第12章:彼女の星

初めてユメがリュヌ・アトリエに足を踏み入れたとき、彼女はサングラスをかけ、浅いバケットハットを深くかぶっていた。


もっとも、意味はなかった。


「わかるよ、あなたのこと」

職人はガラスのカウンター越しに微笑みながら言った。袖をまくり上げ、指先は金属の粉や研磨剤でうっすら汚れている。

「姪があなたの大ファンなの」


ユメは固まった。

「わたしは……違う――」

慌てて言いかける。


女性はくすっと笑った。

「安心して。誰にも言わないわ」


ユメは気まずそうに足元を見つめ、咳払いをした。

「オーダーに来たんです。カスタムで」


職人は眉を上げた。

「聞かせて」


しばらく沈黙が続き、ユメはゆっくりとバッグのファスナーを開け、折りたたまれたスケッチを取り出した。

淡いパステルカラーの線で描かれた繊細なリング――中央に星型の宝石、全体に淡いピンクとラベンダー。カラー指定、金属の種類、サイズのメモが端に丁寧な筆記で添えられていた。


職人は感心したように口笛を吹き、それを広げた。


「まあ、几帳面ね」感心したように言った。「そしてこだわりが強い。いいわね、そういうの」


目を輝かせて身を乗り出す。

「誰か特別な人への贈り物?」


ユメはまばたきをした。


一瞬、喉が締めつけられるような感覚。

指が反射的にバッグのストラップを握りしめる。


「……違います」あまりにも早く答える。「自分用です」


「ふーん」

職人は明らかに信じていなかったが、それ以上何も言わなかった。


眼鏡を整え、レジの方を顎で示す。

「それなりに高くつくわよ?」


ユメは一切動じなかった。カードをすっと差し出し、表情は変わらない。


「今、払います」


職人は小さく笑った。

「それだけで答えが出たわね」


数週間後、ユメは再び店を訪れた。


その時、店内は前よりも静かで穏やかに感じられた。窓から差し込む日差しが肩に落ちる中、職人が淡いベルベットの箱を差し出す。


「今回も、特別な人のためじゃないの?」とからかうように言った。


ユメは小さく微笑み、黙って箱を開けた。


リングは輝いていた。


繊細なラベンダーカラーのバンド。

回すと優しくきらめく虹色のピンクの星。

中央には淡いピンクのダイヤモンドが一粒――控えめなのに、はっきりとした存在感。

その色にはどこか温かみがあり、まるで夕暮れを結晶に閉じ込めたようだった。


ユメはリングをひっくり返した。


バンドの内側、銀色に溶け込むほど小さく刻まれていた三つの言葉:


「To my star.(わたしの星へ)」


ユメはそれをしばらく見つめていた。


そして、そっと箱を閉じた。


ミユは、すぐには開けなかった。


祭りの夜のあと、壊れ物のようにそっと枕の下に隠したその小さな箱の存在すら忘れていた。


箱は、ただ待っていた。


そして、ある夜遅く。

部屋が静まり返り、胸が言葉にできなかった想いで重く沈んだそのとき――

彼女は箱を取り出した。


蓋が、柔らかな音を立てて開く。


そこにあったのは――


ラベンダーとピンクのパステル。

机のライトを受けて、リングはほのかに輝き、星型の宝石はまるで生きているかのように脈打つ。


彼女はそれを近づけた。


中心にはピンクのダイヤモンド。小さくて、澄んでいて、完璧。

バンドの裏側をそっと回すと――刻まれていた言葉に、息が止まった。


「To my star.」


視界が滲んだ。

彼女は箱を胸に抱きしめた。


まるで、息を奪われたかのようだった。


翌日、学校で――

ミユはそのリングをつけていた。


最悪のアイデアだった。


わかっていた。


でも、それはみんなのためじゃない。

ユメがくれたもの。

自分のためのもの。


だから、つけていた。袖の下に隠れるように――でも、字を書くたびに肌に触れているのを感じられる位置に。


誰にも見られていないと思っているとき、彼女はそのリングを見つめていた。何度も、何度もバンドを親指でなぞりながら。

消えてしまわないように。


なぜそんなに大切なのかは、わからなかった。


ただ、確かにそうだった。


だから、アカネが近づいてきたとき――甘ったるくて作り物の声で――ミユの全身は、振り返る前からすでに緊張していた。


「やっと来たじゃん」

アカネはミユの机の周りをくるくると回りながら言った。

「最近ずっとシカトしてたでしょ?」


ミユは答えなかった。


サエとリカが横に立つ。いつもの構図。

サエの高いお団子ヘアが揺れ、好奇心丸出しで前のめりに覗き込む。

リカは相変わらず無表情で、遠くを見るような目。


そして――


アカネがミユの手首をつかんだ。


「うわっ、なにこれ?」目が輝く。「リングじゃん?」


ミユの胃がきゅっとなった。


アカネが袖をまくり、ラベンダーカラーのバンドを露わにする。

「高そうじゃん。どこからパクったの?」


「盗んでない」

ミユは小さく呟き、手を引こうとした。


リカが首をかしげる。

「でもかわいい。ちょっと変だけど。見せてよ」


手がリングに触れようと伸びる。


その瞬間――

ミユの中で、何かが切れた。


彼女は手首を引き、椅子の足が床を引っかく大きな音を立てた。

目は――鋭く、瞬き一つせずに――アカネを見つめた。


「触らないで」


アカネが瞬きをする。

「は?」


ミユの息は震えていたが、声は震えていなかった。


「これは、私の。

あなたのでも、誰のでもない。私の。」


予想以上に強くて、あまりにも生々しくて、速すぎる言葉だった。

でも、彼女はそれを取り消さなかった。

リングをかばうように手を握りしめ、まるで部屋の全てとの間に壁を作るように。


サエが眉を上げる。

「…なに、キレすぎ」


リカは少しだけ、不安げな顔をした。


アカネは鼻で笑う。

「変人じゃん」

そう言い捨てて、立ち去った。


それ以上、誰も何もしてこなかった。


放課後。校舎裏の誰もいない場所で、ミユはまた手を見つめていた。


リングは、陽の光を受けてきらめいていた。

柔らかく、温かく。


そして――

たしかに、彼女のものだった。


今度は、それをもっと強く握りしめた。

壊れそうだからじゃない。

それだけが、自分を壊れないようにしてくれる気がしたから。


静かなその場所で、ミユはリングにだけ聞こえるように、小さく囁いた。


「……ありがとう」


※更新時間が不安定でごめんなさい!スケジュールが不規則なのと、毎話納得のいくものにしたくて、なかなか更新できずにいます。できるだけ頻度上げられるよう頑張りますので、ユメとミユの物語をこれからも見守ってもらえると嬉しいです🙇‍♀️

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