僕は性格が悪い
「………」
「どうした柳沢」
後悔先に立たず。今とてつもなく後悔している自分がここにいることにどうしようもない気持ちが襲ってきた。必死に考えても出てくる言葉が薄っぺらいものばかりで自分で自分の語彙力を疑って仕方がない。
だがこれ以上待てないと向井が口を開きそうになった瞬間に、そういえばと僕はあることを思い出した。そしてこれは彼の質問を塞ぐにはあまりにも都合の良いものだった。
「僕は君よりも恋愛経験豊富だから言わせてもらうけど、君は焦りすぎだと思うよ。直球勝負だけが愛情表現じゃないし、約束を破ってまでそんなことをしたら委員長はどう思うかな。僕はそのやり方には賛成できない」
やっぱり僕にこの役回りは難しいな。自分で言ってて説得力をあんまり感じない。
人志の方が似合いそうだなと思いながらも僕は彼の選択を否定してみせた。
「それじゃあ僕はこのまま心の中で燻ぶっていろというのか?」
「そういうわけじゃ」
「じゃあなんだって言うんだ」
どうやら僕の言葉を聞いても考えを改める気はないらしい。でもこればっかりは仕方が無い気がする。説得を諦めて僕はいっその事言ってしまってもいいと一瞬考えたがすぐにその考えは捨てた。そんなことをしても解決にはならないし、それをしてしまったら二人の関係は今とは決定的に違うものになってしまう。僕にそんな責任感はこれぽっちもない。
ならいっそ。どうしてか僕はつい本音を漏らしていた。そうしないと彼は考えを改めなかっただろうし、どちらにせよ誰かがこの役割を背負う必要があったと考えたら朱莉や人志がやるよりは僕がやる方が適任だ。物静かで口数の少ない奴の言う言葉はどうしてか気に障るから。
「どうしてそんなに告白を急ごうとするの。体育祭に賭けている意味が僕には分からないな。しかも君のクラスが体育祭で優勝したらなんて、まるで自分の力じゃ告白する勇気が無いみたいだよね」
そう言葉にすると、彼は怒りに身を任せたように僕の胸ぐらを掴んで壁に押し当てる。僕は流れに身を任せてただ彼の目を見た。
「ふざけるなよ。僕がそんなに臆病に見えるか。さっきからなんなんだ、僕の気持ちばかり逆撫でするようにしたことばかり言いやがって。そんなに告白するのが嫌なのか。まさか、お前も琴音が好きなんて言うんじゃないだろうな」
「そんなわけないだろ。僕が好きになるはずがない」
興味無さげな素っ気ない態度は、さらに向井の気を悪くさせる。けど全く効いていないような僕のふわふわとした態度を見て、彼は握っていたその手を離した。
こんなにも相手の気持ちを踏みにじったのは初めてで、自分でやると決めたことなのに自分の心臓が手を当てなくても聞こえてくる。毅然とした態度の裏にこんな感情が隠れてるなんて知られたらきっと彼はこんなに起こらなかっただろうけど、幸いにも僕はポーカーフェイスだ。無表情とよく言われるがこんなことに役立つものなんだな。
彼は一度昇りきった頭の血を冷やして冷静になったのか、僕が煽っていた告白の条件を変えるような提案をした。
「そんなに言うなら、お前と勝負してやる。クラスの力じゃなくて自分の力で勝てば良いんだろ?個人種目にクラスの優劣なんて関係ない。僕がそこで一番になれば大前だって何も文句は無いはずだ」
「いいんじゃないか。頑張ってね」
もう少し、もう少しだけ彼は自分を追い詰められる。
前提の条件を聞き漏らしたかのような返事を聞いた彼はさらに語気を強くして条件を改めて言った。
「言ったはずだ。僕はお前と勝負をすると。それだけ煽っておいて僕に勝てないなんてことを言い出すはずないからな。それとも何か、おめおめと負けを認めるつもりなのか?」
そんなことするはず無い。というより、できない。
背水の陣だ。こっちもあっちも際まで来てる。あと一歩押すだけで勝てる状況に引き込めたのは実質勝ちと言って良い。
「じゃあ何で勝負するの」
向き直った僕の答えに彼はやっとかといった様子で競技名を告げる。
「100メートル走。それでお前と勝負だ」
確かにそれは、なんの言い訳もできない。
「いいよ。キミは僕に勝った上で一番になる。それが告白の条件って事で」
「異論無い。僕の告白には何も文句は言わせない」
全部の話が終わった次の日、事の顛末をグループに報告すると放課後に絶対にここに来るようにという連絡が真っ先に朱莉からきた。その日は朝から家の前であかりがスタンバっていたり「お前が悪いんだから観念しろ」と人志に言われて放課後までずっと目をつけられて全然落ち着かなかった。
「これでやっと開放される……」
そう言って終業のチャイムが鳴って僕は大きく伸びをする。隣で人志は憐れみの目を向けられていたが、今更どうにもならないしなぁと遠い目を向けた。
「意外だな。お前ってそういうことする性格だとは思って無かった。案外気が強いタイプなのか?」
人志もやっぱりそういう風に思うよね。
自分でも今思い返してなんでそんなことをしたんだろうと思ってしまう。
だけど不思議と後悔のような感情はあまり出てこない。むしろ心の内に思っていたことを言えた気がしてむしろ気分が良かった。
「どうだろう。でも結果オーライじゃない?このまま最初よりは委員長に告白しなくて済む可能性の方が出てきたわけだから」
「……いや、まぁお前がそれで良いなら良いんだけど。無理はしない方が良いぞ」
大丈夫だよ。無理をしたつもりは無いから。
「春くん。どうしてこんなことになったのか、ちゃんと理解できるように説明してくれる?」
やっぱり大丈夫じゃないかも。
珍しく朱莉の目が笑ってない。じりじりと僕ににじり寄ってくる感じがして逃げることもできないしどうしよう。とりあえず僕はこうなった経緯を説明していくけど、彼女の顔が晴れることはない。
「だからさ、告白について前に相談されたからいっそのこと恋愛経験者っていう視点で告白するのを止めてみようと思ったらこうなっただけで別にわざとそうしようと思ったわけじゃ無くて」
「でも言い過ぎだと思うよ。柳沢くんはたまに暴走しちゃうときがあるからやっぱり誰かが見とかないといけないね」
綾乃は朱莉を見ながらそんなことを言っている。時々熱くなってしむのは自分の良くない所だと知りつつも、僕には彼の告白がどうしても動機付けにしか見えなくてしょうがなかったから仕方ない。
「で、勝算はあるのか?」
経緯にはすでに興味の無い様子の人志は、そもそもの競技で僕が勝てる見込みがあるのかを考えていた。
「うーん。どうだろ」
そりゃ運動経験が皆無かと言われたらそんなことも無いし、かといって今現役で運動してる人なんかには勝てないわけで。Aクラスがみんな運動のできる人じゃないってことは分かってはいるけど、彼がそのAクラスにいるってことは多少なりとも運動ができるっていうのを考えたら多分勝てない。
「向井くんは運動できる方なんですか?」
「うん、それなりにはできると思うよ。今はもう違うけど、中学の頃は陸上部だったから」
勝てないな。それを聞いて瞬時に理解した。
その上で、僕じゃ無い人で勝たないといけないことも確定したわけだけれどもこの五人の中で勝つ可能性を見いだすとしたら……。
「なら、俺が100メートル走出るよ」
「勝てるの?」
「鈍ってたら知らんが、一応7秒切ってるぞ俺は」
そうだったんだ。意外だ。そんなに足が速いなんて言われてみないと分からないものだな。
「でも二人、同じクラスだよ?」
綾乃の指摘でハッとする人志。そうじゃん。どうしよう。
色々と悩んだ結果。僕がとにかく本番まで本気で練習するという結果に落ち着いた。それが一番丸く、負けても向井を一番納得させられる方法には違いない。
仕方が無いのでその日から、僕は家に帰って数年ぶりにランニングを始めることに
なった。
時間がまき戻れば良いのに。隣で走ってくれる朱莉と一緒に、僕は河川敷を日が沈むまで走り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます