第27話 夏芽の家へ1~いろはの精神攻撃~

 わたしのせいだ。わたしのせいで迅くん、お姉ちゃんに、もうひとりのセンパイも1週間の停学処分になった。


 ――ダメな彼女、ダメな妹、ダメな後輩


 でも、これで決心がついた。もう遅いかもしれないけど、やれることはやって、迅くんとは別の高校に進学する。最悪、レベルをすごく下……、ううん、それはダメ。それだと迅くんと釣りあえない。別の高校に意味はない。


 ――少し賢い高校に行って、迅くんに『夏芽、頑張ったな』って褒めてもらうために


「こんにちはー」


 迅くんだ。鮮魚のはなまるにアルバイトに来た。正直、お父さんが無理やり雇っている感がある。わたしはまだ中学生だから、アルバイトはできない。わたしができても、お父さんの手伝いをするくらいだ。

 

 でも、迅くんはどうだ? 高校生だから、契約を結んでアルバイトとして立派に働いている。お父さん曰く、来月には3枚おろしもマスターしてくれるだろうとのことだ。


 あれ? 本来、年始から3学期が始まるまでの約束じゃなかったけ?


「迅くん……」

「夏芽、今日はお店の手伝い? 受験勉強もあるのに、ホントえらいよな」

「……ごめん、好きだから……」

「ん? 何かあった? バイト終わった後なら話聞けるけど?」

「ごめん」

「あっ、もしかして、停学になったこと? それなら気にしてないし、夏芽の元に行くの邪魔した先生を殴ったんだ。先生には申し訳ないことした思いはあるけど、あの状況だとそれしか思いつかないし、さ」

「……あ……が……う」

「後で話聞くよ、今じゃなくてごめん。バイトと言ってもお給料貰ってる仕事だからさ」


 『おい、息子ー、そろそろ、制服に着替えろよー』とお父さんの声がした。迅くんはもうお父さんからの息子呼びに慣れていて、『はいはいー』と返事していた。


「あらっ、忠さん、息子さんいたっけ?」

「いやぁ、夏芽の彼氏だ!!」


 ガハハと宇川さんのような笑い方をお父さんはしていた。お父さんはすごく迅くんを気に入っている。さっきみたいに『息子』と呼ぶほどだ。


 わたしは……。色々悩んでもしかたない。もう少しお父さんの手伝いしてから、家に戻って勉強しよう。今日は二次関数の勉強を中心にしよう。その前に反省文もかかないと。


 でも、わたしは何をした……?


「夏芽?」

「……」


 迅くんが優しく声をかけてくれる。でも、わたしは何も答えられない。


「忠さん、夏芽が体調悪そうなので、今日は夏芽の手伝い中止にしてもらえませんか? オレはちゃんと働きますので」

「そうだな、息子は悪いが夏芽をマンションまで送ってやってくれ」

「そのオ……」

「息子よ、お前の言いたいことは分かる。だが、その間の時給は出す。悪いが、夏芽を頼む。そういうのも込みで息子を雇ったんだからな」

「……わかりました」

「私服に着替える間も惜しいだろうから、そのままで行ってこい、後で予備をもう1着渡す」


 迅くんはそのまま、わたしを家まで送ろうとした。商店街を出ると、この間、お姉ちゃんと一緒にわたしのせいで停学処分になったセンパイがいた。


「迅!! さっき家に行ったけど、いなかったから、南商店街の鮮魚のはなまるだと思うって聞いて来たんだ」

「いろは、大丈夫? 転校してきてすぐなのに、オレに協力してくれたせいで停学処分になって、わるかった」

「学校に馴染むのには遅れるけど、その辺は迅とか有紀がカバーしてくれるでしょ。そっかーこの子が迅の彼女で有紀の妹の夏芽ちゃんかー。やー、ホントまだ中学生って感じでかわいいー」

「あぁ、夏芽、紹介が遅れて申し訳ない。この人は彩莉 いろは。3学期に転校してきたクラスメイトだ」

「もう迅にとって、私はそれだけの存在なの? 小中とずっと仲良くしてたのにー、クラスメイトであり親友、そしてでしょ?」

「いろいろツッコミたいところはあるけど、いろはは友だちだよ、夏芽、信じて欲しい」


 『ちょっと、夏芽ちゃんと2人にしてほしいな』と彩莉さんは言った。


「夏芽、けっこう体調わるそうだから、あんま変なこと言うなよー。オレあそこのコンビニでお茶、夏芽の分だけ買ってくるから」


 迅くんはそれだけ言ってコンビニに入っていった。それを彩莉さんは見届けてから、すごく嫌らしい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「私さ、東京にいた頃、迅から好かれてたし、告白もされたんだ。確実に、今も迅のなかに私はいる。でも、夏芽ちゃんは?」

「……白はわたしからです。あと、初めてのキスもだし、ほとんど色恋絡みはわたしからです」

「そう。だとしたら、夏芽ちゃんじゃ迅を幸せにできないよ。迅は尽くしたいタイプだから」

「……、っつ! センパイと迅くんが過去にどういう関係だったかは知りませんし、興味ないです!! でも、わたしも迅くんも今は幸せです!!」

「今は幸せかもしれないよ。でも、付き合いが深くなるにつれて……、そうだね、高校を卒業して、その後も付き合って結婚したとしよっか。たぶんというか確実に、私ならその間にも肉体関係を迫られると思うんだ。肉体関係、求められるってわかる? 恋人関係にあるうちは、すごく幸せな行為だよ。でも、数ヶ月付き合ってるけど、夏芽ちゃんは求められていないと思うんだ。そのお子様体型、ごめん、まだお子様だから、きっと、迅はだからとか言って、きっと、求めてこないよ。だから、夏芽ちゃんじゃ迅の期待には答えられない。悪いことは言わない、迅と別れよう、これは夏芽ちゃんの今後の為でもあるんだよ」

「……」

「泣きたいの? それじゃ、泣こっか。そのみっともない姿を迅に見てもらおっか。そのまま別れ話切り出してもらおう」


 迅くんが戻ってくるのを見図っていたかのように、嫌らしい顔からスマイル全開のいい子ぶっている彩莉センパイにもどった。


 ――きっと、この人は迅くんのことが好きなんだろう、だったら、わたしにできることは、これしかない


「夏芽大丈夫?」

「うん」


「そ、じゃ、またね、迅に夏芽ちゃん」

「……彩莉センパイ、あなたは迅くんが好きなんですか!!」

「そうだね、今は好きというよりもらってるかな。でも、きっとこの感情は好きになる」


 迅くんはそれには答えず、『夏芽行こっか』と言った。手を繋いで歩いているからか、迅くんが何かに動揺しているのがわかる。でも、どうして、さっき、彩莉さんに『ごめん、その気持ちには応えられない』と言わなかったんだろう。それ以上に、繋いでいる手が痛い。もうそろそろマンションなのだが……。


「っ、痛い」

「あっ、ごめん、力強かった?」

「……うん」

「家戻れる?」


 『あれ? カギがない』


 わたしは少しでも迅くんと一緒にいたくて、ウソをついた。


「カギがないかー、ちょっと待って」


 『もしもし、有紀? うん、いま、バイト中だけど、ちょっと色々あって、夏芽をマンションの下まで送って来たんだ。で、夏芽がカギがないっていうから、悪いけど、オートロック開けてくれない? ……そうなの? エントランスの電話かけたらいいの、了解』


 迅くんはわたしと一緒にいたいと思わないのだろうか? そして、いつの間に、お姉ちゃんと仲良くなったの? さらに、どうしてわたしと同様に名前呼びなの? わたしだけがどうして特別じゃないの? 

 

 どうして……どうして……


 エントランスの電話と部屋番号を押して、『迅だ、夏芽の為にオートロック開けてー』と言っていた。


 そして、オートロックが開いた。わたしはここで、もっと、積極的にいかないとこのままだと、迅くんに捨てられると思った。


「部屋までとは言わないけど、エレベーターまで来て」

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