八月二十三日(水)

第22話

「え、ちょっと並木くん、落ちてるよ。だ、大丈夫?」

「え、うわ……、ほんとだ」

 ソフトクリームが溶けてそのまま地面へと伝っていく。

「ちょっと待ってね。はいティッシュ」

「ああ、ありがとう。汐帆」

 ウェットティッシュを手渡す汐帆に俺はそう返す。過去の失敗を経て、俺も今ではすっかり名前呼びにも慣れていた。俺はソフトクリームの残りを一気に食べてしまうと、ベトベトになった手と地面に垂れた液体を拭う。

「やっぱりこれだけ暑いと早く食べないと溶けちゃうね」

 汐帆はそう言って、残りのティッシュを肩から提げたポシェットの中に仕舞った。その拍子に、汐帆の頭の後ろでひとつに縛られた髪が揺れた。今日の汐帆は白いシャツに少しゆとりのあるベージュのパンツを合わせていることもあって、見た目には随分と涼し気に見えた。もちろんこの暑さに本当に涼しいわけではないだろうが。

 俺は頭に被ったキャップを脱いで、一度前髪を掻き上げる。

「最後にペンギンだけもう一回見ても良いか?」

「うん、もちろん。ペンギン好きなの?」

 汐帆がそう尋ねる。

「あー、いや、好きとは違うかも。なんていうか、この暑い日でも変わらず泳いでる姿が印象に残ったっていうか」

 なるほど、そう言ってみて自分でも納得した。この茹だるような暑さにあっても、結局俺たちは文句を言いならも生きるしかないのだ。ペンギンにしてもいちいちそんなことを考えて泳いでいるわけではないと思うが、俺は彼らのその姿勢に幾分か見習うべき点があるように思えた。

「ペンギンだからこっちかな」

 俺は手に持っていたキャップをもう一度被りなおすと、そう言ってベンチから立ち上がる。

「一緒に周ってて思ったけど、並木くん、この水族園詳しいよね。私、小学校の校外学習で一度来たことあったのに全然覚えてなかったな」

「あー、この辺りの小学校だと校外学習大体ここ来るよな。俺もその校外学習の一回と、あとは親に連れられて何回か来たことあるだけで、そんなに詳しいわけじゃないけどな。どこに何があるかが何となくわかるくらいで」

 俺がそう言うのに汐帆は「そうなんだ」と返す。そうして、俺はひとつ汐帆に嘘をついたのだった。俺も汐帆と同じく校外学習で来たということ自体は覚えていても、内容自体はすでに曖昧になってしまっている。ましてや親に連れられて来た時のことなど、それよりも前の記憶になってしまっており、当然碌に覚えていなかった。それでも俺がこの水族園について色々と詳しかったということは、最近もこの場所に来ていたからということに他ならなかった。俺はそのことを汐帆に伝えることはできなかった。

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