【ラブコメ&青春】女子更衣室を覗こうとして始まるラブコメがあるだろうか、いやない。

黒兎しろ

第1話 便所

せ返るような暑さと、焼け焦がすような光が降り注ぐ夏休みのある日だった。


俺はプールサイドの木陰のベンチに座り、太陽の光が反射した揺れる水面を見つめていた。バシャバシャと生徒が泳ぐ音や蝉の鳴く声、風に吹かれて青葉がさわりと揺れる音が同時に入り交じって聞こえて、まるで自然のミュージカルだ。


うちの中学では、水泳の授業を休んだ生徒のための補習体育が夏休みにこのプールで行われる。

俺は休んでいなかったが、友達の誘いで来ていた。


「おーい、藤林!トイレ行こうぜ」

聞き慣れた声が響いて、誰にも聞こえない小声でしゃあねえな、とつぶやいてから俺は気だるそうに重い腰をあげた。



「やべぇよ。やべぇ!マジでエロくね?」

プール場外の茂みの中にある小汚いトイレに向かいながら興奮気味に切り出したのは、さっき俺をトイレに誘った甘井あまい しょうだった。


「秋月だろ?たまらねえよな。あの隠れビッチな感じ」

黒縁メガネをくいと上げながら答えたのは、佐藤さとう 秀峰しゅうほう。こういう話になると物知り顔でうるさい。

「お前はちょっとズレてんだよ、、オレは秋月より、高見とか白川の方が好みだな」

佐藤にツッコミを入れたのは、高尾たかお 雄宝ゆうほう。前の二人とは打って変わってイケメンで一見不釣り合いだが、内面で均衡を保つ残念イケメンである。

この3人は俺の、一応友達だった。

「おい、藤林ぃ〜、お前はどう思うんだよぉ?」

黙り込んで話を聞いていると、だる絡みが大好きな甘井が俺に話を振ってくる。

「俺は別に」

俺は流すように呟いた。

「またまたー、お前が、秋月のことずっと見てるの知ってるぞぉ?」

「っ、、!」

「あ、図星の反応」

くすくすと笑う佐藤。他の2人もニヤついた表情を浮かべてさも愉快。俺は不愉快だった。

「いいから早く小便済ませに行くぞ」

俺はそそくさと3人を置いていくように駆け出して、トイレに向かった。

「お、おい待てよ!!藤林!!」

3人もそれに続いて駆けだした。


トイレの中は、塩素の匂いとアンモニア臭が共存しており、天井の四隅には黒いシミや蜘蛛の巣がある不快感を覚える空間になっていた。


「藤林はしないのか?」

高尾が言った。

「連れションは趣味じゃない」

「じゃあなんで来たんだよっ!」

「あっ、お前!」

甘井は勢いよく俺の水着を脱がそうとしてきた。俺はが見えるすんでの所で水着を押さえた。

「やめろよ!」

「いいからしろよ!」

水着の引っ張り合いが数秒間行われ、何とか俺は甘井の手から逃れた。

「ちっ、ガードの硬いヤツめ……」

そう言い捨てた甘井は、何事も無かったかのように踵を返して、今まさに便器に正対し、小便をする佐藤を覗き込んで言った。

「あーあ、佐藤、お前小便検定5級か?尿がちらばってんじゃねえか」

「だ、だって、まじで我慢の寸前で勢い良すぎて制御出来なかったんだよ!し、仕方ないだろ」

「これだからお前は。見てろよ?俺のコントロールS、見せてやるからよぉ」

そう言って勢いよくズボンを下ろし、がに股になって甘井は小便をした。

「さっすが!甘井、小便検定1級の実力者!」

「高尾、お前は3級だなまあ、便器の枠内に収めてる時点でまだいいが」

「師匠!コツ教えてください!」

「いいぜ〜」

はあ、と俺は深いため息をつき、ゆっくりと首を回して呟いた。

「そういうこと言うから嫌なんだよ」

「おもろいからいいだろ?」

甘井はおちゃらけた態度ままでニヤついて言う。

「おもろくなんかねえよ」

「なんだよぉ、ハッキリ言うなぁ。それじゃ、今からもっとおもろい話があるぜ」

「はあ?」

一層ニヤつき、悪巧みするような甘井の顔に、俺はまたくだらないことを言い出すんじゃないかと疑ったがその疑いは正解だった。

「女子更衣室、覗くんだよ」

「おまっ!」

「落ち着けって絶対バレない方法がある。女子更衣室の隣に倉庫があるの知ってるか?」

「そんなのあったか?」

高尾と佐藤に聞くと、口を揃えて知らないと首を傾げていた。

俺もそんな倉庫があるなんてウワサは聞いたことがない。

「それで?」

「その倉庫の存在を知ってるのは俺と古い先行くらいだ。あそこは草の茂みとかで隠れてて見えないようになってるからな」

「なんでお前が知ってんだよ」

「そりゃあ俺も男だ。そこに花園があれば、どんな手を尽くしてでも、どんな困難が待ち受けようとも、そこに潜り込んでいくさ」

「倉庫の中にはちゃんと入れるのか?」

「ああ、事前確認済みだ」

「バレたら終わるぞ?」

「大丈夫だって。ぜってーにバレやしない、だから藤林。お前も参加しろ」

「なんで俺まで」

「秋月の裸。見たくないのか?」

「そうだそうだ」

「藤林!それでも男かー?」

「べ、別に見たかねーよ!」

気恥しさを隠して俺はその場から離れた。

俺は夢中で小走りした。

そして、誰かと正面からぶつかった。

尻もちついて、慌てて起き上がろうとする。

俺が謝る前に、相手が謝った。

「ごめん、大丈夫?」

俺は声を出せずにいた。

目の前の人物について、今さっきまで思い浮かべていたから、心臓が飛び跳ねた。

秋月あきづき さち。俺が勝手に一目惚れして、恋焦がれている。高嶺の花は、目の前に咲いていた。

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