第32話 ガフの部屋

「どういうことだ? 全世界に張れるほどの精神ネットワークの構築など、人間族が何人いれば可能だというんだ?」


 閏の疑問に答えたのは美也だ。


「いいえ、時十さん。やろうと思えば一人でも可能です。古来より魔法とは呪文の詠唱によって魔力をあらゆる効果に具現化する力でした。今は精神ネットワークの解析が進み、無意識でもイメージするだけで呪文の文言を脳内に呼び出し無詠唱での魔法の行使が可能となりましたが、今回のケースでしたら、一昔前の古臭い手法を使えば世界中で同じ魔法が発動します」


 一昔前と聞いて、前時代の名画を好む保健室の友人が思い出された。


「スイッチですわ。全ての人のイメージが一致する言葉を用意しておけばいいのです。即ち、合言葉は『世界の果て』」


 学園都市にやってくる前、テレビのニュースでも流れていた。いや、それよりもっと前から、あらゆる国、あらゆる地域で、『世界の果て』の噂は都市伝説として語り継がれてきている。


 学園都市エデンに入る前の大橋で聞いた人々の会話は、『世界の果て』がどんなところなのかわからないにせよ、人々の共通するイメージは『終着点』だ。


 古城マカの言う通りに計画が進んでいるとしたら、『見ると死ぬ部屋』の噂が『世界の果て』の噂に書き換えられていたのは計画が一段階進んだということだろう。


「んー? ユナにはわかんない」


「精神ネットワークへの介入を許可する網を張るのはハッカーではなく、『世界の果て』を噂する世界中の人々だってことだ。これだけニュースでも取り上げられているんだぞ。毎日何万人、いや、何億人の人間が『世界の果て』という言葉を口に出したと思ってるんだ」


 事態を把握したユナもことりも優太も仰天したように目を見開く。


「魔女の数は少なくとも百体。精神ネットワーク介入を許可する網を人間族の手で発動させるくらいの単純な魔法なら魔女の魔力だけで十分だ」

  

『世界の果て』という言葉をトリガーにして魔女の精神ネットワークに繋がるように魔法を構築させた。


 魔女の幻惑にかかった人間族は夢を見るように自ら魔法を発動させている。


 誘導されたことも、発動を続けていることにも気付かないのは、人間族自体が精神感応系の魔法を使う場合、魔力の消費が極端に少ないからだ。


「網が全て繋がれば、ハッカーの出番だ。みんなも記憶を書き換えられたように、『世界の果て』に関する記憶をユナの中身を見た記憶に書き換えればいい」


 今となっては突破した方法より、既に見られてしまった記憶を消去するか、ハッカーを止める方法を探した方が得策だろう。


 悩んでいたら忠國が復活した。


「この際、ハッキリさせようじゃないか。私たちも絶望が始まると予告編だけ見させられても興奮できないのだよ。『ガフの部屋』の中身には一体どんな絶望が隠されているのだ?」


「あたしはこんな変態と違って本編を見ても興奮はしないけど、気になるのは確かね」


 他のみんなも視線が気になると言っている。


 ちらっとユナの方を見たが、ユナは何も恐れていないように微笑んでいる。


 閏にもわかっている。ここにいる仲間たちは真実を知ってもユナの魂まで恐れないと。


 信頼できること。誰かの魂の輝きを無条件で信じられること。魔女が忠國を信じてくれたことも大きな自信に繋がった。この課外授業で得られたものはアイテムよりも貴重な宝だろう。


「わかった、話そう。『ガフの部屋』とはこれから生まれてくる魂を安置している神の部屋だ。この基本情報自体は隠されていないし、知っている者も多いと思う」


 忠國は当然のように頷いた。美也も頷いたが、ことりと優太はへぇ~という感想だった。


「隠していたのは、部屋の中身が人間族の目に触れたとき、『ガフの部屋』には悪人の魂が一つしか残されていない状態になるからだ。悪人の魂が生まれたとき、これ以上の魂は生まれないとされている」


 人類の終焉。神の定めた終わりの鐘が鳴り響く。祝福の鐘ではなくフィナーレだ。


「終わるんだよ。人類はそれ以降一人の誕生を除いて子供は生まれなくなる。待ち受けるのは人類の衰退だ。未来はない。地上に人間族はいなくなり、星は存続したまま絶望が始まる」


 人間族がいなくなれば魔族にとっても餌はなくなるし、遊び場もなくなるし、決して嬉しい事態ではない。


「ふん、なんだそんなことか。大した絶望でもなかったな。魔女はやはり悪魔に比べると悪意が薄い。興ざめだ」


 忠國はそう言っているが、強がっているのがわかるほど、微妙に手が震えている。


 魔女を失った悲しみも大きいのだろう。本当は泣きたかったのかもしれない。


「未来は守らなきゃダメだろ。ユナちゃんのことはオレが全力で守るぜ」


 優太らしい真っ直ぐな優しさだ。


「わたくしも微力ながらお力添えになれればと思います。何よりもユナちゃんの明るい未来を守りたいと心から願い、時十さんとの間に生まれる大事な我が子を守らねばなりません」


「えええええ!? 待って! 閏の子供を生むのはユナだから! だぁあめぇえええ!!」


 くすくすと笑う美也はいつだってジョークを忘れず場を和ませてくれる。

 ……ジョークだよな。


「あたしは最初から子供は無理だと諦めているもの。見ても問題ないけど、他人の不幸を笑うほど落ちぶれていないわよ」


 ことりは誰よりも潔く強い。おそらく正義に一番近いのはことりなんだ。


「謎は解けたことだし、私のケツァルコアトルの卵を取り返す作戦を立てようじゃないか! まず魔女の正体も協力者の正体も暴いてしまった我々はおそらく異空間へ迷い込む手段を防がれていると考えるのが妥当であるな!」


 忠國も変わらずに協力してくれることが嬉しい。閏も魔女に逃げられたことから頭を切り替えて、新しい道を探すことに集中した。


「脳三先生の言うとおりだと思います。今回は異空間に入るのに結界をぶち破る力技が必要ですね。出来れば異空間に捕らわれている人々を先に助けたいですが、七人、いや六人の魔女を先に見つけ出しても構わないでしょう。ぶっ殺せば異空間は強制的に解除ですから」


「激しい時十さんも素敵ですよ」


 忠國用の外交用仮面もそろそろ剥がれ落ちてきた。


『貴様が上位の魔族を使役して武器を量産すれば全てまるっと解決なんだがな』


『……出来ないと知っていてその話を振るってことは俺からカミングアウトしろってことだよな』


 麦虎に背中を張り倒された気分で閏は深いため息をついた。


「すみません、情けない話ですが、先に言っておきます。俺は他の魔族を魔界から呼び出して使役することが出来ません。理由は俺の心の弱さです。とある事情で部下にトラウマを抱えておりまして、心から信頼することができず、【ライズ】が成功しないんです」


 魂を使役することは、自分の精神ネットワークとの共有も意味している。


 召喚士と召喚獣の関係と基本は変わらない。部下を信頼できない閏は自身で強力なブレーキをかけてしまい、せっかく大物の魔族を呼び出しても十分な力を発揮できないのだ。


 麦虎の場合は閏自身、最初から美しい猫という溺愛フィルターをかけてブレーキなど設けなかった。もしも麦虎の本来の姿で出会っていたら違っただろう。


 ユナの場合は馬鹿認定。裏切られてもこいつ、馬鹿だし、という一言で自分自身納得できると思った。


「閏からすっごく不愉快な電波を感じる」


「馬鹿のくせに感度抜群のポンコツめ」


「むきー! ユナ馬鹿じゃないもん!」


 しかし、ユナを蹴落としたところで閏の力が今のところ役立たずなのは変わらない。


 落ち込んでいたら、忠國が呟く。


「むぅ、私のフルフルは既に限界まで成長している。こうなったら私が上位の悪魔と契約するしかない! 早速修行だ!」


「仕方ないわね。あたしも手伝ってあげるわよ」


 しかし、美也がそっとことりの肩を押さえた。


「ことりちゃん、しばらく能三先生は一人にしておいてあげましょう」


 ちらっと忠國の様子を見たことりは静かにうなずいた。


「じゃあ、みんなは忠國をよろしくね。ユナはちょっと閏をお借りします」


「なんだよ?」


 しかし、ユナは閏の背中を押してどこかに連れて行こうとする。


「いいからいいから。ちょっとデートの気分でユナについて来て」


 デートしている気分でもないが、ここにいても閏は役に立ちそうにない。


「あんまり遅くなるなよー!」

「優太、そっちは頼む」


 任せろとサムズアップする優太たちと別れて閏とユナは庭園の中へ戻った。


☆☆☆


次回はついにデート回! 少しは進展するといいですねぇ(*´ω`*)


みなさんにもお気に入りのカップルがいたらぜひ教えてほしいです!


次回もお楽しみに☆


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