に。

私は、現世ではOLだった。

自分で言うのもどうかとは思うけど美容には人一倍気を使い、休日のほとんどが自分を高める日に当てていた。

そして、男ともたくさん会ってきたわ。


会社でも私は部下の成長のため、私の進めるはずだった企画をわざわざ託したり、指示をしてあげたりと忙しい日々を送ってきた。


そんなある日。

私は悲劇に見舞われた。


次の男に会うために交差点を渡ろうとした時。

居眠り運転の車にはねられた。


遠くから叫び声が聞こえる…だけど…目を開けることができなかった…


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


私は、眩い光を感じて目を開けた…

目をこすり周りを見ると、地面には魔法陣のような物が描かれており、その縁の周りに真っ黒なマントを羽織った男たちが立っていた。

私は魔法陣の真ん中に倒れていたようだった。


周りのマントを羽織った男たちは歓喜の雄たけびをあげ、たいそう喜んでいるようだった。

私は、あたりを見渡した。

私の真正面に目を向けた時、

男たちのその後ろに端正な顔立ちの男がいるのが見えた。

男は座っていた椅子から立ち上がるとこちらへまっすぐに進んでくる。

真っ黒なマントの男たちは、怖ず怖ずと道を開けた。


「怖い思いをさせて申し訳ない…バスクヴァラミューダ王国へようこそ。私は王国の王子。エリューだ。」


私は、王子の顔をみて息を呑んだ。

真っ白な肌に金の絹糸のような髪…目鼻立ちははっきりしており、いかにも西洋の美男子といった印象だった。

体つきも西洋の服のせいもあるかもしれないが、がっしりとしており、いつまででも見とれてしまう容姿だった。


「大変驚いただろう。さぁ。手を。立ち上がれますかな?」


私は、王子を見つめながらコクリと頷いた。


その日からの生活は一変した。


OL時代では考えつかないほどの額を自分へ投資出来たり、うら若き男達と一緒に過ごすことが出来たり…


そしてなんと言っても端正な顔立ちが毎日私の側にいる…


至極とはこの事ね…


私は、毎日のように私欲に溺れていった。

まぁ。この世界での私の立場は「巫女」と言って大変大事にされるようだから。

私は欲を満たす権利がある。当然よね。

そして、呼ばれたら浄化。治癒。

まぁ。私には才能があったのよ。


そんな風に過ごしていたある日。

世界に平和が訪れてしまった…


初めこそはもてはやされていたけど。

今では、浄化も治癒も必要なくなってしまった。

新薬だか何だか知らないけど。

王子がひそかに力を入れていた新薬開発が成功したんですって…

私は、それを聞いた瞬間。

頭に血が上り、グラグラと揺れるような気持ちだったわ。

そんなものできてしまったら。私の見せ場がないじゃないのよ…

来たはじめになんか薬がどうとか、一緒にどうとか言ってたけど…

ふざけんじゃないわよ…


私は、時を見て潰すことに決めた。

私が注目されている分にはいいのよ。

でも。許せないわ。


私は、王子が薬品開発のため、出張する日を事前に入手した。


王子が旅立つ前日、王子が私に5本の鍵を託した。


「すまない。キミにはさみしい思いをさせてしまうかもしれない…だから。キミにとっておきの部屋を用意したんだ。さみしくなったり、不安になった時に使ってくれ。でも、「5」と書かれた鍵。これは開けないでいてくれ。大事な部屋なんだ…」


私は、説明を聞いたあと笑顔で頷き続けた。


「…「5」の部屋は絶対に開けないわ…」


王子は、その夜。

長い長い旅に出た。


初めの一週間は、適当に過ごした。

だが、日が経つにつれて私は鍵を使うことにした。

1日目。

「1」の鍵を使った。

そこにはたくさんの布や宝石が積まれていた。

私は早速仕立て屋を呼んできらびやかなドレスを仕上げた。


2日目。

「2」の鍵を使った。

そこには大きな大浴場とサウナのような部屋やドリンクカウンターまでついたおしゃれな浴場だった。

内装もおしゃれな中世のお城のような場所だった。

いつも使っているお風呂も豪勢な作りをしていたが…

私は早速、身体を清めてくれるメイドと最近気に入っている男を迎え入れた…


3日目。

「3」の鍵を使った。

そこにはたくさんの花や小瓶が並び、今までに嗅いだことのない贅沢な匂いが充満していた。

私はすぐに調香師を呼び、私のためだけの世界一素敵な香水を作らせた。


4日目。

「4」の鍵を使った。

そこには、見たこともない贅沢な食材で作られた料理が並び、見たこともないごちそうが並んでいた。

机の端から端まで見渡すのに幾分か時間がかかった。

食卓につき、私は好きな物を好きなだけ食べた。

もちろん。甘いデザートは別腹で…


5日目。

私は、「5」と書かれた鍵をみつめていた。

「5」と書かれた鍵のかかった部屋は白の一番端にある。

大事な部屋と言っていたけど…何があるのかしら。

…もしかして薬の部屋…?

でも、なんでそんな物を私に?

…いや。まって。

今までの鍵を使って入った部屋には何かしらの贅沢品が入っていたわ。

もしかして。最後の部屋にはさらにすごい物があるのかしら…


だとしたら。見てみたいじゃない…


それに…鍵なんてかけてしまえばわかりっこない。

しかも。私はこの世界では「巫女」と呼ばれて崇め奉られる存在。


私に何かあってもこの世界で得た力で何とか出来る。


…決行は夜。

皆が寝静まったころ…


私は、どの鍵も使わず自室で過ごし、夜になるのを待った。


私は、部屋にあった持ち運び出来るろうそくに明かりを灯し、薄暗い廊下を静かに進んだ。

夜の月明かりが城の廊下に光を灯す。


ひたすら歩き、扉の前に止まった。


いつもの鍵付きの扉とは打って変わって何とも重厚感のある扉が目の前に見えた。

鍵穴には「5」と記されている。


私は、鍵穴に鍵を差し…ゆっくりと回した。

そして、私は戸を押した。

ギッギギギギギ…ゆっくりと音がする。

なんとも鈍い音が響く…


扉が開いた瞬間。

なんとも生臭い言葉にしがたい臭いが充満していた…


私は鼻を押さえながらろうそくの明かりを部屋へ向けた…

いつもの部屋とは違い、私のマンションの一部屋分の空間に何か張り紙がしてあるのが目に入った。

私は近くで見るために部屋へ入り、張り紙へ近づいた。

足元からは水が滴っているようなぴちゃんぴちゃんという音が響く。

石造りの壁と床はかなり冷えた。

私は張り紙を見ながらそこに書いてある文字を読んだ。


「アレン…マキュリー…ジン…

  ……この名前って……」


わたしのお気に入りた…ち…


なんでこんなところに…名前が…


私は、誰かの視線に気づいた。

誰かに見られている…真横から…感じる…


私は恐る恐るろうそくをその目線の先に向けた。


そこには見る陰もない形で体をつるされたお気に入り達の姿があった…

顔は体の前に置かれ、体は宙吊りに吊るされていた。


私は小さな悲鳴を上げることしかできず、驚いた拍子にろうそくを落としてしまった。

ろうそくが床を照らした時、私が見たのは、赤黒く染まった床だった…

赤黒く染まった床にろうそくが落ちた時。

火は消えてしまった…

私は後退りしながらも目を背けることができなかった。

後退りしていくうちに壁にぶつかる。


カランカランと音を立てて落ちてきた物が仄かな月明かりに照らされる。


…拷問器具…


私は、一瞬で自分の身に起きるであろうことが想像できた。


…まって。待って…

私は「巫女」よ。

無残な姿になってしまった男達を生き返らせる事だって容易いはずよ!

そして何があったのか聞き出せば!

私は逃げ出すことが出来るはず!!

そうよ!そうよ!


私は、ゆっくりと手をかざしながら近づき、いつも通り呪文を唱えた。


だが、一向に光りもしないし、浄化もされない。

この淀んだ空気に似た状態を浄化したことも生き返らせたこともある!

なのに…なぜ!?

出来ない!出来ない!出来ない!出来ない!!でぎなぁぁあぁあいぃいぃい!!!


私は、息を切らしながら頭を垂れた。

…駄目だ…早くしないと朝になる!

早く…はや…く…


「…何をしているんだい?」


優しい声が室内に響く。

私は、声の方にゆっくりと向き、目を見開いた。

私はかすれた声でやっと聞こえるかどうかの声で話をした。


「…王子…様…?」


王子はニコリと微笑んだ後悲しげな顔になったかと思うと、私の方へ近づいてきた。


「…おや…悲しいな…「5」の扉を開けてしまったんだね…」


そういいながら近づいてくる王子に私は何もすることができなかった。

私の目の前に来た王子は、優しく私の頬を撫でた。


「…君が「巫女」の禁忌を犯していた事は知っていた。だから今、力が使えていないだろう。君には説明をしていたはずだったんだが…残念だ。」


王子は、私を優しく抱きしめる。


「ごめんね。嫉妬に狂ったとは言え…ここまでする必要はなかったよね…」


「王子…様…」


私は震える手を王子の体に回した。


その時。

バキッ…体内から何か折れる音が響いた。


「かわいいこ。僕の腕の中でお眠り…」


優しい声とは裏腹に王子の力が強くなっていく。

体に力が入らないどころではない。

王子の力に圧迫され、叫ぶ事も許されなかった。


全身の砕ける音と共に私は気を失った。



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


私は、また眩い光と共に目が覚めた。


怖い夢を見ていた。


皆慌ただしく働いている。


…日常に戻ったのだ…

私は急に肩を叩かれ飛び起きた。


「…ちょっと社長室へ。」


複雑な顔をした課長が私を呼ぶ。

まぁ。現世の私はだいぶ、この会社に貢献してきたんだから

昇進の話もなきゃおかしいわ。


社長室へ入って第一声。

聞いた言葉に私は耳を疑った。


「君には、自主的に退職していただきたい。

この時代に古いコンプラを出されてしまってはこちらも…はっきり言って迷惑なんだ。」


私は、固まった。


「…はい?おっしゃる意味が…」


私が最後まで言うのをまたずに社長は、大きな声で続けた。


「…正直君は選ぶ立場じゃない。有給はほぼ残っていないからすぐにでも辞表を出しなさい。君のおもりはできない。」


私は、社長へ食ってかかる勢いで詰め寄ろうとしたが…

課長と部長に取り押さえられた。

その後も何を言ったかはわからない。

気づいたら警察のお世話になっていた。


もうだめね。

また。はねられたらあっちの世界に行けるかしら……


お城の秘密の扉の鍵。

あなたがそれをえたのなら。

あなたが今の自分をはるかに超える巨万の富を得たなら。

自由を得たなら…


あなたは元に戻れますか?

元の世界に、帰ることが出来ますか…?


に。

        "転生帰還"


                終わり。


―――――――――――――――――――

解説

今回は、ペローの童話「青髭」をモチーフにしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪記  @wataru-kaiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ