第十四話 初めてのお泊まり会

 今日は待ちに待ったお泊まり会。

 夏休みが始まってからは、課題をやりつつ、屋敷のシェフと一緒にお菓子をつくってみたり、エマと一緒にお庭のヒマワリをスケッチしたり、舞踏のレッスンを受けたり、元の世界で後回しにしていたことに挑戦している。


 プロデューサーになってから実感したのだが、エンタメを仕事にすると、映画やアニメ、漫画など、どんなコンテンツを見ても仕事と関連づけて見てしまい、純粋には楽しめなくなる。それに、心に余裕がなくなると、体が物語を受けつけなくなる。心を動かすにもエネルギーがいるから、脳がシャットアウトしてしまうんじゃないかなと思う。だったらそれこそ、料理だったりお絵描きだったり、自分の手を動かす趣味を始めたらいいのに、気力が湧かず。休日は、金曜日の夜に買い込んだ、既に味に飽きているお惣菜か、宅配サービスで頼んだ味の濃いごはんを食べて、Vtuberの切り抜き動画を眺めたり、ポッドキャストで雑談を聞き流しながら落ちものパズルをしたり、無為に時間を過ごしていた。ロマプリのことだけを考えていたときは、毎日が忙しくも楽しく、休みを返上して働いたりもしていたのだけれど、人間関係の悩みが頭と心に割り込んできてからは、仕事に行くのが憂鬱で、週末が来るのが待ち遠しかった。でも、いざ休みの日が来ると、夜になるまでが無駄に長く、せっかくの休日を持て余してばかりだった。

 だから、今、こうして趣味を楽しめている私は、しっかり人間をやれているなと思う。人間らしい生活って、人間にとって幸せな生活って、こういうことだよなと思う。


 とはいえ、そろそろアマリリスの皆が恋しくなってきた。なんてことない呟きを、ポンとメッセージで送ることもできないのだもの。だから、今日また皆とお喋りできるのが楽しみで仕方がなかった。

 自室の窓から外を眺めていると、門の外から皆がやって来るのが見えて急いで下に降りる。

「アニー! 元気にしてた? 二日間よろしくな!」

「うん! 来てくれてありがとう。カトリーヌは少し焼けた?」

「やっぱり分かるか? 毎日外で狩りをしてたらすっかり黒くなっちゃって。侍女に叱られたよ」

「えー、小麦色の肌もかわいいと思うけどなぁ。ナディアは……ちょっと眠そう?」

「うん~。読書のし過ぎで寝不足だけど元気よ~。これ、皆さんにと思って、ワインとぶどうジュース。うちの領地で採れたブドウを使ってるの~」

「わ! おいしそう! ありがとう。ルシアスパパ、ワイン好きだから喜ぶと思う」

「ちょっとちょっとーオレたちも会話に混ぜてよー!」

「ふふふ! カイトは元気だった?」

「ああ、今日の泊まりを120%楽しめるように昨日たっぷり寝てきたらね、体力有り余ってる!」

「羨ましいな。僕は緊張のあまり昨夜はほとんど眠れなかったよ……」

「そうなの? だったら少し休む?」

「いえ、目も冴えるような女神の神々しさですっかり目も覚めましたのでご安心を」

「……電球か」

「うるさいぞ、ハリー。女神! 僕も女神にプレゼントがあるんです」

 そう言ってミカはヒマワリの花束を差し出した。

「わぁ! かわいい!」

「ヒマワリは、元気の出る鮮やかなカラーで、元々好きな花だったんです。女神は、花言葉もご存じですかね?」

「えっとー」

「うちにもヒマワリ畑があるんですよ、ミカ第一王子」

 気づかないうちに、ルシアスパパもロビーに来ていたようだ。

「サマエル公爵、本日はお招きいただきありがとうございます」

「その花、パパに渡してくれるかな? アニー」

 何だか嫌な予感がする。ルシアスパパなら、娘が異性からもらったものであれば、花束だって燃やしかねない……!

「……パパ? お花に何も罪はないわ? それに、ミカがせっかくプレゼントしてくれたんだもの。これは私が自分で花瓶に生けます」

「そうかい? うーん、アニーがそう言うなら今日のところは仕方がない……」

 残念そうに呟いたルシアスパパは、何やらエマに言伝をしてから

「ナディア嬢にカトリーヌ嬢、今日は遊びに来てくれてありがとうね。私はこれから少し用があるから、アニーと3人でくつろいでね。うちにあるものは何でも使ってもらって構わないからね」

 と女性陣に微笑みかけ、ミカ、ハリー、カイトを連れて去っていった。

 どんな話し合いが行われるんだろう……知りたいやら、知りたくないやら。


 ナディアとカトリーヌと3人でティータイム。

「そういえば、前にふたりでミカ王子派かハリー様派かって話題で盛り上がってたけど、今はどうなの?」

 そう聞くと、ナディアとカトリーヌはお互い顔を見合わせた。

「それをアニーが聞くかね……なぁ、ナディア」

「アニー、さすがにミカ王子からの好意には気づいてるわよね~?」

「……うん、それは分かる。でもそっか、そしたらもうカトリーヌは推せない……か……」

「いやー、まぁ、別にアニーのこと好きなのはいいんだけどさ、あんなに心酔してるところを間近で見ちゃうと、前とは見方変わるよね」

「そうね~、応援はしてるけどね~」

「じゃあナディアは? ハリーと仲良くなって前より好きになったとかないの?」

「そういえば~、ハリー様が次席になったのって今回が初めてらしいのよ~」

「そうなのか! 確かに、剣術の腕前は前から噂になっていたけど、勉強面については特に流れてきてなかったもんな」

「今までは剣術の稽古に集中してて、ほとんど勉強せずに試験に臨んでたんですって。それでも理数系は、覚えるというより考えて解くから、成績よかったらしいんだけれど」

「じゃあアマリリスで集まって勉強する時間が増えたお蔭で、暗記科目も点数よかったってわけだ」

「そうみたい~。それを聞いて、かっこいいっていうより、何だか面白いひとだなって思って」

「なるほどな。まぁでもアタシは、外から見てたときより今の方がとっつきやすくて好きだな。……あ、そういう好きじゃないからな⁈」

「うん、分かってるよ。私もハリー好きだな、友だち想いなところとか」

「今のアニーの言葉、サマエル公爵が聞いたら卒倒しちゃうんじゃない~?」

「ほんとだな。アニー、皆の命が懸かってるから、この二日間はいつも以上に言葉選び慎重にな!」


 その後、少しお庭を散歩してから広間に向かうと、げっそりとした男子たちが椅子に座っていた。ルシアスパパはどこかへ出かけたらしく、6人で食卓を囲みお昼ごはんを食べる。食事中、ルシアスパパにどんなことを聞かれたかナディアとカトリーヌが訊ねたけれど、3人とも首を振るばかりだった。

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