あたしは
勝負の終わりを、彼女は全て見届けていた。
喧騒の中で添えられた言葉は彼の耳に届くことは無かったけど、どうしてそんな言葉を彼に投げたのかということを彼女が振り返ることも無かった。
敗北を喫した彼の手元に白いテープは握られずにその手は空を掴んだ。顔を上げた先にいる彼の姿に負けたのだとはっきり知らしめられた。
「負けたな」
向井はもう、冷たくいることをやめた。
ライバルで敵なんだと自分に言い聞かせてきたがもう負けてしまったらそんな思い込みなんて全く意味がない。僕は何もかもを負けたまま終わっただけ。あとはなるようになるはずだ。
一年生でこんなことをして残りの二年間どうやって琴音と接すればいいんだ、という気持ちがずっと頭の片隅にあるが、今はもうただ自分の努力が及ばなかったことを認めることだけで手いっぱいだった。
二位という褒めるべきとも言えない結果を持ち帰って、クラスメイトはおおいに褒めてくれたがそんな他人からの評価はどうでも良かった。
ひとしきり落ち着いてクラスのテントを離れた向井は、彼女を探し始める。
テントの裏を歩いて琴音のクラスのテントに行くがそこに彼女の姿は無い。たまたまいた柳沢に聞くも知らないと言われてそこを離れる。
「どこいったんだ?」
分からないまま歩き続けて喉も乾いてきた。紙コップで水を一杯貰って再び探し始めて気づく。あそこになら居るんじゃないかと。
思ったら吉日。すぐにそこに向かう。
どうやら読みは合っていたようで、そこで彼女は座っていた。まるで僕がここに来ると分かっていたかのようで、見つけられた琴音は嬉しそうに微笑む。
「何してるんだ。もうすぐ学年競技だってあるんだぞ」
「それまでには戻るつもりだったよ。ただ、来てくれないかなって思ってたらホントに来てくれたから」
何言ってるんだ。と思いながら向井は彼女の隣に座った。
「お疲れ様。頑張ったんだね」
急に琴音は向井に励ましの言葉を送った。なんだ、見てくれていたんだな。
「勝てなかったから意味無いけどな」
そんな風に自虐めいて言うと、彼女は意外な反応を見せた。
「そんなことないよ。私は亮くんの頑張りを知ってるし、あんなに僅差でのゴールだったんだもん。ホントに全力勝負って感じで応援しちゃったよ」
「……どっちを応援してたんだ」
これは、聞いてはいけない気がする。
理性と行動が噛み合わないその発言に自分で驚いていた。きっと僕は琴音がなんて答えてもあの告白と繋げてしまう。
だからこそ、琴音が返事に窮したのも頷けた。だけど彼女はすぐにその答えを見つける。
「私は、亮くんを応援したよ」
すぐに彼女は説明するように続けた。
「で、でもそれは告白関係無しにって話であってさ。ホントは私が全部悪いの。告白を阻止してほしいって柳沢くんたちにお願いしたのも私なんだ」
なんとなくそうなんじゃないかと思っていた。唐突にあれだけ僕たちに関わってくるなんて何かがないとする必要が無い。だけど、彼らはそんなことを悟らせないようにここまできた。本当に良い奴らだな。
「なんでそんなことしたんだ?」
「それは……」
「言いたくないなら別に言わなくてもいい。ただ、気になっただけだ」
本当は心の奥底であの告白は全部夢だったなんて思いたいだけかもしれない。
俯く彼女を見ていると気持ちが締め付けられる気がする。
「私の気持ちをはっきりさせたいと思ったから。亮くんの気持ちに嘘はつきたくないもん」
遠くで競技が終わる音が聞こえる。次は一年生の学年競技だ。
彼女は立ち上がると向井に手を伸ばして握る。立ち上がった彼がありがとうと言う間も与えずに彼女は歩き始めた。その手は握られたままで彼は何が起こっているのかいまいち理解していない。何か言おうとしたが彼女はその口を塞ぐように向井に言った。
「今日のこのことはもう忘れて。……もちろん告白の事も。だからさ、三年の体育祭でまた私に告白してよ。その時は、ちゃんとあんな形じゃない返事をするからさ。それまではまたいつもみたいに仲良くしてね?」
久しく見ていなかった彼女のあどけない笑顔を見て、僕はただ分かったという返事しかすることができなかった。
それを聞いた彼女は手を引いたまま木々の間を抜けていく。やがて生徒の姿が見えるところまでくると、いつの間にか握られていた手は離れていて琴音が早く行こうと急かすのを追いかける。
いつの間にか、僕も彼女のように笑っていた気がした。
「つまり、一件落着ってことですね」
頷く彼女。遠くではすでに次の学年競技に向けて気合いを入れている向井の姿がある。待機場で話した彼女の話によれば、わだかまりなんてものはもうないし、むしろ告白のことをちゃんと清算できてむしろ清々しいとのことだった。
「色々迷惑かけてごめんね。また、このお礼はするよ」
そう言って彼女はクラスの先頭へと向かった。隣に座っている人志は最初から話を聞いていたみたいで、ゆっくりと聞いていないふりをしていた顔を上げる。
「お疲れさん」
「……どうも」
「俺たちの時よりもなんか複雑だったな」
「まぁ恋愛なんてそういうもんじゃないの?」
「それもそうだ」
一年生が全員立ち上がり始める。次は学年競技だ。
ここからは全力で頑張る時間。僕たちを縛るものなんてのは無い。
なんていうのは嘘だ。僕にはどうしても勝たないといけない理由があった。
「絶対に勝つぞ人志」
「こればっかりは全面的に同意する。絶対に勝つぞ」
というのも、僕たちには三輪さんと向井の件に加えて体育祭当日に突如突き付けられた挑戦状があった。
「学年競技で私たちが勝ったらなんでもいうことを聞いてあげる。だけど負けたら代わりに私たちがなんでも聞いてあげる。どう、勝負する?」
体育祭が始まってすぐの頃、テントで休んでいた二人のもとに朱莉と彩乃が訪れていた。曰く、私たちも向井くんみたいに挑戦状っていうのを突き付けてみようかなって思って、ということらしい。
挑戦状を突き付けたのは正確には僕だけど、この際そんなことはどうでもいい。そんな彼女らの提案を一蹴したのは隣にいた人志だった。
「なんでも、なんて気軽に使わないほうが良いぞ。そういうのはだいたい言い出しっぺが痛い目を喰らうことになってるからな」
「へぇ、じゃあ負けるのが怖いんだ~」
まるで意気地なしと貶めるように煽り始める朱莉。それを聞いて頭にきたのか立ち上がって顔を近づける。
「夜川さん。運動神経が良いかなんだか知らないが、学年競技はチーム戦だ。一人が運動できても意味ないんだ。なっ、彩乃」
同意を求める言葉に彼女の方を見るが、その返事は返ってこない。それもそのはず、
「だってこの提案したの彩乃だし」
「そういうことだよ人志。たまにはこういう勝負も良いでしょ」
マジか。と頭を抱えた人志。こうなってはおめおめと勝負をしないなんて選択肢を選べるはずもなく、今に至るというわけだ。
「まぁ、僕もこの勝負は負けたくないからなぁ。朱莉がどんな要求をするのか想像できたもんじゃない」
普通にデートをするとかだったらまだマシな気がする。もっと変なことをしてきそうなのがすごく怖かった。
とはいっても学年競技。そんな勝負事関係なく生徒のやる気は十分にあった。日頃何度も練習した成果を試す時だ。やる気にもなる。かく言う僕だってこの競技にはそれなりに努力をして練習してきたつもりだ。
「次は一年生の学年競技、大繩跳びです。選手は入場してください」
その声で一年生が全員立ち上がる。中には掛け声をするものや手を合わせて一斉にあげて士気を高めるクラスといろいろだ。
「じゃあ、私たちも頑張るよ。えい、えい、おー!」
委員長の声とクラスメイトの声が一斉に重なる。校庭へ続く多くの足音が、競技の幕開けを知らせた。
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