僕らの五日間天下

僕らのアソビ

 修学旅行。それは高校生活最大のイベントと言っても差し支えない。

「お土産は、まぁそれなりに期待しておけ」

「ちゃんとみんなの分も買ってくるからね」

 そう言って篠原先輩と小此木先輩は遥か遠き東の都に行ってしまった。

 大きな学校の行事はあらかた終わり、またいつもの学校生活に戻ることができる。いつものようにすることがないと部室で時間を潰す日々が戻ってきた。

 そんな修学旅行の二週間前に時は遡る。

 静かだった部室の扉が叩かれて元部長の日野田先輩が「どうぞ~」と言うと扉の向こうの人物はそれを聞いて静かに部室に入ってくる。

「どうも、失礼します」

 口調とは裏腹に、すごく気のよさそうな生徒が入ってきた。僕と朱莉は彼女をどこかで見たことあるような気がすると思いながら部室に入ってくる彼女を見る。

「やっぱりここに来たんだ。久しぶりだね、実零ちゃん」

「久しぶり~夏鈴ちゃん先輩。でも、ほんとに今日はありがとう!」

 夏鈴ちゃん先輩?久しく聞いていなかった先輩の名前を聞くとともに、先輩と呼ぶってことは彼女が後輩だと確定したということだ。一年生でこんな明るい感じの子なんていたっけ?

「あっ!二人が噂の入学初日からイチャイチャしていたという夜川さんと柳沢くんですね?」

 もう何度目かになる初対面の印象に慣れたい。でも嫌だ。僕はそんな軽々しい感じじゃないんだぞ。と反論する間もなく隣にいる朱莉は喜んでしまうのだ。ということでこの印象は一生拭われません。

「そうだよ。私、春くんの彼女なの!」

 堂々とその胸を張る朱莉を堂々とスルーしながら興味ありげにこちらをまじまじと見つめる彼女。

「……近いです」

 さすがに知らない人とはいえ異性がこんなに至近距離まで近づいてくると、こっちも緊張してまともに思考がまとまらない。朱莉が必死に僕から引き離そうとしてやっと彼女は諦めてくれたようだ。

「むぅ、仕方ないです。なら早速本題について話し合いましょうか」

 そう言うとあの普段ぐうたらな日野田先輩が立ち上がって彼女と一緒に隣の部屋に向かう。また何を始めるつもりなんだろうと二人を見ていると「何してるの?」といった様子でこちらを見つめている。

「二人も早く隣の部屋に来てよ。これから秘密の作戦会議するんだからさ!」


 部室の隣の部屋は文化祭が終わったということもあってか、作業に使うことはほとんど無くなったのでまた以前のような物置に戻っていた。ただ、文化祭前には部員がそれって作業をすることを想定してあるので部屋の中央には机が置かれていて彼女の言う話し合いには適している。

 日野田先輩は一番に入ると残っていた文化祭の資料などを引き出しにしまって机を綺麗にすると隣の部屋の冷蔵庫からお茶を持ってくる。

「ごめんね、熱いお茶をご所望なら別で入れるけど」

「お気になさらず。あくまで今日はお願いに来たんだから、そんな気に掛けなくても良いよ」

「あ、そう?ならこれでも飲んでゆっくり話そうよ。ちょうど、受験のことで相談があってさ~」

 危ない、そういえばこの先輩受験生だということをすっかり忘れていた。……なんで毎日部室なんかにいる?

 日野田先輩が相談を始めようとしたところで、彼女はやんわりと断りながら本題を切り出した。

「実はですね。みなさん私が生徒会の副会長だということがご存じだと思いますけど」

「え、そうなの?」

「私も初めて知ったよ」

 ああ、そうだ。花園実零。生徒会の副会長で唯一の一年生。

 五月にある生徒会選挙で立候補してて、一ヶ月でよくそんなことするなと思ったということを今思い出した。

「え?みんな私のこと覚えてくれてなかったんですか……。ショックです」

 どうしてだろう。声音のせいで全然ショックに聞こえない。

 次の瞬間またあの天真爛漫のような笑顔を取り戻しているあたり恐怖を感じなくもないが、社会性という意味であれば僕の100億倍適正高めなのが若干羨ましい。

「それならこれを機に私のことをちゃんと覚えてくださいね。……聞いてますか春くん?」

「ん、あぁ覚えておくよ」

「ちょっと私の呼び方取らないで!」

 しゃーっ!と彼女を威嚇する朱莉を見て花園は可愛いと声を漏らした。それには同感するところもあるが、最近春くんって朱莉以外の人からも呼ばれることがあるから慣れていると言ったらたぶん朱莉はもっと怒るので黙っておく。

「話がずれました。まだ本題のほの字にも辿り着いて無いんで簡潔に話しますね。来週の修学旅行の日に、私たち生徒会主導で一つ企画が挙がっているんですが全然全くちっとも話が進まないんです。なので、一番暇そうな部活に声を掛けてみました!」

 最初うんうんと聞いていたら最後に思いっきり本音が漏れてる。僕らの部活って端から見たらそんな感じなのか。でも客観的に見たら文化祭意外は帰宅部と変わらない気がしてきた。かろうじて存続しているのは、篠原先輩たちがコンクールに応募して成果を上げてくれているおかげなのかもしれない。

「暇じゃ無いって言ったらどうなるんですか」

「暇なのは事前に確認してますよ、日野田先輩に」

「てへっ」

 とても言いたいセリフがあったけど心に秘めておいた。とにかく僕らの部活が暇なのは証明されてしまった以上、ここは協力する他ないんだろうな。

「でも協力するって具体的に何をしたら強力になるの?」

「それは私も気になるな。元部長権限で二人はいくらこき使っても構わないが、内容によるぞ。私の愛しい後輩たちに地下労働なんてさせてやれない」

「言われなくてもしません。でも先輩の言う通り内容は確かに気になります。まだ企画の内容を教えてもらってないですし」

 やっぱりそこだよね。声を漏らした花園の様子はあまり言いたくないといった感じだ。それとも言いたくないんじゃなくてしたくない?

 彼女は申し訳なさそうにしながらその企画内容を明かした。

「実は、いま企画してるのが他校との合同勉強会なんです。けどそもそも進んでいる範囲も違えば教える順序も違っててとても一緒に合同勉強会なんてできる気がしなくて……」

 今すぐにストライキを起こしたい気分だ。

 そんなの成功する気が一切しないし、どうりでそんな表情をするわけだ。このままいけば計画が破綻するのは時間の問題なのは当事者でない僕達でも分かる。

「別の案とかは無かったんですか」

「みんなで協力してモザイクアートを作るとか、ドッチボール大会をするとか?」

 微妙に弱い……。顔に出ていたのか、彼女は弁明するように両手を広げる。

「もともとは文化祭を合同で開催しようってことになってたんだよ。お互いの高校が近いということもあるし、どっちの高校ももうすぐ創立から節目の年だから大きな企画の前段階としてお試しでって感じで。だけど相手の生徒会の人達が途中で代替わりして折り合いが付かなくなってこうなったの」

 悪いタイミングが重なった結果としてこんなことになってしまった。

 だからこの計画はおしまい、とはいかないのが生徒会としての責任なのか。きっと今も彼女の頭の中では代替案だったり成功に向かうためのプロセスを練っているに違いない。というわけで僕達もなんか案が無いか考えるわけだが、彼女らがいろいろ考えて出てないのにそう簡単に出るわけが無い。出した案は次々と花園によって却下されてしまった。

「もう無いんじゃないか?」

「だよね……」

「そんなところで、なんの話をしているんだ」

 振りかえると篠原先輩がいた。いつから僕の後ろにいたんだ。いたのならすぐに声を掛けてくれれば良かったのに。ということで修学旅行の説明会が終わった小此木先輩と篠原先輩が部室に戻ってきた。

 改めて花園は二人に挨拶をすると事の経緯を説明する。すると、来てからまだ口を開いていない小此木先輩が口を開いた。

「それなら、クイズっていうのはどうかな」

「それはつまり勉学に関したクイズってことですか?」

「そうそう。頭脳王とかってあるじゃん。ああいうのを真似して、どれだけ勉強をしてきたかを学校どうしで競い合うんだ。もちろん、どうやってみんなのやる気を出させるかは生徒会次第だけどね」

 それは確かに面白そう。花園もそれは良い案だと思ったらしく早速それについて話を進めていこうと部屋を飛び出す勢いだ。

「その案、乗っかりました!ということで行きますよ、柳沢くん!」

 まるで当たり前のように僕の腕を掴むと、

「どこに?!なんで僕?!」

「それはね、私があなたの弱みを知っているからだよ。■■■」

 酷く聞き慣れたその言葉に、僕は彼女から抵抗する力を失ってしまった。

 後ろから追いかけてくる朱莉の声も聞こえなくなるほどに。

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