第8話「訓練(一方的な暴力ともいう)①」
黒酢に連れられ、朔は
庭は屋敷よりも更に大きく、稽古用なのか、的や打ち込み人形が見受けられた。
「…なんというか、サップッケイですね。」
「………
黒酢の訂正に、朔は「やってしまった!」とでも言うような顔をして、真っ赤になった。
「ふふふ。語学の勉強もしようか。」
「え"!」
勉強という言葉を聞いた朔は、あからさまに嫌そうな顔をした。
黒酢は「表情が本当に豊かだなぁ。」と微笑ましそうに朔を見ている。
「それじゃあ、まず、君の実力を測ろうか。」
ぽいっと、黒酢は朔に向かって一振りの竹刀を投げ渡す。
「竹刀…?」
「そう。私は刀を得意としているから、一応、適性があるのか調べたい。」
そこは普通、基礎を教えてからではないか、と思いつつ、朔は固唾を飲み込んだ。
「構え方は適当で良いよ。私に一撃入れられれば良いから。」
嬉々として黒酢が構える。その瞳は彼女が戦闘狂であることを示しているようだ。
「ゼッタイ無理ッスよ!」
逃げ腰姿勢の朔が、ダラダラと汗を流す。
「大丈夫。それにこれは、君が異能をどれだけ操れてるのかを測る試験でもあるから。うまく使えれれば、私にだって、千鶴にだって勝てるさ。」
黒酢が不敵に嗤う。
「じゃーボクが、審査員してアゲル。」
不意に時雨が現れた。庭の柵に猫のように座っている。
「私も混ざっていいかな?」
文が縁側に腰をかけた。観戦用のおやつの準備も完璧だ。
「おやおや。大分賑やかになったねぇ。それじゃあ、始めようか。時雨、合図頼む。」
「おーけーおーけー。りょーしゃ位置についてー。」
朔と黒酢が構え、向かい合う。
「当然だけど、本気ではぶつからないから、安心していいよ。」
「そういう問題なんスかね…。」
「よーい始めー!」
間延びした声が、庭に響いた。
瞬間、朔が後方へ吹き飛んだ。
「ガハッ!」
何が起こったか理解できずに朔は地面を数回跳ねて、転ぶ。
どうやら、黒酢が突いてきたようだ。
「ふっ。」
再び突進してきた黒酢を這って避ける。
「タフだね。」
「そーいうのはっ!俺に先手を譲るのが、王道なんじゃ、ないッスかァ!?」
地面から跳ね起き、華麗に突き技を披露する黒酢を死に物狂いで避けながら、朔が叫ぶ。
「ふふふ。此処に
ドゴォッ
朔が避けた背後では、黒酢が竹刀で地面を破壊していた。
「本当に手加減してるッスか!?こんなの受けたら死にますよっ!」
避けながら、朔は必死に思考を巡らせる。
俺の異能なら、黒酢さんにも勝てる、その言葉を反復しながら。
黒酢は以前として、突進の姿勢を崩さない。
威力は高いが、決して複雑ではない突き技。
そして、朔の異能。
「異能は、100%が決まっている______。」
ゴッ
一瞬の隙をついて、黒酢の竹刀が朔の腹を打ち、後方へ飛ばす。
「うぇっ"!?」
2度は転ぶまいと、体を空中で回転し、猫のように四肢で、着地をする。
「油断は大敵さ。」
「ゲホッ。油断じゃなくて、考えていたんスけどね!」
「ふーん。その割に、竹刀を活用できていないみたいだが。」
そんなこと言ったって、俺に剣術があると思うのかー!と叫びそうになるのをグッと堪え、ふと気づく。
剣術…?
そもそも剣術を使っていたならば、黒酢さんはもっとわかりやすい技を使うのではないか。でも、突き技…。何らかのヒント…?俺が突き技を受けて困ったことは___。
考えている間にも、黒酢の竹刀が朔を見据える。
瞬間、それまでの逃げ姿勢が嘘のように朔が前へ飛び出した。
「あはは!」
すっかり飽きたように、文の隣に腰を下ろし、おやつをつまんでいた時雨が、笑った。
「へェ!!あそこで突っ込むンだ!?」
「!?」
流石の黒酢も、ここで前に出られるとは思ってもいなかったようで、驚愕している。
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
黒酢との距離を2、3mに近づけたところで、朔は片手に持っていた竹刀を勢いよく投げた。
竹刀は、弾丸のようにまっすぐな軌道を描き、黒酢の顔面を狙う。
瞬時に竹刀を弾き、ふいを打とうと黒酢が前方を見ると、そこには、誰もいない。
「!?」
黒酢の上空では、朔が拳を振り上げている。
いける__と朔が確信した直後______
ドガッ
重力に従った拳は、地面を打った。
「!?」
「いやー、びっくりした。少々舐めてかかりすぎたようだね。」
朔から3mほど離れたところで、黒酢が、パンパンと、着物の土埃をはらってた。
「いつの間に!?」
「ま、ちょっと本気出しちゃったからね。」
朔が再び、構え直そうとすると、黒酢は片手で止め、
「合格」
と放った。
「へ…?」
「ちょっとだけど、ほら。」
と、黒酢が頬を朔に見せる。
すると、一部が擦れたように赤くなっていた。
「ギリギリでサクの拳が掠ったんだよ!」
時雨が声を弾ませる。
「そういうこと。朔は刀より、素手で戦う方が良いみたいだね。」
「異能もそれとなくは使えている感じかな。」
文が呟いた。
「え?」
「あれ、気づいてないの?眼、赫くなってるよ。」
文に鏡を渡され、確認すると、確かに眼がうっすらと赫みを帯びていた。
「でも俺、異能使った感じしなかったんすけど…。」
「うーん。どこで使ったかどうかはボクもわからないなァ。眼は赫くなってるけどねェ。」
「発動条件はわからないのか?」
「発動条件?」
「そう。異能力は発動条件を要する場合もあるからね。」
「へぇ。俺はまだわかんないっスね」
「よし!君はまず、自分の異能と体を使いこなせるようになろうではないか!早速訓練を始めよう!」
黒酢がやる気を示す。
朔は気後れしまいと元気よく返事をした。
「は、はい!」
「まずは腹筋100回!」
「はい!…え?」
瞬間、朔は凍りつく。
「え?え?」
「それが終わったら、走り込み50本と素振り250本。打ち込み人形への打撃300発!」
「え?」
「戸惑っている時間はないぞ。」
「そうだよ朔くん!時間は有限だよ!」
「ガンバレ!」
「っ……はいっ(泣)」
こうして地獄の日々が幕を開けた。
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