「絶望に抗いし花神達の物語」~絶望や希望を物語の娯楽として消費する者どもに反逆を。復讐を。これは皆が「幸せ」になる為の最高の復讐劇・救済劇~

蒼本栗谷

プロローグ.平凡な自分にさよならを

 鳥の鳴き声に青年はゆっくりと瞼を開いた。カーテンの隙間からは朝の陽ざしが部屋に入り込んでいた。


「ふぁぁ……」


 欠伸をし、青年はベッドの傍においてあったスマホを手に取る。まだ夢から冷めきっていない彼はおぼろげな意識で、スマホに八時と書かれた時間を眺める。——そして。


「――――は??? は、八時!? っやっばい遅刻確定だ!!!?」


 夢から覚めた青年は慌てて飛び起き、支度をし家から飛び出した。



 学校の休み時間。青年は机に突っ伏していた。——少し前まで担任に気が緩んでいる。と叱られていたからだ。そんな青年の元へ、男女が彼に近づいた。


「優等生くぅん……遅刻した気分はどうだァ」

隼人はやと! そんなこと言わないの! ——でも確かに、君が遅刻なんて珍しいね。真霧まきりくん」


 真霧と呼ばれた青年——未希真霧みきまきりは疲れた様子で机から顔を上げ、二人に視線を向ける。


「……夢を見てて……起きたら八時だった」

「夢ぇ? 夢見てて遅刻するとか珍し~……で? 何の夢だったんだ? 大! 親! 友! の俺に教えてくれよ」


 腰に両手を当て自慢げな表情をする隼人に、真霧は冷ややかな視線を向ける。


「……あーー隼人のせいで内容言う気失せた」

「なんでだよぉ!!?」

「隼人は放っておいて……それで、どんな夢を見てたの?」

彩音あやねサン!? こんなか弱い子を放っておくなんて……酷い!」

「はいはい」

「適当な返事ヤメロォ!」


 はしゃぐ二人に真霧は「煩いな」と思いつつ、その顔は緩んでいた。そして時計を一瞥し、休み時間が終わりかけているのを知ると、二人に昼休みに話すと言い、席に戻らせた。


(……どう話したものかな)


 チャイムの音を耳に真霧は今朝見ていた夢を思い返す。


 真霧が見た夢を一言で表すならば、——不思議。

 夢で真霧は別の人に成り代わっていた。視界に映るものは全て現代では見ない——異世界を舞台にしたアニメやゲームで見るようなものばかりだった。そこで真霧は”キリ”という男になっていた。

 ”キリ”はとある田舎の村で生まれた人間で、彼は周囲の人間とは違うと思った。そう思った理由は彼を時々「いつ戻れるんだ」と呟いていたからだった。

 真霧は思った。この”キリ”という男は異世界転移した人なのでは? ——と。そう思いついてしまえば、あとは転移者という証拠を彼が口にするのを聞くだけ——だったのだが、そこで夢は覚めてしまった。

 現実のように鮮明な夢を見て、真霧は夢に対し興味を抱いた。よく見る己が主役の夢ではない、他人が主役の夢。興味深い夢に好奇心を抱かずにはいられない。ただ一つ真霧には懸念があった。それはもう同じ夢を連続して見ることが難しいということ。真霧が出来ることは同じ夢が見れることを望むことだけ。

 

 夢の出来事を思い返し、真霧は息を吐く。情報を整理し二人に語る内容を考えた。

 時間は経ち昼休み。真霧は二人に夢の話をした。隼人は夢に興味を抱いたのか興奮した様子を見せ、彩音は考える素振りを見せ「不思議な夢だね」と笑った。二人の反応を見て真霧は「情報を整理しなくてもよかったな……」と己に対し呆れた。そうして夢の話題から日常の話になり三人は時間が許す限り談笑した。


<>


 その日の夜。


(……あれ、これは)


 真霧は昨日と同じ夢を見ていた。目に映っているのは真っ暗な景色。そこで視点の持ち主である”キリ”は何かを探していた。


『――あった!』


 安堵の息を吐き、キリは何かを手に取った。それは表紙に花が描かれているタイトルなき赤い本。その本に真霧は心当たりがあった。


(似てる……俺の持っているモノと、凄く似ている……)


 キリが持つ本と似たような物を真霧は持っていた。いつからソレを持っていたのか分からない。だけども手放してはいけない気がして机の引き出しの中に入っている物。――何故似たような物をキリが持っているのか、真霧には分からなかった。


『それにしても、なんでこんな所に置く? 嫌がらせだろこれ。燃やされない限りは大丈夫とはいえ、俺のだぞ。なんで野ざらしなんだよ。せめて箱の中に入れるとかしろよ』

(命?)


 本についた汚れをふき取りながら呟いた言葉に、真霧は疑問を抱く。だが疑問を抱いた所で真霧が見ているのは夢である。彼の疑問に答える者は誰もいないし、キリに問いかけたとしても夢なので返答が来ることはない。

 そして――。ぶつり。と回線が切れたような音がしたかと思えば真霧の視界は暗転した。


(え)


 突然の視界が暗転し、何が起きたのか理解出来ず真霧は驚愕した。暗闇の視界が一向に変わらず、真霧は段々と焦りを抱く。嫌な予感を抱き、困惑していると暗闇だった視界が晴れた。


(はぁ、よかっ――――は?)


 異常が治り安堵したのも束の間。真霧は視界に映る光景に絶句した。

 目に映る全てに見える赤い何か流す人間――死体。目を見開き恐怖の表情で死んでいる人々の顔を見て、赤い何かが血液だと真霧は気づく。


『大丈夫、だ、間に合う、間に合うはずだ。そんなあっさりなんて、あるわけ…………ぁ…………そ、んな……うそだ……』


 絶望しているキリの声が聞こえた。


(な、にが……何が、起きたんだ)


 暗転した後、何が起きればこんな残酷な光景になるのか? 真霧は分からない。理解出来るはずがない。理解したくない。

 視界に映る光景を拒絶し真霧は目を閉じた。だが、硬い何かを噛み砕く音が聞こえてしまい、好奇心で目を開けてしまう。


『――どうして?』

(ひっ!!?)


 化物の姿と、唖然としているキリの声を最後にぶつり。と意識が途切れた。


<>


「っうああああああ!!? ひっ、なっ……はっ、はっ……あ、ぁぁ……!!」


 真霧は大声を上げ飛び起きた。心臓が張り裂けそうなぐらい鼓動を鳴らし、大量の汗が体を伝い落ちた。破裂してしまいそうな心臓を押さえつけるように胸を掴む。


「な、んなんだ、いまの」


 夢の内容に真霧は頭を抱えた。妙にリアルな夢。骨を噛み砕く音が、死体が視界に残ってしまう程にグロテスクな夢。


(続きが見たいとは、言ったけど……!!)


 今朝の自分自身に殺意が湧いた。ぎりぃと歯ぎしりをしゆっくり、呼吸と恐怖で震える体を落ち着かせていく。夜の静けさが今は嫌に思えた。時計を見れば眠りについてから3時間しか立っていなかった。


(そう、いえば……)


 落ち着きながら真霧はあることを思い出した。『表紙に花が描かれている、タイトルがない赤い本』――真霧は部屋の電気をつけ机の引き出しへと向かう。


「……命……」


 引き出しを引けば、そこには表情に花が描かれた、キリが持つ本とそっくりなピンク色の本があった。ずっと中身を見ることはなく引き出しの中に入れていた本。

 キリが口にしていた『命』という言葉が脳内を反響する。真霧は本を手に取り、初めて本の中身を見ることにした。まだ落ち着かない震える手でゆっくりと中身を見れば――――


『空想の箱庭︰AM3:26。夢から醒める』

『空想の箱庭︰AM3:39。核の中身を確認した』

「な、んだこれ……? 空想の箱庭……? 核の中身……?」


 中身を見れば、理解できない文章が書かれていた。本の内容が理解出来ず真霧は首を傾げ他のページを確認してみようとして。


『それはお前の記録だよ』


 自分だけの空間で聞き覚えない声が聞こえた。


「――え? う゛わぁぁぁ!!? ゆ、幽霊!?!?」

『あれ、見えてるし聞こえてる?』


 自分以外の声に驚き、視線を声の方へ向ければ半透明の男がいた。近所迷惑なのを考えず、真霧は叫び声をあげその場に尻もちをつく。対する男は真霧が自分が見えている聞こえていることに不思議そうに目をぱちくり開閉させていた。だがすぐに彼は「あー」と何かに納得したかのように頷くと。


『初めまして。。俺は黒薔薇』

「は?!?! え、何!!? ブバルディア?! 違うけど!!? というか黒薔薇って花の名前だろ!?」

『うお。ツッコミすっごいな』

「というか俺と同じ顔!!?」

『それに関しては追々話す』

「はぁ!?!?」

『どうどう……』


 自身を黒薔薇と名乗った半透明の男は、慌てふためく真霧に落ち着くよう促すが、異常な光景に落ち着けるわけもなく真霧は黒薔薇に向かって指をさす。


「お、お前、何者なんだ、黒薔薇って、ブバルディアって、あの本が俺の記録って、なんなんだよ!!!」


 黒薔薇が口にしたワードの数々を、真霧は一度に問いかけた。そうするほど今の真霧は余裕がなかった。

 真霧の問いに黒薔薇は悩む仕草を見せる。

 

『知りたいか?』

「し、知りたいだろ、こんな訳のわからない状況!」

『まあお前がいいなら俺は別にいいが……そうだな……真実を教える代わりに一つ約束してほしい』

「約束……? な、なに……」


 覚悟を持てというかのような口ぶりに、真霧は身構えた。聞かなければよかったかもしれない。本なんて見なければよかったかもしれない。そうすればずっと平和なままだったかもしれない。様々な可能性が真霧の脳裏によぎっては消えていく。黒薔薇は真霧を見て一瞬悲しそうな表情をした。それから約束の内容を口にする。


『”俺達と一緒”に真実に立ち向かうと――』


 真実を知ることは決していいことではない。知らなくていい方が良い場合もある。だが真霧は選択した。自分自身の、この世界の、全ての真実を知ることを――。

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