10話 精神支配と赤い竜(3/6)
「トラコンの男の子、ですか?」
「はい、ニディアの腹違いの兄妹で、これまで同じ保育園に通っていた一周り上の子なんですが……」
……腹違いの兄妹って、こんなサラッと出てくる単語なんだな。
トラコンは一夫多妻制だったりするのか? あとでザルイルに聞いてみるか……。
あ。もしかして、その子もニディアみたいに保育園で拘束されて過ごしてるって事か……?
ニディアの一つ上って事は就学まで残り一年ほどって事だし、保育室にはまだ余裕もある。俺は別に保育対象があと一人増えたって構わないが……。
俺は、雇用主であるザルイルの意向を確認しようと後ろを振り返ろうとした。
途端、ニディアが叫んだ。
「母上! あんな奴は呼ばなくていい!」
俺がレンティアさんに今日の出来事を報告している間は、決まりの悪そうな顔でレンティアさんの後ろに隠れていたニディアが、俺とレンティアさんの間に飛び出してくる。
「あんな情けない奴は普通の保育園で十分だ! ここにはふさわしくない!」
……どういう事だよ。
話を聞くと、そのトラコン男子はニディアを一方的に好敵手としていたらしく、ニディアとの対決を楽しみに園に通っていたらしい。
だがニディアが園からいなくなり、その子は徐々に園に行き渋るようになり、結局現在まで登園拒否を続けているらしい。
「それで、ニディアのいるこちらに入れていただければ、また通ってくれるんじゃないかと……」
「なるほど……そういうことですか」
登園拒否もまた、どこの世界にもあるもんなんだなぁ……。
「園に行きたがらないやつなんか、放っておけばいいんだ」と口を尖らせるニディアに、俺は尋ねる。
「ニディアはその子が一緒だと嫌なのか?」
ニディアはしかめっ面をさらにしかめたものの「別に、嫌ではないが……」と答えた。
「そうか、ありがとう」
ニディアの小さな角が生えた頭をよしよしと撫でる。
しかし、その子が来たら、毎日子トラコン同士の対決が繰り広げられるってことか……?
俺は不穏な予感に頭を痛めつつ、今度こそザルイルを振り返る。
ザルイルは思った通り「ヨウヘイが良いなら私は構わないよ」と言ってくれた。
ただし、リーバやケトの保護者にも事前に話を通しておくことや、拘束用の腕輪を俺が必ず身につけておくこと、慣れるまでは全員に防御術をかけておくこと、といくつか条件は出されたが。
全員分の防御術か……。結局、ザルイルの負担ばかりを増やしてしまうな。
俺と同じことを思ったのか、レンティアさんが「でしたら、防御術は私が全員分のスクロールをご用意しますね。拘束用の腕輪もいくつかお持ちします」と言ってくれた。
スクロール……って、ゲームで見た、術を持ち運びできて一度だけ魔法が使える消耗品的なやつか?
ザルイルが「ありがとう、助かるよ」とレンティアさんに礼を言っているので、この件はこれでいいんだろう。
……各アイテムがどんな価格なのか、多少、気にはなるけれど……。
そんなこんなで準備はサクサクと進み、ほんの三日後には、子トラコンが俺たちの元へやってきた。
レンティアさんとニディアの後ろから、バッサバッサと同じような羽音を立てながら近づいてくるのは、遠目からでもよく目立つ、真っ赤なトラコンが二体。
その後ろを飛ぶ三体の竜のうち、一体はいつもの煉瓦色の爺やさんなので、残り二体は赤いトラコンの眷属というやつだろうか。
子同士はライバルでも……、いや、ニディアには「あんな奴をライバルだと思った事は一度もない」ときっぱり否定されてしまったが。ともかく、ママさん同士の仲は良いらしい。子の歳も近いため、幼い頃からよく一緒に遊んだり出かけたりしているそうだ。
家も近所……というか、同じ敷地内に旦那さんを同じくする奥さん達がそれぞれ家を建てて暮らしているらしい。
トラコンには一夫一妻という概念がなく、一夫多妻だけでなく一妻多夫も可能だそうだ。まあ、これに関してはそんな気がしていたが。前にニディアには「夫の一人にしてやってもいい」と言われたことがあったしな。
庭……と口にするには広すぎる広場に四体の竜は着地した。
赤いトラコンの子は、ニディアよりほんの少し大きいな。
ニディアとは鱗の感じも違うし、立派なツノも生えている。
目の数は同じ六つみたいだな。
ザルイルが、話しやすいように四人を保育室に合うサイズにしてくれる。
まだ姿形はドラゴンのままだ。ザルイルより大きなママさん二人は残りの要素を庭に置いてもらっているが、いつもの爺やさんに加えて灰色の竜2人がその周りを守っていた。
「素敵な園舎ねぇ」「まあ、ありがとう。私が作らせてもらったのよ」と親しげに話すママさん達に対して、子ども同士には距離があるな。
赤いドラゴン少年は、母親の陰に隠れつつも必死でニディアを睨みつけているが、尻尾と耳は完全に垂れてしまっている。新しい場所を警戒しているんだろうか。
ニディアは赤ドラゴンとは目も合わせたくないのか、ツンとそっぽを向いている。
レンティアさんが施設案内をしてくれている間に、俺はママさんから預かった聞き取りシートに目を通す。
えーと、名前はエルディラン、愛称はエルディ。嗅覚が鋭敏、臭いものの近くには近づけない。
臆病で、新しいものや場所ではおどおどしがちだが、慣れれば内弁慶を発揮する。
自分より弱い相手に対しては強気で傲慢……。
いや、ママさん、もうちょっとお子さんの良いところも書いてくださって結構ですよ?
とりあえず、彼がどうしてニディアに煙たがられているのか分かった気がするな。
なにしろニディアは、正々堂々を良しとするタイプだからなぁ……。
絵本を読んでいても、悪者が汚い手段を使うと「卑怯だぞ!」なんて叫び出すくらいだ。こんな性格の子が身近にいれば、それはうんざりもするだろう。
その上、一方的にライバル視されているとなれば……。
俺は『交友関係』の欄に書かれた一文を目にして、動きを止めた。
そこには『腹違いの妹のニディアちゃんが大好きで、勝負ばかり挑んでは負け続けている』と書かれている。
んん……??
これは……なんか、……面倒なことになりそうだな……。
隣の部屋からは、ライゴとシェルカが新しい仲間の様子をワクワクドキドキのぞいている。
ケトも、そのさらに向こうから、本を手にしつつこちらを観察しているようだ。
リーバはまだ来ていない。
施設一周ツアーを終えて入口に戻ってきたエルディランとそのママさんに、俺は改めて挨拶と自己紹介をすると、エルディランを保育しやすい人型に変更させてもらおうとしたんだが……。
「なんで俺様がそんな弱そうな格好しないとなんだよっ!」
エルディランはそう言って尻尾を完全に股の間に挟んでしまった。
ニディアはひとつ息を吐くと「ボクが手本を見せてやろう」と手をあげる。
俺のイメージをザルイルが形にする。
ニディアは、何やら優雅な仕草で人型をとってみせた。
なんかいつもより余計にキラキラ光った気がするが……?
横目で見れば、壁際のザルイルが二つ開いていた右目をパチっと閉じてみせた。
……それは、ウインクなのか……?
どうやら余計な演出はザルイルからのサービスのようだ。
ニディアは特別演出が気に入ったらしく、自信満々に胸を張ってエルディランに言う。
「恐れるな。我々の本質が変わるわけではない。見た目を揃えれば、多種族とも同じ空間で同等に過ごせるのだ。巨大種ならばこれくらいの事受け入れてやらずしてどうする」
なるほど……?
ニディアとしてはそんな風に受け止めてくれてたのか。
確かにこれだけ種族間でサイズも習性も違えば、同じ部屋では過ごせないもんな。
こっちの保育園ではその辺どうなってるんだ?
とりあえず、ニディアが巨大種に括られるってことは、それより大きな生き物は少ないって事だよな?
それだけでも何だかホッとするな。
「べっ、別に怖くなんかねーし! 別にっ、減っても全然怖くねーしっ!!」
どうやら、トラコンの全てがニディアみたいに口達者というわけではなさそうだな。
俺は、ザルイルに伝えるイメージに、おまけでエフェクトイメージを添えてみる。
炎に包まれるようにして変身したエルディランの姿に、ライゴとニディアは瞳を輝かせた。
「わぁーっ、いいなぁっ僕も明日はそんな風に変身したい!」
「ふむ、こういうのも悪くないな」
しかし、当のエルディランは、炎が怖かったのか、縮こまってしゃがみ込んでいる。
「えーと……エルディランくんは、炎を吐く竜なんですよね?」
俺の言葉に、エルディランの母、エリュビーノさんがコクコクと頷く。
「エルディは私と同じく体色も真っ赤ですから、10周もする頃には火を吐けるようになると思うんですけど……」
ママさんが困った顔で息子を見つめる。
どうやら、いずれ火を吐くトラコンだが、今は幻影の炎にも怯えてしまうようだ。
「急な炎でびっくりさせちゃったな。ごめんな」
俺は謝りながらエルディランに近づくと、目線を合わせるようにしゃがんで肩をそっと撫でる。
エルディランは膝を抱え込んだまま視線だけで俺を睨むと、俺にだけ聞こえる小さな声で「お前、後で殺してやるからな」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます