ラッキーおじさん

 朝、いつもの通勤路を通っていると、人が並んでいるのが見えた。

 駅までの道筋に小さな公園があって、その公園の周りに人が並んでいた。その時は、何だろうと思っただけだった。

 数日して、再び、人が並んでいるのが見えた。人が増えている。公園は樹木に囲われており、道路からは公園の中が見えない。行列の先に何があるのか気になった。だが、会社がある。遅刻する訳には行かない。先を急いだ。

 翌日、行列が更に長くなっていた。

 子連れの親子が子供を連れて遊びに来るには早すぎる時間だ。以前は二、三人、ぱらぱらと人がいる程度だったのが、行列が出来るようになり、それが毎日になり、行列は長くなる一方だった。

 行列の先に何があるのか? 気になって仕方なかった。

 翌日、得意先回りで遅めに出社することができたので、確かめてみようと思った。

 何時もの場所に行くと、人が集まっていて行列が出来ていたが、その先には何もなかった。

「何故、並んでいるのです?」と丸顔の人の良さそうな中年男性に尋ねると、「ラッキーおじさんが来るのを待っているのです」と答えた。

「ラッキーおじさん?」

「そう。ラッキーおじさんです。誰かがラッキーボーイだと言い始めたら、ご当人が、自分はボーイというほど若くない。ラッキーおじさんだと言うので、ラッキーおじさんになりました」

「そのラッキーおじさんと会う為に並んでいるのですか?」

「そうですよ。彼と握手をすると、幸運が訪れるのです」と丸顔の中年男性が言う。

「幸運ですか?」

「ええ。彼と握手した日に買った宝くじが当たった人がいるそうです。長年、連絡がなかった友人と再会した人もいます。パチンコで大勝ちした人もいますし、私もね、この前、危うく車両事故を起こした電車に乗るところでした。彼と握手したお陰で一本、前の電車に乗ることができました」

「へえ~」

 それで、ラッキーおじさんと握手をする為に、毎日、こうして行列が出来ているのだ。正直、うさん臭い話だと思ったが、ラッキーおじさんを一目見てから会社に行こうと思った。待っていると、程なくラッキーおじさんが姿を現わした。


――親父⁉


 驚いた。ラッキーおじさんは親父だった。定年を迎え、暇にしており、毎日、ぶらぶらと散歩に出かけていることは知っていたが、ラッキーおじさんをやっているとは思わなかった。

 俺を見て、親父はにやりと笑った。


 その夜、親父を問い詰めた。

「何も悪いことをしている訳ではない」と親父は開き直った。

「それはそうだけど・・・」

 親父曰く、朝の散歩で、公園のベンチでしょぼくれているサラリーマンに出会ったのが最初だと言う。仕事の愚痴を聞いてあげて、元気づけて、握手をして別れた。それだけだった。

 暫くして、そのサラリーマンが公園のベンチで待っていた。そりの合わなかった上司が突如、異動となっていなくなったと言うことだった。

「あなたのお陰です!」とサラリーマンに言われたが、親父は何もしていない。

「そうですか。良かったですね~」と声をかけただけだった。

 それから、ぽつぽつ公園のベンチで人が待っているようになった。サラリーマンが噂を広めているようだった。悩みを聞いてあげて、元気づけ、握手をして別れる。それだけだ。

 それを繰り返している内に、人が集まるようになり、行列が出来るようになって、それがどんどん長くなって行った。

「詐欺じゃないか!」

「誰も騙してなんかいないぞ」

「そうかもしれないけど・・・」

 親父が言った。


――俺と握手をした人間は、たまたま、その日、良いことがあったことを噂にして広めてくれただけだ。毎日、ちょっと良いことなんて、普通にある。それを感じ取れるかどうかだ。だけど、大抵の人間はラッキーと思っただけで、直ぐに忘れてしまう。いいか。気の持ちようだ。気の持ちようによって、毎日はつまらなくも、楽しくもなる。そういうことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る