス男爵だぁってぇ!?」
今まで黙っていたツルハゲが裏声のような高い声を上げる。
彼は常時甲高い声なのだ。
「副学院長、そのバジェス男爵とはあの有力貴族の……」
コシャックも何か気づいたようでツルハゲの方を見ると、すぐにミルの方へ視線を戻す。
「残念だが、キミのその提案は受けられてない。 帰りたまえ」
「え……そんな、どうしてです。 そこへ連絡してくだされば……」
「ならんといっておる!!」
癇癪を起したように、ツルハゲが喚いた。
「あと、数十時間で生徒会、学院長、ヴァルナダ先生がハンブルグから帰ってこられる。 彼らにかかればすぐ見つかるはずだ」
ハンブルグとはザルカン連邦国の一地域の名称であり、ミルたちの住むこのクアドリア王国からはかなり距離がある場所であった。
「数十時間……それまで一切何もしないというのですか!?」
今まで冷静さを保っていたミルも、遂に声を荒げてしまう。
「せめて、軍や騎士団に連絡をしてください」
「それもならんと言っておる。 我が学院に犯罪者をいれてしまったと世間にバレてしまっては、この学院の信用に関わる」
「は?…………そんなこと――」
ミルはものが言えなかった。
「それに今回攫われたのは、ニカレツリー家の子だろう」
ニカレツリー家は弱小貴族だから、緊急性は低いとコシャックは言葉にはしなったが、態度がそう語っていた。
「ふざけるな……」
ミルは無意識にそう口走っていた。
「ふざけるなだと? 貴様誰に向かって口を利いている。 私は教師である前に上流貴族だぞ。 貴様のような弱小貴族の寄生虫が意見できる存在ではないのだ」
コシャックの片眼鏡が光で反射し、片眼が見えなくなる。
「《ウィンドブロウ》」
コシャックがそう唱えると突風がミルを襲う。
ミルの後ろにあった扉が開かれ、まるでミルを吸い込んでいるようだ。
「クッ!! お聞かせください!! そもそもなぜこのような事態に!? この学院にはドロセル様の強力な結界が張られていたと思うのですが」
ミルは両手を顔の前でクロスさせ、飛ばされないように必死で踏ん張っていた。
「そんなこと、キミが知る必要はない!! さっさと立ち去りたまえ!!!!」
コシャックがさらに風を強めると、ミルの体は浮き上がり、そのまま部屋の外へと飛んで行った。
部屋を出たと同時に、扉が閉められ鍵の掛かる音が廊下に響く。
「クソッ! クソォ!!!」
ミルは壊しそうな勢いで床に拳を叩きつける。
そしてすぐに、彼女は気を荒立たせてはいけないと湧き上がる感情を必死に抑えつけた。
部屋の外に吹き飛ばされる直前に見えた副学院長の気まずそうな顔が頭をよぎる。
その表情を見て、ミルは察した。
「やはり、学院の結界が突破されたのは学院側の問題か」
学院の失態を世間に知らせないために、外部へ助けを求めることをためらっているのだろう。
自分たちの体裁を守る為にルティの捜索を遅らせている。
「クズが」
ミルは小さくつぶやくと、立ち上がる。
「こうなったら私一人でも捜索に――ッング!」
そう意気込んで角を曲がったタイミングで、誰かとぶつかった。
「あなたは……」
そう言ってミルを見つめるのはカイアであった。
「貴様ぁ! 一護衛でありながらカイア様にぶつかるとはどういう了見だ!」
カイアの護衛であるアリアルが、今にも剣を抜きそうな剣幕でミルに捲し立てる。
「も、申し訳ございません――では、これでっ」
いつもなら土下座する勢いで謝罪するミルだが、今回ばかりはそんなことをしている余裕があるはずもなかった。
「おい待て!」
アリアルが、ミルの腕を掴んで引き留める。
「申し訳ありません、後でどんな罰も受けます。 今はどうか行かせてください」
どう考えても異常なその態度にカイアは何かを感じ取った。
「アリアル。 私は許すわ」
カイアは落ち着き払った声でそういうと、ミルと目を合わせた。
「今日はあなたが世話をしているうるさいのがいないみたいだけれど、どこに行ったのかしら?」
いつものからかうような口調でカイアはそう言った。
【学院長室にて】
「しかし、本当にバレたりしないのかね? コシャック先生」
学院長室ではツルハゲが、コシャックに弱気な声でそう尋ねる。
「バレないようにするしかありません。 我々が結界を生み出す魔方陣に魔力を供給することを忘れていたなど、知られてはならないのですから」
ドロセルがクアドリア魔法学院に施した結界は非常に強力で、本来そう簡単に部外者の侵入を許すことなどない。
しかし、定期的に魔力を供給する必要がある。 術者本人であるドロセルが学院に居る時は、彼女自身の魔力で補っていたのだが、いない時は誰かが供給をしなければならない。
それ用の人間を雇うという話にはなったのだが、すぐに雇えるわけもなく、それまでは泥セル以外の先生が代わりに供給することとなっていた。
そして今日はツルハゲとコシャックがその役割を担うこととなっていたのだが、二人はどうせ何もないだろうとサボり、学院内で酒を飲んでいたのである。
「もうすぐ他の先生方もここに来ますから、そこでは毅然とした態度で臨まねばなりませんぞ」
コシャックの言葉にツルハゲは何度もうなずいた。
ほどなくして、他の教師たちも学院長室に到着した。
そこでコシャックは今回の一件は生徒会と学院長の力を借りてなんとかするので、決して口外しないようにと釘を刺した。
保守的な考えを持っている教師たちは、なんら抵抗することなくその話を受け入れたのだった。
「――では、皆さんはことを荒立てることなく普通に過ごしていただけますようお願い致します」
コシャックが解散の宣言する。――と同時に扉が開いた。
そこには腕を組んで仁王立ちしているカイアの姿。
「か、カイア君どうして君がこんなところに……」
カイアは先生たちのその質問に答えることなく、副学院長の方へ向かって真っすぐ歩いていく。
教師たちはそのただならぬ気迫に押され、自然と彼女に道を作っていた。
「ルティ・ニカレツリーが誘拐されたとお聞きしました。 先生方はここで一体何をしているのですか?」
いつもより低く、ゆっくりとしたしゃべり方で語るカイア。
「そ、それなら安心したまえ。 もうあと数分で学院長と生徒会、あとヴァルナダ先生もお帰りになられる。 彼らが居ればすぐに見つかるだろう」
コシャックが張り付いたような笑顔で吐いた言葉は、カイアには響かない。
「あと数分?」
カイアが手をついていた机が、音を立てて壊れる。
「ザルカン連邦国からクアドリア王国までは、マルシア共和国かイシュタール教国を通らねばなりませんよね。 無難にマルシアからこっちに帰ってくるとしても、船に乗ならねばなりません。 今回の出張の日程を調べたら、どうやら今日の午後に仕事が終わるようでした。 そこからうちの学院にそんな早く帰ってこれるわけありませんよね?」
それを聞いたコシャックとツルハゲは、心拍数がどんどん上昇していきていた。
「カイア君、今回誘拐されたのは、ニカレツリー家というまだまだ無名の家の子供です。 アルロア家のような一流の貴族ならまだしも、そこまで騒ぎ立てるような人材ではないのです」
コシャックがそう言うと、ツルハゲも必死で首を縦に振る。
「……ニカレツリー家だから」
カイアが奥歯を強く噛めしめたことでガキッという鈍い音が、口元から鳴る。
(「わかっておりますわ! だからこれはワタクシが勝手にお友達と思っているだけですわ。それくらい受け取ってくださいまし!!」)
ふとカイアの頭の中に、ルティの言葉がよぎる。
「カイア君申し訳ないが、今日はもう家に――」
コシャックの猫なで声をよそに、カイアは三歩ほど後ろに下がる。
「お願いします。 ルティの捜索を軍や騎士団、ギルドに依頼してください。 私の大切な…………友人をどうか助けて下さい」
大貴族の娘であり、世界一の魔女の弟子であるカイア・アルロアは頭を下げてそう願う。
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