ファイル.07 洋館に住む謎の少女と少年探偵団

「ねえみんな、ホワイトキャット様がこの街に来てるって知ってる?」


 放課後の教室で、四人の小学生たちが話をしている。

 彼らは小学五年生で、少年探偵が活躍するテレビアニメ名探偵ポワンの大ファンだ。

 このアニメが好きすぎて、四人は少年探偵団を結成している。

 探偵団のメンバーは、山本浩太、石川拓海、村上有紗、福本由衣。四人は、今話題になっている怪盗ホワイトキャットの話をしていた。

 ホワイトキャットは名探偵ポワンに登場する怪盗である。少年探偵である玉川ポワンのライバルとして、作中で何度もポワンと名勝負を繰り広げてきた人気のキャラクターだ。

 

「正義の怪盗、ホワイトキャット様がこの街に来ているってうわさ、聞いた?」


 名探偵ポワンが大好きな有紗がみんなに問いかける。


「聞いたよー。由衣、アニメの中だけのキャラだと思ってた。本当にいるんだね」


 メガネっ子の由衣が有紗に答えた。


「本当にアニメと同じ見た目らしいよ。銀色の髪に、白いスーツを着ていて、トレードマークの黒い手袋もしてたって」


 有紗以上に名探偵ポワンが大好きな浩太も応じた。


「それって、ただのコスプレをしているお姉さんなんじゃないですか? アニメの人物が本当にいるとは思えませんが?」


 大人びた雰囲気の拓海が疑問を投げかけた。


「いや、うちのパパも見たんだけど、あれは絶対に普通の人じゃないって言ってた。すごい人っぽいオーラが出てて、本物の怪盗にしか見えなかったって」


 有紗は目をキラキラさせながら語っている。

 

「へー、有紗のお父さんがそう言ってるなら、この街にそういう人がいるのは確かだね。ねえ、少年探偵団のみんなでホワイトキャットを探してみましょうよ」


「それいいね。僕もホワイトキャットに会いたいし」


「それじゃあ、とりあえず、街の人にホワイトキャットのことを聞き込みしてみましょう」


「さんせーい」


 少年探偵団のメンバーは街でホワイトキャットの聞き込みをすることにした。

 

 少年探偵団の四人が住む街は千葉県にある冥賀市めいがしの中にある。

 冥賀市には東京のベットタウンとして開発されたニュータウンがあり、大型のショッピングモールもあって活気のある街だ。

 彼らが住んでいるのは、このニュータウンのうちの一つであり、郊外の都市らしく落ち着いた雰囲気の街だった。

 

 四人は街の中でいろいろな人に聞き込みをしたが、目撃情報はあってもなかなか本人には辿り着けなかった。


「みんな、どうだった?」


 有紗がみんなにたずねる。


「ホワイトキャットと似た格好をした女の人が来ているのは間違いないかも。私が聞いたら見たよって人が結構いたわ」


「僕が聞いたのは、中学生くらいの女の子と一緒にいたって」


「……それで、どこにいるかはわかったの?」


「うーん、見たって人は結構いたんだけど、どこにいたのかまでは聞いてなかった……」


「それじゃあ、どこにいるかわからないじゃない」


 有紗は不満そうにうつむいた。


「まあまあ。とりあえずこれを見てください」


 拓海はみんなを集めて、この地区の地図を広げる。


「みんながホワイトキャットを見たって聞いた人たちは、彼女の目撃者なんです。その人たちがいた場所をこの地図に書いていけば……」


「あ、目撃情報が多い場所に、ホワイトキャット様がいる可能性が高いってことね」


「そういうことです」


「さすが拓海くん。あったまいいー」


「僕たちは少年探偵団なんですから、これくらいは出来ないとね」


 有紗たちは目撃者がいた場所を鉛筆で地図に書き込んでいった。


「これを見ると、街の西側に目撃者が集中しています。 とりあえず西側を探してみましょう」


「うん。西側にいってもう一度聞き込みをしてみよう」


 街の西側についた四人は、もう一度ホワイトキャットの聞き込みを始めた。


 その中で、お花屋さんのお姉さんが有力な情報を話してくれた。

 

「お姉さん、ホワイトキャットを見たって本当ですか?」


「ええ。私も名探偵ポワンの大ファンだからね。あれは間違いなく怪盗ホワイトキャットそのものだったわ」


「コスプレしているお姉さんではなくて?」


「あの雰囲気はコスプレって感じではなかったわよ。スラっとしていて、本当に怪盗って感じのたたずまいをしてたの」


 お花屋さんのお姉さんは、うっとりしながら話している。


「やっぱり、ホワイトキャット様って本当に存在していたのね」


「もしかしたら、アニメのモデルになった人なのかもしれないわ。でね、私、お花の配達中に見ちゃったのよ。そのホワイトキャットが、この街の外れにある洋館の方へ向かっていくのを」


「ええー。それじゃ、その洋館はホワイトキャット様のアジトだったってこと!?」


 お姉さんが話す有力な目撃情報に、四人は思わず驚いた。


「その可能性はあるわねえ。洋館へは、私が見かけた場所からしかいけないから、間違いないと思う。でも、危ないからみんなは洋館に近づいちゃダメよ。いろいろと怖いうわさがある場所だからね」


「はい、わかりました。お話聞かせてもらって、ありがとうございました」


「あら、きちんとお礼が出来て、えらいわねえ。私も名探偵ポワンの話大好きだから、いつでもお話に来てね」


「はーい。また来ます」


 お花屋さんと別れた四人は、作戦会議を始めた。


「有力な情報がきたね」


「でも、その洋館ってどこにあるんだ?」


「地図によると……ここですね。ちょうど、この道をまっすぐ進んだところにあります」


「よし、早速行ってみよう」


 四人は街の外れにある洋館の前までやって来た。

 洋館は街の外れの森の中に、ひっそりとたたずんでいる。


「まさか、森の中にあるとは思わなかったな。それに、思ってたよりずっと古い洋館だね。私、ちょっと怖いなあ」


 怖がりの由衣が、独り言のように話し始めた。


「どうしよう。お姉さんは中に入るなって言ってたけど……」


「僕たちは普通の小学生じゃなくて、少年探偵団ですからね。お姉さんが話していたように怖いうわさが流れているなら、なおさら調査をしないといけません」


「安心して。私、スマホ持ってるから、何かあったら警察に通報できるよ」


 有紗が可愛らしい小悪魔のキャラクターの顔の形をしたポシェットからスマホを取り出して、みんなに見せた。


「それなら何かあっても安心だね。よし、それじゃ、洋館を探索しよう」


 四人は洋館の玄関までやってきた。


「思ったより、大きな洋館だねえ」


「こんにちはー。お邪魔しまーす」


 ガチャガチャ。


 浩太が玄関のドアを開けようとするが、鍵がかかっていて開かなかった。


「どうしよう、やっぱり、鍵がかかってる」


「とりあえず、建物の外をぐるっと回って、中に入れるところを探してみましょう」


「私たちなら、窓からでも入れるかもしれないしね」


 四人は洋館の周囲を回って、中に入れそうな場所がないか、確認していった。


「うーん。窓も閉まってるね」


「あ、見て。あそこ、窓が開いてる」


 二階のバルコニーの中にある大きな窓が開いているのが見える。


「本当だ。でも、あそこは二階だよ。僕らじゃ届かないじゃん」


「それじゃ、別の入口を探すしかないね」


「ねえ、見て。あそこに倉庫があるよ。ハシゴがあれば、二階まで登れるんじゃない?」


 洋館の庭にある洋風のガーデンの脇に、庭の手入れに使っていると思われる用具をしまっている小さな倉庫があった。


「よし、中を見てみよう。あー、薄暗くてよく見えないなあ」


「待って。私のスマホで照らすよ」


 有紗がスマホの背面にあるライトをつけて、倉庫の中を照らした。倉庫の奥に、折りたたみ式のハシゴのようなものが立てかけてあるのが見える。


「あ、やった。奥にハシゴがあるよ」


「浩太くん。それはハシゴじゃなくて脚立っていうんですよ」


「へえ、拓海くんはなんでも知ってるねー」


「でも、これじゃ高さが足りないんじゃない? とても届かなそうだよ」


「大丈夫。脚立は広げるとハシゴとしても使えるんです。この大きさなら、広げてハシゴにすれば、なんとかバルコニーまで届くと思います」


「やったー。それじゃ、早速持っていって使おう」


 四人は倉庫から脚立を持ち出すと、バルコニーのある場所まで運んだ。


 脚立を広げてハシゴにすると、拓海の言うとおり、バルコニーまで届きそうな長さだった。


「浩太くん。ハシゴをかけるのを手伝ってください」


「わかった。僕が反対側を持つね」


「重いので、ゆっくり持ち上げましょう。危ないので有紗ちゃんたちは下がっていてください」


「はーい」


 浩太と拓海は、ゆっくりとハシゴを持ち上げてバルコニーにかける。まだ小学生の二人の手に、ずっしりとしたハシゴの重さがかかる。それでも、二人はなんとかハシゴをかけることができた。


「やっぱり重かったなあ。でも、うまくいったね」


「やるじゃない。さすが浩太と拓海ね」


 有紗が二人を褒めた。


「ハシゴを登るときはハシゴが揺れて危ないから、誰かが下でハシゴを押さえていないといけないんです。僕が押さえているから、浩太くんが先に登ってくれるかな?」


「いいよ。それじゃあ僕が一番先に登らせてもらうねー」


 拓海はハシゴの裏側に回り込んで、ハシゴをしっかりと手で押さえた。


「よし。浩太くん、登っていいよー」


「ありがとう拓海くん。それじゃあ登るよ」


 浩太はハシゴを一段ずつ登っていった。


「よし、とうちゃーく」


「浩太くん。今度は君も上からハシゴを持って押さえてください」


「わかったー」


「それじゃ、今度は私が登るねー」


 浩太に続いて、有紗と由衣も、ハシゴを登っていった。


「わーい、拓海くん、ついたよー」


「よし、最後は僕の番だね。浩太くん、揺れないように上でしっかりハシゴを押さえていてくださいねー」


「まかせて。バッチリ押さえてるから」


 最後に拓海がハシゴを登って、バルコニーに入った。


「よし、これで全員二階に上がれたね」


 入口から中を覗くと、建物の中は明かりがついていないようで真っ暗だった。


「ちょっと怖いねー。どうする?」


 怖がりの由衣がみんなに確認する。


「ここまで来て、帰るわけにはいかないよ」


「私のスマホで照らせばなんとかなるよ。それに、窓がある明るいところを選んで進んでいけば、なんとかなりそうじゃない?」


「よし、僕が先頭でいくよ。有紗ちゃんと由衣ちゃんは真ん中にいて。浩太くんは一番後ろを見張ってください」


「わかった。後ろは任せてね」


 拓海が先頭に立って、四人で建物の中を探索することになった。


「ここからははぐれないように、手を繋いでいきましょう」


「うん。その方が安心だものね」


「とりあえず、ホワイトキャット様を探すのよね? その前に怖いオバケとかが出てきたらどうしよう?」


 怖がりな由衣は、みんなと手を繋いでいても怖い気持ちが抑えきれなかった。


「大丈夫です。この世界にオバケなんて非科学的な存在はいませんよ」


 拓海はオバケなど存在しないと考えて強がりを言っているが、内心は本当に存在したらどうしようと怖がっていた。


「それに、本当に出てきても、僕と拓海でやっつけてやるから。安心して」


 拓海と同じく強がりをいう浩太だったが、その手は汗でびっしょりと濡れていた。


 洋館は四人が考えていたよりもずっと綺麗で、隅々まで手入れがされていた。


「人が住んでない空家かと思ったけど、やっぱり誰かが住んでいるみたいだね」


「それなら、やっぱりホワイトキャット様のアジトなのかもね」


「でも、なんで明かりをつけないで真っ暗なんだろう?」


「明かりをつけると外に光が漏れて、ここに誰かがいるっていうのがバレてしまいますからね。ここが怪盗の隠れ家なら、人に知られたくないはずです」


「でも、ホワイトキャット様は大勢の人に姿を見られてるよ。それはおかしくない?」


「確かにそうですけど……」


「あなたたち、何しに来たの?」


 突然、後ろから声をかけられた。


「うわああああ!」


「きゃああああ!」


「みなさん落ち着いてください。女の子の声です」


 拓海がみんなを落ち着かせた。


 四人の背後から、彼らと同じくらいの年の少女が現れた。彼女は白いマスクをしていて、顔が半分隠れていたが、金髪の長い髪に、青い目をしていた。


「あなたは誰?」


「私はナージャ。この家に住んでいるの。それで、あなたたちは何者なの?」


「僕たちは少年探偵団です。この家に怪盗のホワイトキャットがいると聞いて、会いに来たんです」


「ホワイトキャット? 名探偵ポワンの? ああ、ツクモに会いに来たのね」


 それまで四人を警戒していた金髪の少女の表情が、少しだけ穏やかになった。


「ツクモ? ホワイトキャット様じゃないの?」


「よく似てるけど違うわ。ツクモは探偵なの。私が仕事を依頼して、この屋敷に来てもらったのよ」


「なんだ。やっぱり本物のホワイトキャットじゃなかったんだ」


 四人はがっかりして、肩を落とした。


「ふふ、でも、ツクモはホワイトキャットと同じくらいかっこいいわよ。あ、自己紹介がまだだったわね。私はナージャ。この髪と目を見ればわかると思うけど、日本人じゃないわ。日本の隣の大陸から来たの」


「それって、ロシアのことですか?」


 四人の中で一番博識な拓海が問いかける。


「惜しい。私はまだロシアになる前のソビエトという国の出身なの」


「え? ソビエトって、僕たちが生まれるずっとずっと前に無くなった国じゃないですか?」


「そうよ。だから私、こんな見た目だけど、あなたたちより、ずっとずっと年上なの」


「えー、あなた、おばさんだったのー!?」


 驚いた有紗が大声をあげた。


「……おばさんって呼ばれると傷つくから、お姉さんって呼んでくれる?」


「ごめんなさい、ナージャさん」


 有紗は申し訳なさそうにナージャに頭を下げた。


「あ、それであなたたちは、ツクモに会いたかったのよね? 今、助手の子と下の階の応接間にいるから、会いにいきましょう」


「やったー。私たち、ホワイトキャットに会えるー」


 ナージャは大喜びの四人を応接間に案内した。


「わー、本当にホワイトキャット様だ。キャット様が目の前にいるー」


 有紗は目をキラキラさせながら叫んだ。


「ナージャさん、この子たちは?」


「ツクモさん、この子たち、あなたのファンみたいよ。あなたに会いたくて、この屋敷の中に入ってしまったみたいなの」


「なるほど。街で少し目立ちすぎたか」


 九十九はバツが悪そうに髪をかき上げた。


◇◇◇


 話は一週間前にさかのぼる。


 とある少女から電話で依頼を受けた九十九とサキは、彼女に会うために洋館を訪れていた。

 

「ツクモさんはじめまして。私はナージャです。ソビエトから日本に来ました」


 ナージャは九十九たちに自分の生い立ちを語り始めた。


 ナージャは吸血鬼の少女だった。

 彼女の一族はかつてシベリアに住んでいた。

 そこへ吸血鬼と敵対している人狼たちがやってきて、彼女たちの集落を襲った。


 ナージャの一族は勇敢に狼たちと戦った。

 しかし、人として生活していく中で、知恵を身につけた狼たちは強く、ナージャたち吸血鬼の一族は彼らに敗れて故郷を追われた。

 生き残ったナージャたちは海を渡り、日本へと辿り着いた。

 その後、人狼たちも海を渡り日本へ来たことを知ったナージャはこの洋館を見つけて、狼たちに見つからないように身を隠していたのだ。


「それからずっと、私は狼たちに見つからぬよう身を隠してきました。ですが、最近仲間から、私の同胞が人狼に見つかったとの連絡があったのです」


「それで、私に護衛を頼んだわけですね」


「はい。信じたくはないのですが、私たちの中に、裏切り者がいたようで、仲間たちの居場所を狼たちに漏らしていたようなのです。それで、今回、あなたに連絡をしたのです。私の仲間からも、あなたの活躍はよく聞いていました。怪異探偵として、たくさんの事件を解決してきたとか。そして、あなたはとても強いと聞きました。ぜひ、力を貸してもらいたいのです」


「まかせてください。必ずあなたを守り切ります」


「私もがんばりますからねー」


(ふふ、ナージャさんには今回、前払いでいっぱいお金を振り込んでもらえましたからねー。こんな上客を逃すわけにはいかないのですー)


◇◇◇


「さて、君たちは私に会いにきたんだったね。サインを書いてあげるから、今日はもうお家に帰りなさい」


 子供たちに悪意が無いことを確認した九十九は、彼らを洋館から帰そうとする。


「サインもらえるんですね。やったー。あ、私のサインは、ホワイトキャットから有紗へって書いてください。あと、私スマホ持ってるんで、みんなで写真も撮らせてください」


「ああ、君は有紗さんなんだね。今から書くから少し待っててね」


 九十九は持っていた手帳のページにサインを書くと、丁寧に切り取って有紗へと手渡した。


(なんで私がホワイトキャットの名前でサインを書かなくちゃいけないんだ……)


「ふふ、人気者ですねー、先生」


 その時、ゼロが屋敷の周囲を狼の怪異たちが取り囲んでいることに気づいた。


『おいうみか。屋敷の外から怪異の臭いがプンプンするぜ。それもすごい数だ』


『ちっ。まさか、子供たちがいる時に来るとは』


 九十九が窓から外を確認すると、数えきれないほどの狼が、屋敷の入口に集まっているのが見えた。


『今日のお前、ついてないな。大丈夫か?』


『まあ、これも仕事だからね。どんな運勢だろうが、キッチリこなすしかないのさ』


 九十九はナージャの方を振り返ると、真剣な表情で彼女に状況を語りかける。


「ナージャさん、屋敷の外に狼の怪異たちが来ています。残念ながら、すでに大勢の狼たちが屋敷の周囲を取り囲んでいるようです」


「やはり、私がこの場所にいることが狼たちに知られていたのですね」


「ナージャさん、あなたは中で待っていてください。私が外の狼たちと話をつけてきます。サキ君、ナージャさんと子供たちを頼むよ」


「はいはーい。ここはまかせてくださーい」


 次に九十九は小学生たちの前に行き、彼らに優しく話しかける。


「君たち、私はこれから外にいる悪い狼たちをやっつけてくるから、大人しくここで待っているんだよ」


「わー、ホワイトキャット様の戦いが見れるなんて、有紗幸せです」


「ホワイトキャット、がんばってね」


「ホワイトキャット、応援してます。負けないでください」


「負けないよ。だってホワイトキャットは無敵だもん」


 九十九は右手を挙げて子供たちの声援に応えた。


 九十九は玄関から外に出ると、待ち構えている狼たちに話しかける。


「やあ君たち。この屋敷に何か御用かな?」


「私たちはここにいる少女に用があってね。邪魔をするなら、お前もタダじゃおかないよ」


 狼たちはすぐに九十九を取り囲んだ。


「悪いが、私は彼女に雇われていてね。残念だが、君たちを倒すためにここにいるんだ」


「なるほど。ならば、我々の食事にするだけだ!」


 狼たちは一斉に九十九に襲いかかってきた。


『九十九、こいつらは俺にまかせてくれ』


『ああ、頼むよゼロ』


 九十九はゼロに身体を預けた。九十九の身体が人狼の姿へと変化する。

 

 すぐにゼロは飛びかかってきた狼たちを爪で弾き飛ばした。自分たちと同じ狼の姿をしているゼロを見た狼たちは、驚いて攻撃をやめた。


「その姿は! お前、私たちと同族なのか?」


「ああ、お前たちと同じ狼の怪異だよ」


「同族なら、私たちの邪魔をするな!」


「ふん、俺に命令するんじゃねえ!」


 ゼロが狼たちを睨みつけると、一匹の狼が前に出てきた。


「私たちにも事情があるんだ。ここで手を引くわけにはいかない。大人しく少女を渡してもらおうか」


「なるほど。だったら、ここで戦って決着をつけるしかねえな」


「同族同士で戦うのは気が進まないが、仕方あるまい。お前たち、こいつを始末するぞ」


「がるるるる……」


「わおおおおん」


 狼たちは、再び一斉にゼロに飛びかかってきた。

 ゼロは、襲いかかってくる狼たちを冷静に爪で仕留めていった。


『やるじゃないか、ゼロ』


『俺も大分力を取り戻してきたからな。この程度の怪異に負けはしないよ』


 ゼロは、その場にいた狼たちを全て倒した。

 そして、最後まで自分に向かってきたリーダーらしき狼に話しかけた。


「さて、なんであの娘を狙っているのか、教えてもらおうか?」


「そんなことをして、私になんのメリットがある?」


「俺は自分の身体を再生するために、怪異を喰っていてね。お前が何も話さないなら、同族だろうが構わないで喰っちまうが、いいのか?」


「その目……本気のようだな。いいだろう。お前は同族だから、特別に話してやる」


 狼のリーダーは、自分たちが何故吸血鬼を追っているのかを語り出した。

 

「私たちは、ずっと吸血鬼の一族を追っているんだ。彼らを食べるためにね」


「お前たち、吸血鬼を食べてたのか」


「ああ。それが私たちが人間の姿を保つために必要なことなんだ」


「確か、お前たちは人狼だったな? だから、吸血鬼を襲っていたのか……」


「ん? ああ、お前は人狼じゃなくて、人間と融合しているだけか。だから、知らないんだな。なら、見せてやるよ。私たちは普段は狼だが、人間の姿にもなれるんだ。こんな風にね」


 そう言うと、狼は若い人間の女性の姿へと変化した。


「ボスは、私たちは定期的に吸血鬼の肉を食べないと、この人間の姿にはなれなくなると言っていた……」


「なるほど、昔から人狼は吸血鬼と争っていると聞いていたが、そういう理由があったのか」


 人狼と吸血鬼。

 この二つの種族は長きに渡って敵対し、対立してきた。


 ソビエト連邦に住んでいた人狼たちは、国中から吸血鬼たちを探し出して、彼らのアジトまで連行していた。

 そして、狼たちは、シベリアまで吸血鬼を狩り尽くすと、逃れた吸血鬼を追って、海を渡り、日本まで来ていたのだ。

 その後、ソビエト連邦が崩壊してロシアとなってから、ロシア国内にいる吸血鬼の人数が急速に減ってしまったため、彼らは血眼になって日本に残っている吸血鬼を探していた。

 

「とにかく、もうあの娘に手を出すな。いいな?」


「悪いがそれはできない。ボスの命令は絶対だ。逆らうことはできない」


「それじゃあ、見逃すことは出来ねえな」


「ふん、好きにしろ」


「はいはい。ちょっと待ってねー」


 ゼロたちの前に、黒い山高帽を被った男が現れた。

 白い仮面をつけているので、素顔はわからない。


「お前は確か、U駅からささぎ駅に行く時にいた男だな。俺たちに何の用だ?」


「ふふ、コードナンバーゼロ。この人狼たちは、私たちの組織の大切なパートナーでね。申し訳ないが、彼らは私が連れて帰らせてもらうよ」


 男は変声器のようなもので声を変えているらしく、機械特有の甲高い声で話してきた。


「お前、組織の人間だったのか。なら、ここでお前も倒してやるよ」


「やめておきなさい。まだ完全に力を取り戻してない君では、私に勝てませんよ」


「何を言っている。おま……」


 突然、ゼロの身体が金縛りにあったように動けなくなった。


『なんだこれは……。身体が、動かない?』


「私があなたに金縛りの術をかけました。ふふ、しばらくそのままでいてもらいますよ、ゼロくん。さて、この人狼さんたちを連れて帰りますか。ストラス、手を貸してください」


「……了解した」


 ストラスと呼ばれた男性は、彼の特異能力で、異次元へと繋がるゲートを作り出した。

 そして、倒れている狼たちをゲートの中にどんどんと放り込んでいった。


「相変わらずあなたは手際がいいですねえ。それじゃあ、私たちも行きますか」


「……ああ」


「それじゃあ、ゼロくん。ナインティナインくん。私たちはこれで失礼しますよ。機会があったらまた会いましょう」


 山高帽を被った男とストラスもゲートの中に入っていき、すぐにゲートは閉じた。


『まさか、組織の人間が邪魔してくるとは……』


『くそっ、あの山高帽の男。とんでもなく強いぜ。この俺が一歩も動けなかった……』


『仕方ないよゼロ。君もまだ万全じゃないってことさ。がんばって力を取り戻していくしかないね』


『ああ、少しだけやる気が湧いてきたよ。もっとたくさん怪異を喰って、力を取り戻さないとな』


「先生、大丈夫ですか?」


「私は大丈夫だよ。でもすまないナージャさん。狼たちに逃げられてしまいました」


「ツクモさん、あなたたちががんばってくれたから、私たちは無事でいられるんです。それだけで十分です」


 ナージャは九十九たちに丁寧に頭を下げた。


「小学生たちは、応接室に待機してもらっています。外の安全が確認できたら、彼らの家に帰しましょう」

 

「でも、どうします先生? きっと狼さんたちまた来ますよ?」


 サキが心配そうに九十九に問いかける。

 

「そのことなんですが、ナージャさん、よかったら、私たちのところに来ませんか? ちょうどもう一人、助手が欲しいと思っていたところなんです。どうかな、サキくん?」

 

「私は、ナージャさんがうちの事務所に来てくれると、すごくうれしいです」


 サキは首をうんうんと縦に振っている。


「あなたたちに迷惑をかけてしまいますよ? それでもいいんですか?」


「私は全然構わないですよ」


「私もですー」


「うれしい。私、ずっと一人だったから、そう言ってもらえるの、すごくうれしいです」


 ナージャは泣きながら九十九に頭を下げた。


「それじゃあ、よろしくお願いします。ナージャさん」


「こちらこそ、よろしくお願いします。本当にありがとう、ツクモさん」


 二人はがっちりと握手をした。

  

「そういえばナージャさん。一つ聞きたかったんですけど、どうやって今回私たちに依頼したお金を稼いだんですか?」

 

「ああ、私、動画サイトでアニメのキャラになりきって配信してるんです。ファンがスパチャっていう投げ銭でたくさんお金をくれるから、基本的にお金には困らないんです」


「えー、ナージャさん、ブイチューバーだったんですねー。どんなキャラなんですか?」


「わたし、いづなまいって名前で配信してます。サキさん知ってますか?」


「ええー、い、いづなまいですってー!」


 サキは驚いて、思わず大声を出してしまう。


「ど、どうしたの、サキくん」


「先生、いづなまいっていうのは、最近話題の超有名なブイチューバーですよー。日本だけじゃなくて、世界中にファンがいますー」


「ええ、ナージャさん、そんなにすごい人だったの?」


 これには、さすがの九十九も驚いたようだ。


「ふふ、すごいかどうかはわからないですけど、配信するたびに視聴者さんからお金を結構もらえましたよ」

 

「わー、ブイチューバーって稼げるんですねー。先生、うちの事務所、金欠なんで、私たちもそれ、やりましょー。みんなで配信して、荒稼ぎしますよー」

 

「えー、私もやるの?」


「もちろんです。あ、そうだ。先生は名探偵ポワンのホワイトキャットにそっくりなんですから、顔出し配信で行きましょー。事務所の宣伝にもなりますからねー」


「宣伝ねえ。確かにそうだけど……」

 

 サキの思いがけない提案に、九十九は苦笑いするしかなかった。

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