第5話 うわさの聖女ちゃん③

 (見るからに不審者なんだけど、いやっ、多分違う。だって……)


 フランシスカが驚きのあまり瞠目したままその場を動けずにいると、


「こんにちはー!」


 と、元気の良い声が聞こえてきた。見ると、たった今目の前の茂みから飛び出してきた少女が満面の笑みを浮かべ、小枝を握ったまま片手を上に上げている。更に握った小枝をブンブン振っている。


 フランシスカが少女の挙動に慄いていると、少女はフランシスカに反応が無いことを不思議に思ったのか、こちらを見たままコテンと首を傾け、


「あれ? きこえなかった? こんにちはー!」


 と、再び元気の良い声が聞こえてきた。


 少女は頭になんとも形容し難い不思議な模様のスカーフを巻き、茂みの中を移動してきたからであろう、スカーフや衣服に木の葉を何枚もくっつけていた。そして、スカーフの隙間からは黒い髪がちらりと覗いており、また、満面の笑みを浮かべているその表情を更によく見ると、黒曜石のような瞳がキラキラと輝いている。

 漆黒の髪、黒曜石のような瞳――この特徴は間違いない、先日召喚されたという聖女様で間違いないであろう。噂に聞いていた特徴のままである。こんなに若い少女であったのか、とフランシスカは驚嘆する。

 だが、何故ここに、身体中に葉っぱをつけた状態で(しかも両手に枝持って)いるのだろうか。


「こ、こんにちは?」

「えー、なんで疑問形?」


 そのとき、少し距離が離れた木々の向こうから微かな呼び声が聞こえてきた。


「聖女どのー」


 この声には聞き覚えがあった――間違いない。第二王子の声だ。


「げっ」

「げっ」


 フランシスカは同じような反応に気付き目の前を見ると、自分だけでなく少女も眉を寄せ苦い表情を見せていた。


「やばい! 見つかっちゃう! こっち来て!」


 少女は弾かれたように突然走り出した。

 「こっち!」とフランシスカを促しつつ猛ダッシュでその場を走り去ろうとするのを、フランシスカも「え? え? え?」と困惑しながらもつられて追従する。

 疑問に思いつつも呼ばれるままについていくが、頭の中は疑問符でいっぱいである。何故、自分はこの聖女らしき少女と共に王宮の庭園を走っているのか。だが、そうこうしている間にも第二王子あいつの声は近づいてきている。カタリナに見られたら卒倒しそうだなどと思いながら、目の前の少女に必死でついて行った。


 ふと、少女がちらりとフランシスカを振り返った。全く息が切れている様子がない。フランシスカはとっくに息も絶え絶えだというのに。この重いドレスで走るなんて地獄のようだとフランシスカは脳内で叫ぶ。いつもならそんな脳内の呟きも言葉に出してしまいそうだが、苦しくて最早それどころではない。今は呼吸だけで精一杯である。


「あのう、ひょっとしてあの人苦手なんですか?」


 足の動きを止めることなく、少女がフランシスカに尋ねた。会話に呼吸の乱れが全く感じられないのは何故なのだろうか。

 フランシスカはなんとか振り絞るように答えた。


「う、うん、まあね」


 すると少し前方を直走る少女は、目を輝かせて言った。


「わたしもですぅ。気が合いますね!」


 と、そのままスピードを落とさず手を差し出してきた。フランシスカが(こっちは余裕がないのに握手を求めるのやめて)と思っていると、「あっ」と突然止まり、


「わたしこっちなんで! ではまた!」


 とフランシスカに敬礼をし、くっと曲がってものすごいスピードで走り去って行った。


 フランシスカは「うん、また!」と返したものの、走りを緩めながら(あれ?「また」?)と思案する。

 更にそう言えば何故、第二王子から追いかけられてた? のだろうか……と更に考えが浮かぶ。


 が、気が緩んだ所で再び第二王子の聖女を呼ぶ声が聞こえてきたため、急いでガゼボへ逃げ戻り、胸を撫で下ろしたのである。第二王子面倒なやつには関わらないに限る。



 そしてその数日後、フランシスカに一通の便りが届いた。先日出会った少女――聖女アスカからである。


 手紙の内容は、というと、



『先日はお疲れ様でしたー。

 同じ人を嫌うもの同志として仲良くなりませんか?

 つきましては明日お茶などいかが?――聖女アスカ』



 などと書いてあり、(いきなり明日かよ)と感じた――までをありのままにカタリナに話した。


 そしてカタリナの呆気に取られた表情を尻目に、更にそのお茶会にて意気投合(主に第二王子の話題についてであることは言うまでもない)、アスカがカタリナにも会いたいと言っていたと伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る