愛嬌は卑怯

「私たちの学校は9クラスだからチェスで人数を割るには都合が悪いと思ったけど、学力っていう意味で考えれば逆に9クラスを16に分割するのと8クラスを16分割するのでちょうど良くなる気もするんだよね。どうかな、粟屋さん」

 そうやってあどけない顔で詰め寄っていけるのはそういう性格なのか、それともわざとしているのか。どちらにしてもさっき粟屋が指摘した分には問題ない気がするな。

 お茶を飲みながら粟屋がどういった反応をするのか見ていたが、彼が毅然な態度を崩すようには見えない。しばらく考え込んでいた粟屋だったが出てきた答えは「それは難しい」だった。

 なんだそれは、と思ったがよくよく聞いてみると彼らが難しいと答えた理由は単純に時間がかかるという理由だった。

「確かにそれは魅力的な提案かもしれないが、時間がかかる上に暇な時間が長すぎる。もし自分がキングに割り振られたとしてほとんどの時間が見ているだけなんて暇すぎてとてもやっていられなくなると思わないかい?」

 暇な時間。確かにそれは考えてなかったな。それを考えると球技大会の方は自分が参加している時間はもちろん暇に感じないし、三種類同時に競技をしているから自分の興味のある所に行くこともできる。やっぱり粟屋の案の方が一枚上手だな。

「で、でも球技大会はどっちかの高校に集まらないといけないけどこれならどっちも自分の高校でできるよ?それについてはどう考えてるのかな」

「自転車で15分はまぁ少し遠いかもしれないが半日授業が潰れると思えば生徒も納得してくれるはずだ」

 こうして悉く案を潰されていった花園は、意気消沈のままこちら側の席に戻ってきた。その目には救済を求める信号が発せられていて、仕方が無いと朱莉が立ち上がろうとしている。

「朱莉」

 僕は彼女を呼ぶと、代わりに意見を出すことにする。とはいっても僕も急務で思いついた案だからあんなレスバを繰り広げられれば多分負けるが、その時はその時。花園の案にできるだけ乗っかる形で収まることができるならそれに越したことは無い。

「じゃあ、僕が花園の代わりに次の案を出しますね」

 相手側の視線が全部刺さってきて若干話しづらい。こんな中で平然と話をしていたと思うとやっぱり彼女はメンタルが強いんだなと思う。

「僕が提案するのは……クイズ大会です」

 それを聞いて粟屋は高らかに笑った。それじゃあさっきのと何が違うんだと言いたいんだろう。そう思うのもまぁ仕方は無いと思う。だが、話はしっかり最後まで聞いて欲しい。気持ちを入れ替えるために一呼吸おいているとヤジのように彼の声はやはり飛んできた。

「それについてこれ以上説明する必要はあるかな?さっき花園さんが話してくれた内容と変わらないじゃないか。つまりその案の欠点もまた変わらないということだよ。来週までには決定しないといけないというのに、無駄な時間は使いたくない。それとも僕の案に何か意見があるのかい?それならそれとして直接言ってくれると嬉しいな。まぁ、この案に欠点なんてないんだけどね」

 饒舌というのはこういうことを言うんだろうな。聞いてもないことをツラツラと雄弁するあたり、どうせ自分の案が通ると思ってるんだな。正直言って苦手だ。というより何回自分の案に欠点が無いって言いたいんだ。

「最後まで話は聞いた方が良いですよ。反対意見は出ると思ったんで、僕が提案するクイズ大会は、ジャンルを先に絞っておきます」

 生徒会長はその機嫌を露わにしたまま、肘をついて悪態を取る。紳士的だった態度はいつの間にかどこかに捨てたみたいだな。こっちの案がクイズなのに対して、あっちはおおよそ正反対と言わざるを得ないスポーツを選択肢に取っている。

 ここからどうやって説得をすればいいのかを考える必要があるが、そんな時間もないしそれで納得できる考えがあるなら最初から思いついてる。

「もちろん球技大会が悪いとは言わないです。凄く良い案だとは思うので賛成したい気持ちはやまやまですが、色々考えてやっぱりクイズの方が良いと思うんですよね。球技大会は、僕たちの学校の行事予定の中にもともとあるんですよ。そっちの学校にはないかもしれないですけど、こっちは二回も同じことしたらさすがにどうかと思いますし」

 体育の時に球技大会なんてことを言っていたことを思い出せてよかった。これでどれだけあっちの案が良くても学校行事と被るなら引き下がるしかない。

 粟屋はそれを聞いてそれは確かにマズイなといった様子で頭を抱えた。自分の学校行事に関してはしっかり確認を取ってはいたみたいだがこっちの学校のことまでは気が回らなかったんだな。

 だけどすぐに彼は立ち上がると白板の前に立つと、書かれていた案を思い切り消してそこに大きくクイズ大会と書いた。隣に立っていた生徒は驚いた顔をしていたが、すぐに冷静になって彼に渡されたペンを持った。

「こんなところで貼り合ってても仕方ないからな。あくまで決めたいのは交流のための企画なわけだし。確か柳沢くんと言ったね。さっきのクイズ大会、ジャンルを絞ると言っていたけどそれはどうしてか教えてもらっても?」

 僕が考えていたのは、クイズ大会とは言っても百人一首をしようとしていた。

 たまたま授業でその範囲をしていたこともあるが、何より百人一首という競技はすでにある。もし練習をしたとしてもそれは勉強に繋がるわけで、一石二鳥で悪いことは一つもないと思ったからだ。

 僕が話した内容を随時まとめてそれを見ながら粟屋が考えていると、今までずっと黙っていた彼の取り巻きだと思っていた生徒の一人が手を挙げた。

「じゃあいいかな。でもそれならさっき花園さんが出していた案も面白いと思うよ。私、それなら想像できない方をしてみたいかも!」

 あとから聞いた話だが、彼女はあっちの高校の生徒会副会長の能登と言うらしい。彼女が一問一答形式から外れたことでそこからはみんなが口々に意見を出すようになって、進行に回っていた粟屋がそれを丁寧に捌いていくことで最終的に僕と花園の案で綺麗に内容が纏まった気がする。

「さて、ちょうどいいしここらで決めるとしようか」

 白板を裏返して投票のために線を引いて両方の案を書く。投票前、一瞬花園と視線が合って僕は体を無意識に委縮させていた。

 投票になって人数を見るとちょうど奇数だった。これで決まらないなんてことにはならないなと思いながら全員がやりたい案を書いた紙を閉じて会長に渡す。

 全員分を受け取った彼は一枚づつ開いてその案を声に出すと白板に正の字が刻まれていく。4票ずつ入って最後の一枚が開かれて彼が読み上げた。

「最後の一票は……クイズチェス。ということで花園さん、あなたの案で決まりだ」

 彼女の案に大きな丸が付くと全員やっと終わった、といった様子で椅子の背にもたれた。気づけば日が暮れていて、こんなにも真剣に議論を交わしていたんだなと思うとそれに呼応したのかお腹まで空いてきた気がする。

 そしてそれが一番大きく反応したのは、隣に座っていた朱莉だった。

 一瞬静かになった瞬間を見計らっていたみたいにお腹が鳴ると、お腹を慌てて抑えるから犯人を捜すまでもなく誰かが分かる。みんなが自分のことを見ているのに気が付いて彼女は恥ずかしそうにして頭を撫でた。

「確かにお腹は空いたね。だけどもう少しだけ我慢してくれないか?思っていた以上に時間が無い。少なくとも一週間前にはこの交流会のことは生徒に周知させておきたいから、できれば今日中に全部決めれれば良いんだが」

 大まかなルールだったりはすでに決まっている。相手の高校は8クラスを16分割、こっちは9クラスを16分割する。そしてチェスのように駒を動かしてキングを取れば勝ちということだ。

 そしてクイズ要素が絡むからこそ、動かして必ずしも相手の駒に勝てるわけじゃない。ぶつかった駒同士でクイズで勝負して勝った方が相手の駒を倒せる。

「そして、駒を動かすのは生徒会役員ということで良いかな?」

「うん。それでいいと思うよ。あとは駒割りとかだけど、それはお互いに秘密ってことでいい?」

「ああ構わないよ。それじゃあオンラインでの接続なんかはまた次に会う時に話し合って決めよう。それじゃ、長いことお疲れ様。今日はこれで解散だ」

 疲れた。今日は帰ってさっさと寝よう。

 帰り道、ずっとお腹が空いたとごねる朱莉に折れて寄ったコンビニでピザまんを食べた。中途半端に食べて余計にお腹が空いた。

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