同じ阿呆なら踊らにゃ損損

Soi

同じ阿呆なら踊らにゃ損損

 車から降りるとぬるい潮風が肌を包んだ。


「じゃあ終わったら呼んで」


 お母さんは私を置いて帰ってしまった。


 人混みの中で、私は一人ぼっちになった。










 約束の時間から十分経過した。あいつはまだ来ない。

 私は広場の端にあるトイレの前であいつを待っている。女子トイレの入り口を見ると列ができていて、耐えかねた人が多目的トイレの中に駆け込むこともあった。一人ぼっちの私には生理現象の実態をぼんやりと眺めることしかできない。あいつは今頃あの子と一緒なのかな……なんで夏祭りなんかに誘ったんだろ。何もすることがない私はあいつとの思い出をなぞることにした。思い出そうとすると、ピントがぼやけてトイレが遠くなっていった。





 あいつとは家が隣同士で、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。幼い頃は近所の森でカブトムシを捕まえたり、人気のない場所で秘密基地を作ったりして遊んでいた。物心ついた時からずっと一緒で、親の違う兄弟みたいな感覚だった。

 私たちは同じ小学校に通い、クラスも六年間一緒だった。いつも二人で固まって行動していた。それは学年が上がっても同じで、今思えば、私たちはクラスで浮いていたんだと思う。誰も悪くない。強いて言うなら場所が悪かった。あとは性別も関係してたのかな……私たちはクラスの男子から「夫婦」と呼ばれるようになった。

 学年が上がる度弄られる回数が増えていく。あいつが学校を欠席すると『旦那はどうしたんだよ?』と聞かれた。からかい半分ではあったけど、相手を陥れようとかいう悪意はなさそうだった。それが余計に辛かった。迷惑だから止めてと伝えても、一度付いたイメージは中々抜けなかった。

 やがて私たちはお互いを避けるようになった。最初は『リコンしたのか?』等とからかわれていたけど、徐々に何も言われなくなっていった。

 私たちは別々の中学校に進学し、しばらくは平和で穏やかな日々が続いていた……あいつと同じ高校、同じクラスになるまでは。



















「何してんの?」





 肩が浮いた。もし私の肩が毛むくじゃらだったら全部逆立っていたんじゃないかと思う。振り返るとあいつが後ろに立っていた。思考の沼にはまっていたせいであいつが来たことに全く気づかなかった。

 あいつは、いやこいつは、いや望月は不思議そうな顔で私を見ている。そうか、望月からしたら私がトイレを凝視している人に見えるのか。


「えーっと、女子トイレ並んでるなあと思って」


 行きたいのかと聞かれ首を振る。望月が一瞬怪訝けげんそうな顔をしたけど、お互い何も言わなかった。流れる沈黙、相対的に周りの雑音が大きくなった気がした。

 咄嗟とっさに音を出した。


「っていうか、なんで遅れたの? 望月が誘ったんじゃん」


「陶子さんに渋られて……俺は帰りたかったんだけど」


 上からごめんと聞こえた。

 背高いな。


 同じクラスとわかってからは望月と登下校をしていた。小学生の頃に戻ったかのような気分だった。流石に高校生にもなってからかってくるお馬鹿さんはいなかったけど、一応学内での会話は避けていた。まあ登下校を一緒にしてる時点で周りからはいろいろ疑われていたと思う。でも、私たちの間はそういった色気は毛ほども含まれていなかった。

 望月が言っていた「陶子さん」は私のクラスメイトで、学校のマドンナ的な存在だ。今日望月は私に会うまで陶子さんと図書館で勉強会をしていたそうだ。

 陶子さんは望月のことが好きだ。大好きだ。

 毎朝靴箱を覗くと手紙が入っていて、開くといつも『望月君と一緒に登下校しないで。お願いします』と書かれている。真っ白で手触りの良い紙の上に、お手本のような字で文が綴られていた。毎回紙の一番上には『小野様へ』、一番下には『雪城陶子より』と書かれていた。私は、おしとやかなのに自ら名乗る度胸のある陶子さんのことがどうしても嫌いになれないでいる。

 陶子さんが可愛かったので、望月に気づかれないように少しずつ一緒にいる頻度を減らすことにした。一方で望月は陶子さんのようなタイプの女性と会話したことがなかったみたいで、接し方がわからないと言っていた。時折LINEで助けを求められたけど、その話題だけはスタンプ一つで返すようにしていた。そして、LINE自体の連絡頻度も少しずつ減らしていった。

 疎遠になってわかったことがある。一つは、一人で過ごすのは静かで落ち着くいうこと。おかげで勉強が捗った。もう一つは、私が望月との時間に心地良さを感じていたということ。その点、勉強は気を紛らわすのに適していたとも言える。

 それから夏休みに入り、望月が突然この祭りに誘ってきた。意識的に距離を取っていたので会うのは一か月ぶりだ。私たちの間には、ない色気に気まずさが足されてしまった。

 本当になんで誘ったんだ。


 今回の遅刻に関して、陶子さんは悪くない。どうせ望月が別れ際に私に会うんだと口を滑らせたんだろう。それを聞いた彼女は二人で会うのを止めたかったんだと思う。逆に十分の遅刻程度で済んで良かった。祭りに誘ったのは望月だから、遅刻はあいつのスケジュール管理の問題だ。

 でも、望月が遅れたことと今二人の間に流れる空気が微妙なことは別問題だ。

 この気まずさの一番の原因……それは私だ。

 腹をくくろう。私はわざとらしく大きなため息をついた。横でしょんもりしていた望月と目が合った。


「ったく、しょうがないなあ、次からは気をつけなよ」


 望月の目に光が宿る。


「……許してくれるの?」


「焼きそば。奢ってよね」


 望月の顔がぱぁあっと明るくなった。


「おう! 一個でも千個でもくれてやる!」


「数の数え方知らないの?」


 会話のテンポが少しだけいつもの調子に戻った気がした。近くの屋外時計の時刻を見ると、待ち合わせの時間から十五分過ぎていた。





『2024年度 盆踊り大会 花火もあるよ』


 LINEで望月から送られてきた画像と同じポスターが近くの電柱に貼られている。今更ながら、なんで盆踊りがメインで花火がサブなんだ。

 会場を見回す。そこそこ大きな広場をぐるっと囲うように屋台が並び、中央にはやぐらが設置されている。広場の向こうには海が広がっているはずだけど、手前の堤防でここからは空しか見えない。


「不思議な配置」


「母さんから昔からある祭りだって聞いてるぞ。屋台や花火は客寄せのための後付けなんじゃねえの?」


  両手に袋を下げた望月が私の独り言を拾った。袋の中には屋台で買った私たちの晩御飯が待機している。

 望月はテーブルを挟んだ向かいの席に座った。


「席取りありがとな」


「そっちこそ、後でお金払うね」


「いや、いいわ。迷惑かけたし」


 バイトで稼いでるからとニシニシ笑われ、まあそれもそうかと返す。今度何か奢ろう。

 テーブルに食べ物が並べられ、お金を返すことへの義務感よりも食欲が大きく勝った。二つ揃った柏手が鳴る。


「「いただきます」」


 まずは大好きな焼きそばから。甘いソースに絡んだ太麺をずるずるとすする。噛む度に口の中でプツプツと切れる麺に天を仰ぐ。これだよ、これでいいんだよ。出来立てじゃないし、麺にコシはない。味もはっきり言って大味。でも屋台の焼きそばは周囲のにぎやかな声や提灯で包まれたオレンジ色の電球で完成する。私は昔からお祭りに出てくる屋台の焼きそばが大好きだ。

 後半に取っておいた青のりを楽しもうと再びトレーを見ると、食べきったはずの紅ショウガがこんもりと盛られている。野菜も倍くらい増えているような気がする。正面に座っている望月は食べるのに夢中だ。彼が食べている焼きそばは茶色一食だった。


「ねぇねぇ望月くぅん、焼きそばおいしぃ?」


「なんだよ君付けで気持ち悪ぃな」


「随分生意気な口きいてくれるじゃあないの? あんた私のトレーに野菜入れたでしょ!」


「小野が飯を食う時は決まって天を仰ぐことは把握済みだ! 恨むなら隙だらけな自分を恨みな」


「ごちゃごちゃうるさい! 野菜食え!!」


 ヴァコオオオオン


 トレーの野菜(紅ショウガ含む)をかき集め割り箸で望月の口に突っ込んだ。うごあぁぁと望月が断末魔を上げ、麦茶で丸ごと流し込んでいる。吐き出さないところは褒めてあげてもいいかもしれない。


 気を取り直して今度は紙コップに手を伸ばす。中には唐揚げとポテトがこぢんまりと収まっている。食欲をそそる油のにおいがする。すぐさまつまようじの刺さった唐揚げを取り出して口に放り込んだ。小ぶりの鶏肉は薄い衣をまとっていて、かじると口の中でぱりぽりと音がした。半分スナック菓子だ。間でギザギザポテトを挟む。広がるコンソメの旨味で、口の中はジャンキーワンダーランドだ。

 二個目の唐揚げを放り込むと、カップの中は空になっていた。いつの間に全部食べたのだろう。


「おもえ、こおううをふきらお?(お前、こういうの好きだろ?)」


 頬に食べ物を詰め込んだハムスター望月が渡してくれたのは、「シャインのガラス玉」だ。近所のブドウ農家さんが宣伝のために売り出しており、毎年恒例の名物屋台となっている。実際に農園で収穫した種なしブドウやシャインマスカットを加工したブドウ飴は一律一本五百円。他にも「スターマリオ」、「宝玉ピオーネ」があり、望月はスターマリオを食べ、目をキラキラと輝かせている。

 毎年ブドウの採れる数は一定ではないので、値段はそのままで串に刺さったブドウの数が変動する。今年はシャインマスカットが豊作だったらしく、串には五個も刺さっている。纏った飴が光に照らされ、それこそガラス玉のように瞬いている。恐る恐る一個口に入れる。


 パキパキパキパキ


 飴のダムが決壊し、果肉の肉汁があふれ出てきた。噛む度に飴の甘さとマスカットの甘さがマリアージュしていく。なんて仲良しなんだ。このぱりじゅわの世界に、一生浸っていたい。

 もう一回、と二個目を食べようとして、おかしなことに気づいた。串に二個しか残っていないのだ。私はまだ一個しか食べていないのに……まさか。





 顔を上げると、望月はまだハムスターだった。

 私の視線に気づき、望月が顔を上げた。「?」という顔。腹立たしい。私は貼り付けた顔のまま無理やり口角を上げた。


「ねえ。これ、食べたでしょ?」


 手に持った串を揺らすと、望月は目線を思いっきり右上に持ち上げた。


「はええあいお(食べてないよ)」


「私がガラス玉を食べ終わるまでに口の中空にしといて」


「ぉあい(はい)」



 数分後。



「あんた、さっきのマスカットもそうだけど、唐揚げとポテトも食べたでしょ?」


 望月は目線を右上から左上に変え、Siriのような機械的な口調になった。


「いいえ、僕は食べていません」


「それ私じゃなくても嘘ついてるのバレるから。今まで『なんで皆俺が嘘ついてるのわかるんだろ』って思うことあったでしょ?」


「……うん」


「あんた、今後の人付き合いいろいろ気をつけた方がいいよ。で、なんで勝手に食べたの?」


「いや、その……押してダメなら引いてみろって、言うじゃん??」


 凍りつく私。

 望月は頭を搔きながら謎の照れ笑いをしていた。舌が出ていた。

 最高にムカつく顔面だった。


「私が、どれだけブドウ飴好きだと思って……ここ来てからずっと楽しみにしてたんだぞごらああああああ」


「遂に本性出しやがったな鬼婆。あんまり食ってばっかだと太るぞぉ~☆」


「うるさぁあああああい、あの飴数十個限定なんだからんなああああああ」


  必死で走る私をよそに、望月は他の人を避けながらヒラヒラと逃げる。望月は、屋台三つ分以上の距離が開くと決まって立ち止まった。私が近づくと頬に指を当ててグリグリしたり、束ねた指にキスしてからふわっと指を広げたりして、また逃げる。

 。そう言いたいのだろう。


「ふざけんなこの野郎!!」


 暴言を吐き、広場を抜け、坂を上り、堤防に上がった。

 溜まった乳酸に私はとうとう膝をついた。


「ぜぇ、ぜぇ、ちょっと、待って……」


「大丈夫か? はいこれ」


 望月がペットボトルのお茶を渡してくれた。ペットボトルは水にぬれていた。


「逃げながら買っといた」


「いつの間に……」


 私がヘトヘトなのに対して、望月は息切れもしていなかった。

 ペットボトルは氷水に浸かっていたやつだからキンキンに冷えていた。身体が中から冷やされる感覚がして気持ちいい。


「ごめん……小野がそこまでブドウ飴好きなのわかってなかった」


 望月がまたしょもんとしている。望月の、お調子者だけどこういうとき素直に謝れるところは嫌いじゃない。大きな背格好の望月が肩を落としている。望月の頭に垂れ下がった耳が見えた。


「次やったら承知しないから」


 次って、と望月が返そうとしたが、それは大きな音で搔き消された。



 ドン!



 堤防の向こうで大きな花が咲いた。

 周囲の人たちが「わぁ」と慎ましい歓声をあげる。

 大輪の花火が、次から次へと打ちあがった。


「「きれい」」


 同時に隣から声が聞こえ、ハッとして望月を見た。目が合う。望月も目を見開いている。

 私たちが驚いたのは、決して声がそろったからではない。この状況が二人にとって間違いなくデジャブだったからだ。





 私たちは昔、一度だけこのお祭りに来たことがあった。お互い家族に連れられて来ていた。二人で遊んでいるうちにはぐれてしまい、家族を探しているうちに堤防にたどり着き、そのまま二人で花火を見たのだ。

 なんで望月が私の好きな食べ物や食べるときの癖を知っていたのかわからなかった。親に聞いたのかと思っていたけど、そうじゃない。前も同じものを食べていたから、その時の私を覚えていただけたっだ。私は今の今まで忘れていたのに、望月はずっと覚えていてくれたのかな。

 待ち合わせ場所で見たトイレは当時設置されていなかった。さっきはなんとなく観察してしまっていたけど、もしかしたら私は無意識に、あるはずの無いものを不思議がっていたのかもしれない。





 次々に花火が上がる中、私たちは見つめ合っていた。というか、一度目を合わせてから目のそらし時を見失ってしまっていた。この後どう言えば、どう動けばいいのかわからない。こめかみを汗が伝った。

 望月はまず、きりっとした顔をした。そんな顔できるんだ。ずっとそんな顔しとけばいいのに。次に、口を開いた。何を言うつもりだろう。私はごくりとつばを飲み込んだ。

 望月の声は、思ったよりも声量があった。



「目と目が合う~瞬かnごぉっ!!」



 私は望月の頬を殴った。

 空からドンドンパラパラと音がした。

 花火の最後のラッシュだった。














「いやあ~花火綺麗だったねえ」


 右頬がグーの形に抉れた望月が言った。花火が終わってしまい、周囲からはなんとなく解散の雰囲気が出ていた。


「久しぶりに花火見たなあ……一度見るとまた見たくなるよね」


「え、さっき『次やったら承知しないから』って言ってたし来年も一緒に行くんじゃないの?」


「あ……」


 自分が言ったことに驚いて望月渾身の物真似も気にならなかった。

 私、来年も望月と一緒にお祭り行けるの?


「あのさ、「はあいみなさあんお待ちかね! 最後はメインの『盆踊り大会』ですよお~!」」

  

 放送が掛かり、撤収作業をしていた店主たち、帰り支度をしていた周囲の人たちが次々とやぐらへ集まっていく。やぐらの上では法被はっぴを着たお姉さんがマイクを持っていた。


「ではDJSoiさん、曲をお願いします」


「っそ~~~~~~~~いSoooi☆」


 フレデリックの「オドループ」が流れる。お姉さん曰く、踊り手たちは事前に選曲を伝えられないまま、毎年本番で一発勝負をしているそうだ。皆アップテンポな演奏に苦戦している。

 予想外の選曲に私たちと同じくらいの年齢の人たちは手を叩いて笑っている。

 私は踊り手たちが踊れるのか気になってしまい足を止めた。望月が同じタイミングで足を止めたので、同じことを考えたのだろう。前に祭りに来た時は花火を見たあとすぐ帰ってしまったから予想がつかない。

 私たちは他の傍観者に混じって静かにその様子を見守った。

 苦戦している踊り手の中で、パンと柏手を打ったのはねじり鉢巻きの似合うおじいちゃん。周囲が注目する中、曲の二拍子ごとに右右、左左とステップを踏んだ。貫禄のある所作、崩れない笑顔に「ぅおぉ~」と歓声が生まれた。


 補足説明をさせて頂くと、今ここで華麗なステップを踏んだジジイの名前は佐藤育三。御歳八十三歳になるこの地域の町内会長である。七十三回目になる祭りに一回目から毎年参加しており、彼に踊れない曲は無いと言われている。好きなアーティストはワン○クで、普段はストリートファッションをたしなむナウい爺である。

 閑話休題、話を戻そう。


 曲の一番が終わり、ぽこんと音が鳴って望月の頬が元に戻った頃だった。


「なあ小野、俺らも踊ろうぜ」


「え、でも、見てるだけで充分楽しいけど?」


 遠慮する私の前腕部を掴み、やぐらの方へとどんどん近づいていく。戸惑う間もなく、輪っかになった踊り手の群れに合流してしまった。


「意外と難しいな」


 輪に入ってすぐに踊り始めた望月は、音楽と踊りを合わせるのに苦戦している。この集団の中では踊らずにいるのはかえって浮いてしまう。ちょっと恥ずかしかったけど、周りの見よう見まねでおずおずと手足を動かした。振付自体は盆踊りなので同じ動きの繰り返しだ。ちょっと踊っているうちに慣れてきて、スムーズに体を動かせるようになった。

 二番のBメロに入ったとき、望月と目が合った。見られた。顔中の血液の流れが速くなる。

 望月は一瞬ポカンという顔をしてから、ニカっと笑った。


「結構上手いじゃん」


 そう言われて、私は初めて本当の意味で望月と昔の関係に戻れた気がした。体だけでなく心も踊る。

 今日一日いろんなことがあった。遅刻され、食べ物を奪われ、煽られ……正直疲れた。でも踊っているうちに、今日のこと、いや今までのありとあらゆることが、なんだかどうでもいいことのような気がしてきた。


「私、この祭りに望月と来れて、よかった」


 すっかり気の抜けた私は、普段言わないような素直な気持ちを自然と口に出していた。


「誘ってくれて、ありがと」


「……小野が素直になった……こわい」


「まぁ、たまにはね?」


 少しの間無言が続いたかと思えば隣で「ぶぐぅ」と吹き出す音が聞こえた。


「その感想盆踊り終わってからでもいいだろwwwセリフと振り付けが合ってねえんだよwwwww」


 さっきの私を客観的に思い浮かべた。めちゃくちゃ滑稽だった。二人で顔を見合せてケラケラ笑った。

 ラスサビに突入し、あと少しだと鼓舞し合いながら、そのまま最後まで踊り切った。


「あーおかしかったあ」

「久しぶりにこんな笑ったわ」


 お互いフラフラになりながら息を整える。私が思っていた以上に盆踊りは楽しく、体力を使うものだった。正直舐めてた。


「やっぱお前といると楽しいわ」


 ポロっと口から出てきた望月の一言は本心のようだった。そっか、一緒にいて楽しいのは私だけじゃないんだ。


「ねえ、お願いがあるんだけど」


「ん?」


「来年も、一緒に祭り行こ……無理にとは言わないけど」


 望月からの返事はない。

 ……そりゃそうか。望月には陶子さんがいるもんね。

 頭が重くなり下を向いた。こういう時に泣けるタイプじゃないから、視界がぼやけることはなかった。目線の先にある地面に生えた雑草は、みんなに踏まれながらも懸命に地に足をつけて立っている。

 このまま望月に私がしょんもりしていると思われるのは癪なので頭を挙げようとしたら、視界の外からにゅっと手が生えてきた。よく見たら小指だけが立っている。


「約束の指切りげんまんだ」


「なにそれ」


「お前、明日には忘れてそうだからな」


 いろいろと言いたいことはあったけど、何も言わず自分の小指を差し出した。

 なぜなら……今日望月と一緒にいたことで、自分の気持ちに気づいてしまったから。生まれたての感情だけど、一度気づいてしまえば、さっき掴まれていた手よりも、今絡めている小指の方が恥ずかしい。

 また来年ここに来て踊ったら、私の気持ちを伝えられるかな。

 

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