第32話 マドレーヌ

 人がごった返すデパ地下の一角で、ハルはいつになく真剣な表情を浮かべていた。

 目の前に並ぶのはフィナンシェやマドレーヌ、ラングドシャといったフランスの焼き菓子だ。種類、個数、値段と、ショーケースの中をじっくり吟味している。

 その様子を傍らで見ながら、歌恋は呆れたようにため息を吐いた。


「たかが手土産選びにどんだけ時間かけてんのよ」


 腕を組み、飽きたと言わんばかりにそう呟く。

 もうかれこれ一時間以上、歌恋はハルのデパ地下巡りに付き合わされていた。

 

「ごめん、でもちゃんと考えたいから」


 そのセリフ今日三回目、と言いたくなるのを我慢する。

 今日は例の先輩へ謝罪しに行くときの手土産を探しにきたらしい。


──早く帰って三津ばあちゃんのご飯食べたいな〜。


 彼女の買い物を待っている彼氏のような気持ちで、歌恋はボーッと立ち尽くす。

 今日はハルの買い物が終わったあと、望月家へ一泊することになっていた。埼玉に引っ越すまでほぼ毎年行っていた花火大会へ今年もハルと行くためだ。


「…………」


 改めて幼馴染の様子を伺う。「甘いのは大好きって言ってたけど……」などと一人でボソボソ呟きながら、あっちこっちに目を泳がせている。

 本音はただただ早く帰りたい。普段引きこもってゲームばかりしてる身に、この人混みは少々キツイ。

 ただそれはそれとして、ハルがこうして人間の友達のために時間と労力を割いていることは喜ばしいことだと思った。


 昔のトラウマから、ハルはこれまでどんなに仲の良い友達ができても人間相手にカミングアウトはしてこなかった。

 人間を避けたり、距離を置いたりはしなかったのが幸いなものの、仲が深まれば深まるほど隠し事をするのは難しくなる。かたくななに秘密を言わないハルに相手が痺れを切らして絶交、なんてことも中にはあった。


 そんなハルに、初めて秘密を知る人間の友達ができるかもしれない。

 もしかしたら、トラウマの払拭にも繋がるかもしれない。


 なら幼馴染として、その先輩と仲直りするための協力は積極的にするべきだし、そうしたいと心から思っている。だから今日は二つ返事で買い物に付き合ったのだが。


──まさかこんな時間食うとは思わなかったわ。


 それだけ、その先輩とやらのことが大事なのだろう。

 またハルにしょんぼりされても困るし、ぜひとも二人には早く仲直りして欲しいところだ。


──それにしても。


 これだけハルが真剣になる相手とは、一体どんな人間なのだろう。

 かなりの美人ということは聞いているが、そういえば写真の一枚すらも見せてもらっていない。


「そのうち絶対会わせてね」

「ん?」

「その先輩」

「……うん」

 

 少し間があったのは、仲直りできる確信がないからか。

 吸血鬼バレならまだしも、やってしまったのが吸血だから無理もない。顔を合わせるどころか、連絡をするだけでも相当の勇気が必要だろう。

 いっそのこと、もう関わらないと決めてしまった方が楽だと思う。

 だがどんな選択肢であれ、自分は幼馴染が選んだ道を応援するのみだ。

 そんなことを考えていたら、とうとう歌恋が待ち望んだ瞬間がやってきた。


「……決めた」

 

 何軒も店を回って、ようやく納得のいくものを見つけたらしい。

 やっとかぁ──そう口に出したくなるのを抑えて、代わりに大きく伸びをする。


「マドレーヌにしたんだ」

「うん」


 店員から商品の入った紙袋を受け取り、二人はショーケースの前から離れていく。


「ごめん待たせて」

「別にいいけど……随分かかったわね」


 何気なく言ってから、少し嫌味っぽかったかもと反省したが、特に気にしていない様子でハルは答えた。


「なんていうか……先輩が何を好きなのか、意外と知らなかったんだよね」

「え?」


 毎日一緒にごはん食べてたんじゃないの、と驚く歌恋に、察したハルが詳しく話し始める。


「甘いものは好きで辛いものはあんま食べないとか、納豆が苦手だとか、ふんわりは知ってたけど、でもいざ何かを渡すってなったらピンとくるものがなくて」

「甘いものだったらいっぱい売ってたじゃない」


 この店に来るまでも和菓子屋、洋菓子屋、カステラ専門店など、甘いものは数え切れないほど見てきた。だがハルはまだ何一つこのデパ地下で商品を買っていない。


「そうだけど、甘いもの好きっていってもあんこはダメとか、シナモンはダメとかそういうのあるでしょ。だから、いざ買うって決めても『先輩が苦手だったらどうしよう』って思って」

「あー……」


 考えすぎじゃない? と言いかけて、けれどすぐに思い直す。ハルはかなりの偏食だ。自分が好き嫌いで苦労してきた経験が何度もあるから、翼にも苦手なものを絶対に渡したくないのだろう。


「じゃあマドレーヌに決めたのはなんか理由があるの?」

「先輩と知り合ってすぐにうちでバウムクーヘン食べたんだけど、そのときすごい美味しそうに食べてたから。バウムクーヘンとマドレーヌって、甘いものの中じゃ系統似てない?」

「まぁわからなくもない」

「あとは、店員さんが……」

「?」


 何故か言い淀んだハルに、歌恋は首を傾げる。

 だが歌恋が口を挟む前にハルは言葉を続けた。


「マドレーヌを贈るのは『仲良くなりたい』って意味があるって」


 大真面目な顔で、そして真剣なトーンでそう口にする。


「……っふ」

「あ、やっぱり笑った」

「いや、可愛いところあるなって……」

「うるさい」


 だから言いたくなかったのにと、平坦な口調でハルは言う。

 健康診断の日、やつれたハルを見たときはどうしたものかと思ったが、こうして軽口を言い合うくらいまで元気になったことに歌恋は一安心した。


「仲直り、できるといいわね」

「うん」

「日和るんじゃないわよ」

「……うん」

「仲直りできたらあたしのゲーム手伝いなさい」

「それはしない」

「……この流れならいけると思ったのに」

「わたしのことバカにしてる?」

「してる」

「……」

「いたっ」


 取り繕いもしない歌恋の横腹を、ハルが無言で小突く。


「最近発売された神ゲーがあるのよ〜モンスター狩るやつ〜」

「だからやらないってば」

「お悩み相談代ってことで一つ……」

「わ、歌恋ってそういう人だったんだ」

「たまには誰かとやりたいのよ!」

「わかった、わかったよ」


 歌恋が駄々をこねると、仕方ないなぁと言いたげな声音でハルが折れる。


「で、いつそれ持って謝りに行くの?」


 肝心なところを聞くのも忘れない。

 夏休みももう半分を過ぎた。早く決着をつけろという意も込めて紙袋を指差す。


「明日の花火大会が終わったら、近いうちに行くよ」

「近いうちにっていつよ」

「……三日以内」

「ヘタレ」

「なんかすごいデジャヴ」


 まったく同じセリフを川辺で言ったなと、ハルの言葉で思い出した。


「というかさ」

「?」

「バウムクーヘン好きなのわかってたなら、バウムクーヘンでよかったんじゃないの?」


 歌恋の指摘に、ハルは猫みたいに大きな目をぱちぱちと瞬かせる。

 

──思いつかなかったのね……。


 頭は良いのに、昔からこういう所があるのがハルだった。

 姉二人がいたら「もうハルってばおっちょこちょいなんだから〜」などと言って頭を撫でているところだろうが。


「ねぇバウムクーヘンでよかったんじゃないの?」


 自分はどちらかといえばこっちだと、おちょくるような笑みを浮かべてハルを見た。


「……ちがうから」


 ハルはわざとらしく歌恋の顔から視線を逸らして、静かに抵抗する。


「バウムクーヘンのお店よりさっきのお店の方が早く見つかっただけだから」

「ふーん?」

「ほんとだから」

「はいはい」


 懸命に言い訳をする幼馴染の肩を、勝ち誇った顔でぽんぽんと叩く歌恋だった。

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