第28話



 ――眼前に広がる死体の山。約三十万もの獣人たちが拉げ、貫かれ、焼け焦げた地獄を前に、俺は領民たちへと告げる。



「此処に闘いは終結した。今回の戦、我らの完全なる勝利だ――!」


『ウォオオオオオオーーーッッッ!!!』



 うんうん。みんな嬉しそうにワイワイしてて何よりだ。


 殺し合いで一番嬉しい瞬間って、生きて『区切り』がついた時なんだよねぇ~。

 いつ殺されるかわからない緊張感からの解放。その刹那、心の底からワーーーッて解放感と歓喜が噴き出すんだよね。しかも一方的に相手を殺して、逆に自分らは怪我無く完勝だったら言うことなしだ。この気持ちよさはもう麻薬だよ。

 ゆえに、ほら。



「やったッ、やったッ、ったッ! 俺、強そうな獣人を五人も撃ち殺せたよ!」

「こっちは八人だぁ~~! 頭をスパンっと打ち抜いてやったぜ!」

「俺は十人だー! なぁ俺たちめっちゃ強くねぇか!?」



 わー殺した数で指折り喜んでるよ。ハイになって倫理観吹っ飛んでおりますわ~。

 これでもうみんな常人には戻れないね。これからは立派な『兵士』として複雑な作戦にも対応してくれるだろう。

 でも念には念を入れてっと!



「――改めて、よくやったぞけいら」



 このタイミングだ。ここで“お前たち”などではなく、軍人同士の呼び習わしである“卿ら”を使う。

 民兵たちを正式な戦友と認めた証だ。そのことに人々は一瞬遅れて気付き、『オォォォオオッ……!』と感嘆の声を漏らした。



「本当に目を見張るべき活躍だったぞ。多くの者が初陣であっただろうに、誰もが一騎当千の働きを見せた。卿らの奮闘は、まさに国中に謳われる大活劇であった」


『オォオオオッ……!』


「三十万の大兵団をものの見事に打ち破った勇者たち。卿らの活躍は風より速く全領に伝わり、新たな『伝説』を刻んだ者たちとして絶頂の評価を受けるだろう――!」


『オォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーッッッ!』



 はいどんどん褒めていきましょうねぇ~! 好きなだけ強さを肯定してやるよ。


 それに人は繁殖を望む生き物だからね。その代替的方法として、『自分という存在が広くに伝わり歴史に残る』ことを望むんだよ。ゆえにそうなると言い切ってやる。保障なんぞ別にいらん。戦勝後の狂喜した空気と『アルヴァトロス』に断言された事実だけで――、



「やったぁあああああーーーーーーッ! 自分たちが伝説にっ!?」

「ただの民衆だった、俺たちがぁ!?」

「末代まで残る栄誉だぁッ! アルヴァトロス閣下についてきてよかったッッッ!」

 


 この通りだ。これでつむじまでドップリと戦争の喜びに浸ってくれたことだろう。


 望む味の飴をくれてやる手法くらい理解している。士気の死んだ兵団を率いた経験は腐るほどあるからな、自然と人の狂わせ方が染みついちゃったよ。とほほなのだ。



「さて」



 ここからは事後処理の時間だ。



「戦争は終わった。もはや我らを脅かす者は誰もいない」



 だが、



「しかし、背を向けて逃げる卑怯者はいる」



 そう。多くの剣戟音と共に、俺が構築した純粋結晶の壁が崩されたあたり、間違いなくアイツがいるはずだ。

 あの、劣勢と見るや常に部下たちを放置して逃げてきた爺、『斬照のバブム』がな。



「敵の名はバブム。化け物とされる一級魔術師だ。今からそいつを追い立てに行くが……」



 本来なら誰もが及び腰になるところだろう。

 常人を超えた力を持つ『魔術師』。その中でも上澄みの存在など、ただの『民兵』なら泣いて逃げ出すはずだ。文民など所詮は草食動物に過ぎんからな。

 だがしかし。もはやこの領地の人間たちは違う。



「ついてくる者は、声を上げよ」


『ウォオオオオオオオオオーーーーーーーーーッ!』



 十万を超える咆哮が響いた。まさに、獲物を追い立てる肉食獣たちの如しだ。



「いいだろう。さぁ、往こうか」



 調教は成功したな、ヨシ!




◆ ◇ ◆



【ズカキップ領前にて】



「――ふぅッ、ふぅッ……! おのれアルヴァトロスめぇぇ……!」



 鬱蒼と茂る木々の中、狸老人のバブムは必死に逃げ惑っていた。



「くっ、今回も負けたわ。だが生き残ったぞ……!」



 ――総軍の副官たる地位にいたバブム。されど彼は軍勢が罠にかかった瞬間、ひとり真っ先に『逃げ』に徹していた。


 落とし穴に埋まる中、刀剣強化術式を自身の双剣に施し、苦しむ兵士たちを全力で『切削』して淵に辿り着き、そのまま土竜もぐらの如くトンネルを作って、アルヴァトロス領外の森に逃げてきたのだ。


 老人とは思えぬ体力。そして、大軍勢を率いる者とは思えぬ無責任ぶりである。


 長年の戦いでアルヴァトロスから生き延びられたのは、このような配下たちを切り捨ててきたからだった。



「さて次の策はどうするか。まさか土地の支配権を得たアルヴァトロスが、あのような大規模な罠を使えるようになるとは思えなかったわ。ならばそれを考慮した上で、まずは罠にかかる用の部隊を用意し、魔力の大量消費をさせて……」



 一般的な兵士と違い、無事に生き延びることも将官の務めである。

 その点でいえばバブムに責められる謂れはない。彼の洗剣術式は非常に価値ある戦力でもあるのだから。

 しかし、



「そうだ。兵士たちを薬物強化するのだ。その使えば狂う様から『魂が壊れ、女神の身元に逝けなくなる薬』と恐れられているが、知らんわ。問題は自分わしがアルヴァトロスに勝てるかどうかなのだ。雑多な兵らの魂などどうでもいいわ」



 バブムの心に、兵を労わる気持ちなどなかった。



「あぁそうだそうだ。親なき捨て子どもを、薬物強化兵にしてしまえばいいのだ……! 幼い内から薬物使用に抵抗がなくなるよう調教し、くだらん私心を持たせなくすればいいのだ。成功すれば戦争が変わるぞぉ……!」



 名案だ、それがいいとバブムは笑った。

 まさに鬼畜である。戦争が生み出した下衆な化け物の一匹こそ、このバブムという老人だった。

 だからこそ。



「よぅし、次は、次は……!」


「――次などあるか」



 蛇の道は蛇。老いた鬼畜の眼前に、同じ穴のむじなは現る。



「ッ!? 貴様は、『恐るべきアルヴァトロス』――!?」



 若獅子を思わせる金髪、理性を狂わせる帝王紫の瞳を輝かせ、ついに死神は追いついたのだった。




 


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