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    面白かったです……!鋭く深い素晴らしい考察だと思います!
    人間同士で殺し合うようになったのは、農業技術の発達で採集生活から穀物を保管可能になり、食物(=財産)を所有できるようになった時代からという話を読んだことがあります。個々に財産を持てることで富が偏在化した結果、相手を殺してでも奪い合う社会環境が生まれた、という。
    人間に「退化」というペナルティでもあれば良いのですよね。このままだと全員ゴリラになるとか。いいなあ〜。

    作者からの返信

    aoiaoi様!

    わわっ!?沢山お読み頂き、本当に恐縮です!嬉しい限りでございますっ!🦍!

    人間が大いに殺し合うようになったのはいつ頃か?これには諸説あるようですね。
    そもそも人類が一種しか存在しないのは、ホモ・サピエンスが他種を全滅させたから、という説がありますが、その説は人類がごく初期から戦争上手だったことを示す可能性もありますね。
    そして仰るとおり、農耕後に、より大規模な戦争が引き起こされるようになった説。本来、蓄財は分配可能性を高め得るものなのに、独占のスイッチが入っちゃうのが人間のヤバいところですね!
    狩猟採集時代も、間引きは積極的に行われていた説。集団の足を引っ張りかねない存在は、子供でも老人でも容赦ない。この残酷なまでの排除と集団保持の合理性は、対外戦争のメカニズムとも合致するようにも思われたり。

    考えれば考えるほどに、ヤバい種族すぎるホモ・サピエンス!
    ゴリラになりたいですっ!!
    (ネアンデルタールは、肉体的にも知能的にもホモ・サピエンスよりも優れていた。しかし、大きな脳髄を支えるための肉体的機構が邪魔をし、発話機能が比較的劣っていた。これが集団戦の帰趨に影響し、彼らはホモ・サピエンスに滅ぼされた、という説があるようです。ゴリラもその温厚な性格ゆえに、ホモ・サピエンスのような苛烈な進化の道を辿らなかった、という見方が出来て面白そうです!)


    様々なインスピレーションをお与え頂けるお言葉!誠に感謝でございますっ!!
    本当に本当にありがとうございましたっ!🦍!!!

    呪文堂 拝

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  • 第6話 戦争のメカニズムへの応援コメント

    ゴリラになりてえなああ…………ゴリラぐらいが一番平和でそれなりに楽しい。絶対。(現実逃避´д` ;笑)

    作者からの返信

    aoiaoi様っ!

    た、確かに…!!
    ゴリラ、めっちゃ強いのに温厚なんですよね。
    パンダもそうですが、笹を食べる動物って基本平和主義だと思うんですよ。「他の連中と争いたくないんだ。だから、皆が食べなくても俺は食べるよ?」ってスタンスで歩んできたんでしょうね。

    ゴリラにはなれずとも、ゴリラ的な生き方は出来るのかも知れない、深くそう思いました。ご教授っ!ありがとうございますっ!!🦍!

    呪文堂 拝

    編集済
  • わかる……わかります!!
    私も子供たちが小さい頃はママ友のおしゃべりの輪に本当に入れぬ人間でした。輪の外で彼女たちの話に聞き耳を立てると、「昨日焼肉のタレがシャツについちゃってさー笑」「え、マジー?ついちゃうと落ちないよねー笑」……焼肉のたれを他人との会話のネタにする勇気は私にはない……!!という驚愕と青ざめ´д` ;でもそういう他愛無いやりとりこそが人同士の絆を育てる……まさに極意ですよね💦(笑)

    作者からの返信

    aoiaoi様!

    ありがとうございますっ!
    aoiaoi様も入ることが出来ないタイプですね?

    「…焼肉のタレ?つまり、布に油が付着した場合の対処法についての話か?それとも、焼肉のタレという言葉に何らかのメタファーが?…家族団欒?いや、一人焼肉という言葉もあるが…」なんて必死に考えていると、話題は既にすっ飛んでいたりしますよね!

    他愛無いやりとりこそが、人同士の絆を育てる

    名言ですっ!
    他愛ないとは何だろう?などと考え込む前に人と人の中に飛び込まねばなりませんね!

    お言葉、ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • 世間話、なにげに高いコミュニケーションスキルかもしれませんね。ざっくり、男性よりも女性の方がしゃべるのは好きなので、女性としては普通のことが男性には難しかったりしますしね。でも私も人数が多いのは苦手です。人が多かったら結局そばの人としかしゃべっていませんし・・・^^飲み会が楽しいと思える人数は4人までで、それ以上なら行かない方がいいという説もあるようです。私も2~4人ぐらいがちょうど良いです。人が多いとコミュニケーションも薄まってしまいますね。狭くて濃い方が好きですよ💛

    作者からの返信

    神原 遊 様!

    沢山お読み頂き、天にも昇る心地ですっ♡ ありがとうございます!

    対話は出来ても世間話は無理。話せても、おしゃべりができない。僕にとっては『4人』はかなりハードル高めですが、でも狭くて濃いほうが良いというのは全く同意です!
    表層だけのお話って、なんだか疲れちゃうんですよね。
    カクヨムの皆様は、大人数よりも密度高い系のコミニケーションを好む方が多い印象があります。そもそも読書って、本と一対一で向き合うものですから、読書好きな方は狭く濃密な関係を好むのかもしれませんね!

    狭く濃密な関係。…いい。

    い、いや、そうじゃなくてっ

    僕も神原さまの飲み会に混ぜて欲しいです!(でも、緊張しちゃって何も話せないかも知れませんっ)

    沢山のお言葉を頂戴し、本当に感謝感激ですっ
    ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • 第4話 大絶滅展への応援コメント

    上野の科学博物館、よいですね!1回だけ行ったことがあります。上野は美術館や博物館、動物園など見どころがたくさん過ぎて、ゆっくり何日も過ごしてみたい場所のひとつです♬

    地球の歴史、きちんと学んだことがなかったのですが長いんですね~!数百万年とか億年とか、もうイメージがわかりません^^ イエス様の2000年前ってつい最近って感じになっちゃいますね笑

    文明が発達して、何度も滅びている説あるみたいですし、人類が多少やらかしちゃっても地球は丈夫なんですね。生命も・・・!壮大な事実を教えていただきありがとうございます✨

    作者からの返信

    神原 遊 様!

    ありがとうございます!
    上野科学博物館、いらっしゃったことがあるんですね!
    上野は美術館や博物館、それに動物園もあるから僕も大好きなんです!ふらふら歩いているだけでも、なんかいいかんじなんですよね。アメ横で食べ歩きなんかも楽しいです!
    (そうそう、動物園といえば、旭山動物園も良かったですねえ!)

    地球の歴史、長いんですよねえ。
    ひょっとしたら四十万年くらい前に人類は一度頂点に達し、そして文明が崩壊し、またやり直して現代に至った。そんなことがあったとしても、生命史の長い歴史からするとごく瞬間的なものなんで見逃しちゃってる、というわけですね?
    なるほど、想像すると面白いですね!

    キリストさんの生誕も、地球生命史からすれば『今』の範疇に入りそうですよね。そのような視点を持つことも、時に必要な気がしました!

    お読み頂き嬉しいですっ!
    誠に誠にありがとうございますっ!!

    呪文堂 拝

  • 呪文堂さま。すごいですね。
    戦争のメカニズムについて、お考えになってること、凄すぎます。
    『免疫系システム』と捉えると私でも、理解しやすいと、少しは思いました。
    私は自己免疫疾患の持病があるのですが、戦争は人が理性を失って、狂った結果ではなく、社会の免疫不全が末期まで進んでしまった結果だと感じました。

    健康(戦争をしない)のため、体を鍛えても、栄養摂取しても、起こるべくして起こるもの。薬で抑えても、かえって、免疫系が暴走することもあるということ。
    戦争が起きないためには、人智を超えた存在が必要ではないかと思えてきました。

    深い洞察力、想像力、理路整然とした呪文堂さまのお考えに圧倒されています。
    勉強になりました。無料で拝読していいのかしら?ってなります。
    ありがとうございました♪

    作者からの返信

    星都ハナス様!

    ありがとうございます!

    お忙しいところ、こんな七面倒な文章をお読み頂き、しかもお言葉までお寄せ頂き、え、あの、お支払いしないでホントにいいのですか?とビクビクしちゃいますっ 感謝感激ですっ

    この論、全くの不完全で、まだまだ練られておりません。むしろ物語として語らねばならないものなのですが、腕がないのでこんな無骨なものになってしまいました。面目ないです。

    自己免疫疾患ですか、ごめんなさい!知識もないのに変なことを書いてしまっていたら申し訳ございませんっ
    ハナスさんの仰るとおり、僕もこの世界全体を一つの機構として捉えてみたい、そのように考えているんです。そのため、免疫系システムという発想が出てきたのかもしれません。

    人智を超えた存在、そうですね、そのような捉え方でも全く不都合ございません。僕はそれを現象と捉えているだけのことであって、本質は同じなのかもしれないですし。
    もしもそれを神と呼ぶなら、僕らも神の一部にして神自身なのだろうと。(この考え方は、どちらかといえば神道などの東洋思想的ですかね?)

    理路整然としてないんですっ
    頭の中は渾沌で雑然ですっ
    頑張ってカッチリした神話を構築したくっ(カッチリした神話は、ダメですかね?)

    お言葉、本当にありがとうございますっ こんな文章書いていていいのだろうか?と毎度毎度思うのですが、ハナス様のお言葉で救われますっ
    ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

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  • 編集済

    大変興味深く拝読いたしました。疑問点が幾つかありましたので書かせてくださいm(_ _)m

    >『辺境』は営利国家の中央集権的支配からも解放されています。
    とありますが、うーん、そうでしょうか。逆に営利国家の中央集権的支配を邪魔する恐れがあるものとして「自治区」等の名前で「国家」から強力に支配されている辺境地域も世界ではありますよね。実際に反乱や暴動も各地で起きていますから、『辺境』に住む方々が幸せを感じられる環境(呪文堂さんが言及されていた条件等)かどうか(営利国家がどこまで『辺境』を尊重できるか)が要になるかもしれませんね。技術が発展し、低コストで『辺境』を管理できるようになったら危険かもしれません。

    私個人は、戦争は外的要因というよりも内的…社会よりも人の心にあるものだと思っています。呪文堂さんも書かれていますが、
    「富の極端な偏在は構造的に生じ難くなる」ことを万人が望むことはあり得るでしょうか。社会主義でも資本主義でも、既得権益層がそれを「みんなの幸せのために手放したい」と思うでしょうか。難しいでしょうが、もし手放すとしたら果たしてどんな条件でしょうね。
    また、「努力や才能で沢山稼ぎたい・それらが低い者より多くの報酬がないと不満」というのは自然な思考であり、これ自体は悪ではないですよね。日本では相続税や所得税・法人税が高い為、シンガポール等に移住する富裕層が多いのも現状仕方ないかな、と。どこまでの「差」であれば全員が納得できるのか…これは難しい問題です。逆にあまり管理され過ぎると、呪文堂さんが仰るように「自律性」を失くすように思います。資本主義と社会主義をどのように混合させるのか、又は別の概念を作るのか…。

    でもね、私、呪文堂さんのおかげですごく割り切れたんです。今は「戦争で亡くなることは天災で亡くなるように仕方ないこと」と思うようになりました。「大絶滅展」からの流れの中で、人間も自然の一部に過ぎないなと腹落ちしたんです。子供がいる身としても不安があったので、とても感謝しております。長々と失礼いたしました。

    ※疑問点にご丁寧にお答え頂きまして、感謝いたします。「戦争のない世界をつくれるか」という思考実験自体が意義のあるものと思います。大変難しい試みに正面から向き合う呪文堂さんを改めてすごい…と思いました。

    作者からの返信

    葵 春香様!

    ありがとうございます!しっかりと読み込んで頂き、疑問点まで挙げて頂き!もう!嬉しい限りですっ!

    せっかくのご指摘ですので、一つ一つ検討させて下さい!

    1.辺境の支配に関して
    そうですよね、国家による支配が辺境に及ぶケースは充分に考えられると思います。現代の延長にある世界ですね。そこでは、辺境は国家の管理下にあり、インフラも管理されています。現代社会同様、インフラの共有は難しい状況といえそうです。

    僕が考えた世界は、もっと極端なものでした。辺境は価値を見出されずに捨てられ、辺境民は社会からスポイルされた存在。社会を構成するのが非常に困難な状況下にある辺境民は、簡単に死滅する存在です。一方の都市においては、人間すらインフラの一部となっています。冷徹な経済合理性のみで運営される世界、なかなかのデストピアであろうと。
    (「面」での支配は、コストに見合わないと考えられがちです。占領政策は経済的にペイしないことが湾岸戦争以降明確になったはずなのに、プーチンがウクライナに侵攻したんで、専門家はみなびっくりしちゃったんですね。ウクライナ以降、経済合理性とかけ離れた事柄が、あちこちで起こってます。これも興味深い事象ですね。)

    2.戦争は外的要因か、内的要因か?
    ええ、仰るとおりです。端的に言うと『人間の未熟さ』が、戦争の要因だと思います。自身の未熟さを認められないが故に、外に敵を作る。

    他者よりも優れたい、優れた存在と認知されたいという欲求も、内面の弱さの発露といえるだろうと。自信があれば他者と比較する必要はなく、比較されても平然といられます。評価を待つまでもなく、動けばよい。
    そして自信がないから、手放すことができない。成功者の子孫、年老いた成功者は、みなこれですね。

    しかし。合理的に考えれば、寡占が危険であることがわかるはずです。変化への適用能力は相対的に下がり、イノベーションも生じ難くなる。人間は一人では生きられない社会性の動物であることを理解しているなら、寡占を避け、可能な限りwinwinを目指すのが最適解なのです。
    しかし、それができずに囲い込んでしまうのは、仰るとおりに精神的未熟が原因なのだと思います。

    3.富の公平な分配を万人が望むか?
    残念ながら、望まないでしょう。人間にとって最も重要なのは『足ることを知る』だと思いますが、仰るとおり、万人がそれを受け入れることは恐らく無いでしょう。
    故に、人類は常々滅びの縁を進み続けていくのだと思います。(トランプ氏のお陰で、『絶滅時計』の針がかなり進んだのだとか?)
    でも、そもそも人類って、そういう種族なのかもしれませんよね。
    絶滅しそうなくらいに不安定で振り幅が大きいからこそ、進化速度もまた速い。

    これ、非常に重要な点だと思うのです。本編では書きませんでしたが、全人類が成熟するなんて、おそらくあり得ない。社会の有り様が変化し、戦争が用いられなくなることはあり得ても、人類が自らそれを手放すことは、おそらくあり得ない。

    そうなんです、葵さんが仰るとおり、僕も書いていて気づいてしまったんです。人類は、自ら免疫系システムを書き換えることは不可能だろうと。(人間には自由意志などなく、相関の作用として行動しているに過ぎない、という論にも合致しますね。)

    戦争は人間に組み込まれた行動様式であり、仰るとおり『自然』な行為なのかもしれません。我々は『人為的』だと思っていますが、戦争は『天災』に近いものなのかもしれません。

    でも。
    僕はすっかり諦めた訳じゃないんです。確かに人間は戦争を手放せない。AIを手放すことも出来ないでしょう。それが滅びの道へとひた走るものだったとしても。
    でも、人間は振り幅の大きな生き物なのです。そのような力を与えられた生命です。滅びそうになればなるほど、ひょっとしたら大きく飛躍する。目前に広がる絶望的な未来像は、人間をまた大きく進化させるのかもしれません。それは、人間ではなく相関により定められるのかもしれませんが。
    人間も自然の一部です。生と死とは表裏です。滅びの縁を進むのは、同時に卓越した生の力を宿しているからといえるのかもしれません。
    『生きねば』、ですね!

    非常に楽しませて頂きました!本当に本当に、ありがとうございましたっ!!感謝ですっ!!

    呪文堂 拝


    ※まで頂戴し、こちらこそ感謝でございますっ!!
    『自由意志は無い、故に意志に基づき変えることはできない』としても、僕らは考えることができます。おそらくその思考は、事後的ではあっても、相関になんらかの影響を及ぼすことがあり得るのではないか?というのが僕の考え方なのです。(『握りたい…』で展開した『フィールドバック機能』というやつです!)あ、いや、与太話なんですが。
    でも、考えるって楽しいですからね!
    お言葉、誠にありがとうございましたっ!感謝ですっ!

    編集済
  • 僕などは感情的になってしまうきらいがあるので、この冷静で客観的な論説にただただ頷くばかりでした。まず免疫の7つの要件を満たすための成熟した考え方を育てることが大事ですね。相互扶助よりも対立、排除の感情がとっつきやすいのがすごく厄介です。明治になるときの日本人への脱皮が、最後に書かれた宇宙を目指す地球人への脱皮に繋がるように見えました。できれば宇宙まで進出しなくても『自らを律する主体』を地球上で実現できればいいのですが。それにしてもここまで明確に言語化されるのが本当に素晴らしいです。今回も考えさせられるお話、ありがとうございます。

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございますっ!このような面倒くさいお話にお付き合いを頂きまして、本当に恐縮ですっ しかも、僕が書きたかったこと、『地球人への脱皮』を汲み取って頂き、本当に嬉しい限りです!

    宇宙開拓史の未来予想を書いてしまうと、たぶん俄然楽しくなってしまって、荒唐無稽な明るいお話で幕を閉じちゃったかもしれませんっ その意味では、自重して良かったのかもしれないですっ

    僕は柊さんのように素晴らしい物語を紡ぐことができないので、粗雑ながらも論考を積み上げるような文章を書いていくしかありません。今回の文章も粗々なんで、もっと現実を見つめ直して解析度を上げていかねばと思う次第です。

    お言葉、本当に嬉しいです。万の星より、ありがたく。

    遅くてノロマでナマケモノではありますが、柊さんの背中を見ながら走りたいです!
    本当にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝


  • 編集済

    第6話 戦争のメカニズムへの応援コメント

    本年も宜しくお願いいたします。
    すみません、日本酒とお節を頂いたあとなので酔いが残っておりますが…私もこの難題から逃げずにコメントしてみようと思います。

    拝読していて破壊と再生という意味においては、戦争は必要悪なのかもしれないと思ってしまいました。社会主義にしろ資本主義にしろ、富の偏りは生じますものね。出来上がった社会において、その構造を変えるのはなかなか難しいと思います。
    前回の「大絶滅展」の考察をもとに考えると、戦争って本当にダメなのか…分からなくなります。同胞間の殺し合いって他の動物でも結構行われていますよね。だから、それがダメだとするなら、「倫理的にダメ」であり、生物学的には仕方ないような気もいたします。人間も所詮は哺乳類ですし。人間が驕るほど、賢くもないのでしょうね。『免疫系システム』であれば尚更仕方ないのかも。
    とか言って、アクション映画の銃撃シーンすら早送りする私がいうのも説得力ないですし、戦争には怒りと悲しみの感情が湧きますし、起きない道があれば知りたいです。
    他の形に変換させる方法があるのか…続きもお待ちしております。

    作者からの返信

    葵 春香 様!

    ありがとうございますっ!
    さ、流石ですっ おっしゃるとおり、本稿は『大絶滅展』からの流れで書いてしまったものでしてっ 間に忘年会の話なんか挿し込んで、少し和らげてみようと企みましたが葵様にはお見通しでした!

    …仰るとおり、メタ的視点で眺めてしまうと、戦争が寧ろ人間の文明を更新してきた側面はあるように思えてしまうのですね。戦争を止めるには、倫理的主張を続けるだけではだめなんじゃないかと。
    戦争の機能を認めつつ『しかしそれは既に時代遅れな機構に過ぎない』といった論を張っていく必要があるのでは?なーんて考えているのですが筆が進みませんっ!難しい問いを立てちゃったなあ〜とお正月早々に後悔してますっ

    (あ、リンちゃんスミマセン!あっちも厄介な仮説を展開しちゃったので非常に困ってますっ!)

    しかし。ずたぼろになりながらも進むのが信条なので、頑張ってみますっ!

    お言葉!本当にありがとうございましたっ!日本酒とお節、いいですね、なんとも艶めかしいですっ!

    呪文堂 拝

    編集済

  • 編集済

    第6話 戦争のメカニズムへの応援コメント

    資本主義の強者が強くなりすぎて膿んでしまうと、相反しているはずの共産主義もびっくりな独裁体制の国になってしまうのはA国を見ればよく分かります。資本の強者が国家権力と結びつくお手本のようです。そうなると三権分立も機能せず、マスコミも乗っ取られ、お金の力で全部黙らせるという。自浄機能が働きません。内部の不満を外のせいにして逃がそうというパターンも、自浄機能がないためですね。そういえば内閣の支持率であり得ないほど高い数字が出てくる国も予備軍として十分の資格があります。
    戦争が富の偏在を抜本的に解消させる装置、というのは、いわゆる戦勝国でもそうなのでしょうか。逆に肥え太ることにはならないでしょうか。戦争を続ければ続けるほど儲かる武器屋のような資本家にとって、とにかくどこかで戦争をやらせることが目的になっているような気もします。
    とても考えさせられます。次回も楽しみにお待ちしています。

    追記
    返信をありがとうございます!景気が悪化すると戦争、というイメージが強かったのですが、一般的な資本家にとってはお金の循環を壊されることに他なりませんね。素人の質問にも丁寧に答えて下さって恐縮です。ありがとうございます!

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございます!
    戦勝国についての言及、ありがとうございます!例えば第二次世界大戦後、戦勝国イギリスは没落していき、その後『英国病』という経済停滞を招きました。戦後のアメリカは、過剰生産などを原因とする景気後退がありました。しかし、自国が戦地とならずインフラが破壊されなかったため、欧州の戦後復興に携わることができ、経済成長を維持できました。ただ、これは「戦争に勝利したことによる利得」といえるのかどうかは、難しいところではないかと思います。むしろ戦争による破壊が生み出した経済的ニッチに、うまく介入できたことによる利得のように思えます。その意味で、戦争は人間社会のスクラップ・アンド・ビルドの破壊部分を担っている、という見方ができてしまいそうです。

    もっとも、これは意図的にできることでもなく、アメリカは朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争のすべてにおいて失敗しているように思えます。(もちろん、一部の軍事産業家は結果的に儲けていると思います。ただ、軍事産業は、国際情勢等の不確定要素が一般産業に比して非常に多く、費用対効果の計算も難しく、実際に儲けを出せるかどうか微妙であったりする分野のように思うのですが、どうなのでしょう?)

    少なくとも、通常の『資本家』にとっては、設備や金融を破壊してしまう戦争は困ったものだと思うのですね。経済は、お金が回ることで利得を生む仕組みですが、戦争はそれを分断してしまうからです。。

    次回は、戦争を起こさない仕組みを構築できるのか?ということを考えてみたいと思います!
    お言葉、誠にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • 第6話 戦争のメカニズムへの応援コメント

    戦争に関して深い洞察ですね。呪文堂さま、すごいですね。
    私も学生時代はなぜ戦争が無くならないのかと憤りを覚えました。
    仰る通り各国の主義が関係しているとも。
    しかし、イランイラク戦争から何かが変。911。
    アメリ◯。ウクライナとロシ◯。中◯と北◯◯。
    今の世界情勢を見ていると、国と国ではなく、上と下との争いなのではないかと。
    もっと闇は深い。戦争をしたがっている政◯が、機構があるのではないかと。
    続きがあるのですね。楽しみにしています♪

    作者からの返信

    星都ハナス様!

    有難うございます!
    そうですね、戦争の形態は様々に複雑化しており、その意味付けも多様だと思います。そして、発生してしまった戦争をうまく利用している者達は、数多くいるのだと思います。
    確実に言えることは、始まった戦争を恣意的に終わらすことができる者は存在しない、ということですね。

    この点を更に考えたとき、「ならばその『始まり』は、恣意的なのか?」という疑問が生じたわけです。

    次回、年明けになっちゃうかもしれませんが、ちゃんと解決策を書きたくっ!
    お忙しいところ、お言葉誠にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • こんばんは。
    忘年会とか飲み会って昭和世代は義務で行ってましたが、
    令和の今、半強制は会社のパワハラ感がありますね。
    行かなくていいなら行きたくないです。って、30年以上イベントもないですが。

    私はお酒を一滴も飲めないので、世間話を聞くのは楽しかったです。
    でも、関心ない話だと無視。やはり、スポーツと同じかな。
    センスと運動神経が関係してますね。
    キャッチボールがドッジボールにならないように神経使うの、疲れるし(笑)

    お疲れ様でございます。

    作者からの返信

    星都ハナス様!

    ありがとうございますっ!
    いや、組織としてコミニケーションを密にしたい、それが正解であることは理解できるんです。でも、苦手なんです、集団がダメなんですっ

    キャッチボールがドッチボール!?なんだか不穏ですね?
    僕はなんだかんだ言っても図太いところがあるみたいなんで、やられたら嬉々としてやり返しちゃいそうですが(阿呆でスミマセンっ)、繊細な方は本当に嫌なのかもしれませんよね。同調圧力は辞めるべきですね。

    ただ、「スポーツとしての世間話」を楽しんでみるのもいいのかな?なんて気持ちにもなりましたので、今度挑戦してみたいと思います!

    お忙しいところお言葉を頂戴し、誠にありがとうございますっ!感謝ですっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • 朝からなんだかほっこりしました。忘年会、お疲れ様です。

    『世間話』は、むしろスポーツに近い。重要なのはセンスと運動神経だ

    確かに、と思いました。職場でもそういうちょっとした雑談が業務の円滑に繋がることありますよね。
    私はそういう軽いのはわりと自分から話しかける方ですけど、一言二言の返答でも人柄が滲むようなこちらがホッとする返事をくれる方もいるし、佇まいだけで癒される人もいますよね。
    呪文堂さんはコメントの遣り取りでも気遣いが感じられるので、話す前にたくさん考えられるのでしょうね(*´-`)

    ただ、私も大勢の飲み会でする薄い会話みたいなのは苦手です。疲れちゃいますよね。

    作者からの返信

    葵 春香様!

    ありがとうございますっ!

    ―― 一言二言の返答でも人柄が滲むようなこちらがホッとする返事をくれる方もいるし、佇まいだけで癒される人もいます ――

    のわあっ!!
    これはまずいっ!苦手だの出来ないだの言っている場合ではないっ!なにがなんでも習得せねばっ!

    『スポーツに近い』とまで解析できましたので、対策は可能なはずです。センスは壊滅でも、運動力でカバーできるはず。そして頂いたヒント、「佇まい」ですね!雰囲気の醸成、誠意の見える化。

    今思ったのですが、まさに『競技』だと思えばいいんですよね!さあ、始まるぞ!ぬかるなよ!って思えば、世間話も楽しめるかもしれませんっ!
    来年の抱負としたいです!
    アドバイスを頂き、誠にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • ちょっと意外でした。じっくりと思考を煮詰めるタイプでありながら、こういう人が集まる場所でもさらりと世間話ができるタイプかなと勝手に想像していたので。詰まらなそうに見えるぐらい器用でない一面が垣間見えてなんだか嬉しかったです(笑)
    >人類にとって、真に重要なのは『対話』ではなく、『世間話』なのではあるまいか。
    これは真理かも。どうということのない世間話が人と人との間を軋ませない潤滑油になっているものですね。
    僕はいろいろ遅い人なので、機転や反射神経の良さが問われる上に批判や皮肉、小さな自己主張も入れなければならない大勢での世間話は苦手な方です。。

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございますっ!
    いやいや、人が集まるところは苦手です!しかも、お酒が入ってしまうと、脳のワガママな暴走を止めることができなくなるので『世間話』はまず不可能ですね。

    なんと!批判や皮肉も含まれていたのですかっ!しかも、『小さな』自己主張まで?…僕は鈍くてかつ主張がデカいんで、まったく気づきませんでしたよ…ありがとうございます、勉強になります!

    ホント、重要なのは『潤滑油』なのでしょうね。周囲に油を差して回りたいのに、水を差してばかりいるのではないかと反省です…
    批判、皮肉に小さな自己主張かあ。更にハードルが上がりますが、修練してみたいと思いますっ!

    ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • 第4話 大絶滅展への応援コメント

    人類誕生を宇宙年表で表したら、ほんとつい最近だと気付かされますね。

    仰る通り、人間の破壊力もたいしたことないのかもしれないですね。
    無力です。けれど生命力は強いのかもしれない。
    人類という儚い種に生まれ落ちたのだから、儚さを誇りたいとも思えました。
    数十年間、理知ある絶対的存在によって命を与えらたと信じてきたので
    人間の生きる意味を、存在する意義を求めたくなるのですが、
    「大絶滅展」で考え方が変わるかなと思いました。
    呪文堂さま、その機会をありがとうございました♪


    作者からの返信

    星都ハナス様!

    ありがとうございますっ!
    僕も『人間の生きる意味を、存在する意義を』求め続けております。

    たとえその問いが無意味だとしても、得た答えが瞬時に霧散したとしても、問い求めることが僕の生であると思うからです。

    人類は無力で儚い。それは僕自身に重なります。しかし、僕はこの生を満喫し、日々に美しさと愉しみを見出し続けているように感じるのです。(同時に愚かさと不甲斐なさにも苛まれ続けておりますが…)
    それで、良いのではないか?

    たとえ荒唐無稽であったとしても、自分のことを自分の言葉で語り、その物語を自らに宿すだけでも良いのではないか?
    その物語は自分とともに滅することになるでしょう。しかし、他の生命が、またその生命自身の言葉で語り続けていくのでしょう。…それで、良いのではないか?

    諦観ではなくて、むしろ全肯定できた気分なんです。

    ハナス様が見出す『大絶滅展』からの啓示、実に実に興味深いですっ!機会あれば是非、ご教授下さい!

    お忙しいところ、お言葉頂戴し誠に恐縮です!本当にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • 第4話 大絶滅展への応援コメント

    こんにちは。
    『大絶滅展』、行かれたのですね。子供達が小さい頃は国立科学博物館に行ったのですけれど、一人で上野に行くのは国立博物館や美術館ばかり……呪文堂さんのエッセイや物語は、自然科学に疎い私でも興味をそそられます。

    人間は「我々は食物連鎖のピラミッドの頂点だ」とか「弱肉強食だ」とか言っても、地球上で生き残るのは違うものなのですよね。
    「美しく仕舞って欲しい」という言葉、沁みました。

    作者からの返信

    葵 春香 様!


    ありがとうございますっ!
    国立博物館や美術館ですか!葵様が美術館で佇む姿、絵になります!素敵!
    僕はやっぱり科学館が好きなんです〜未だに『恐竜』だのにワクワクしちゃうんですよね!
    『大絶滅展』は、なんというのでしょう、諦観ではなく妙な楽観に至ったような感想を得まして。
    『大丈夫!僕らが滅んでも生命は確実に残り、そして進む!だから、くよくよしないで気持ちよく生きようっ!』なんて、能天気な気分に至れたんですね。

    生きるものが必ず死ぬように、種も必ず滅びる。でも、自分が死しても次の世代が人の世を拓くことを願うように、人類亡き後次の種に託しても良いのではないか?そんな楽天的な感想なのです。

    僕も偶には美術館を巡らねばなりません!ご指導願いますっ!お言葉頂戴し嬉しい限りですっ!!

    呪文堂 拝

  • 第4話 大絶滅展への応援コメント

    人類というざっくりとした単位で考えたら、地球の歴史に存在する生命のほんのひとかけらなんですよね。地球の寿命を少し縮めた悪いバクテリアみたいな存在としていつか消えて行くのかも知れません。そしてその絶滅の仕方は地球的にはなんともお粗末な自業自得になる可能性が高い……
    でも自分はそう簡単に滅びて欲しくないです。そのためには今度はミクロの視点で考え直し生き直さなきゃならないですね。それも早急に。地球を滅ぼすのは人類ではないかも知れないけど、人類を滅ぼすのは一部の人類によるウイルス的な思考であり、それに多くの人類が感染することによって引き起こされるのだと思います。
    今回も示唆に富んだお話、とても読み応えがありました。ありがとうございました!

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございます!
    いやすみません、変なことを書いちゃったかなぁと、些かオドオドしておりましたっ

    『生命』は強靭です。人間は全く非力かもしれません。残念ながら、人間が何をおっぱじめようと、地球は痛くも痒くもないのでしょう。僕ら個々人が、砂浜に於ける一粒の砂のごとくに、人類もまた、地球においては一粒の砂に過ぎない。有っても無くても、特に変わらない。

    そんな儚い存在だからこそ、自らの価値は自ら創るしかない。滅びれば痕跡すら残らないでしょう。だからこそ、自ら物語るしかない。

    どうせ物語るなら。下らぬ愚痴を振りまくより、心地よい響きを奏でてはどうだろう?他の生命に届かずとも、自らその調べを愛でたら良かろう。…ひょっとしたら、美しき和音は、次に残るかもしれない。そんな願いを儚く想っても罰は当たるまい、と。


    でも、そうですよね。そう簡単には滅びて欲しくはないですよね。僕らは実に簡単に滅び得るぜ!ということを個々自覚した上で、日々を見つめ直せたらいいですよね。

    お言葉、誠にありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • ご無沙汰しております。
    久しぶりにお邪魔させていただき、こちらのエッセイにぐいっと惹かれてしまいました。

    2025年が呪文堂さまにとって素晴らしい年でありますように!
    本年も宜しくお願い致します。

    作者からの返信

    石濱ウミ様!

    誠にご無沙汰をしております!ウミ様よりお言葉を頂戴してしまい、最高の一年がスタート致しましたっ!感激っ!!

    読むのも書くのもサボりサボりではございますが、ゆるゆるとお付き合いを頂けたならこれに勝る喜びはございませんっ!!
    どうぞ本年も、何卒宜しくお願い申しあげますっ!!

    呪文堂 拝

  • 面白くてぐいぐい引き込まれます!✨
    人類は、一個一個の生命にあまりにも重い意味を持たせてしまった生物なのだなあと、そんなことを常々思います。
    自分自身の生き方や在り方に苦しまずにはいられない人間。薄闇の中、どこかにあるようなないような光を模索する作業は、苦しくもあり、そこはかとなく楽しくもありますね。

    作者からの返信

    aoiaoi様!

    ありがとうございますっ!恐縮至極に存じますっ!

    ― 光を模索する作業 ―

    素敵なお言葉、正しくそれだと思いました。
    ええ、意味なんてない、頭で考えたらそれ以外の結論はあり得ない、でも、どうしても求めずにはいられない。それが『あるようなないような光』ですよね。
    仕事終わりに夜空を見上げながら歩くのが癖なのですが、薄靄掛かった灰紺色の空に微か輝く星々見つけますと。
    「…見えなきゃ色々考えることもなかろうに、見えちゃったら知りたくもなるじゃないか…」なんて想いも湧き上がったりします。
    負う荷の重さが人を苦しませ又楽しませるのかもしれませんね。

    お言葉っ!誠に誠にありがとうございましたっ!感激ですっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • さすが呪文さま⋯

    ひそやかなものや弱さの中にあわれを感じる、その感性があったはずなのに⋯

    来年のテーマに使わせて頂きます!いつも新しい視点気付きをありがとうございます!


    メリークリスマスっ!
    りんちゃんサンタが夢に現れますように(о´∀`о)

    作者からの返信

    海野ぴゅう様!

    ありがとうございます!
    いやあ、自分の意思の弱さは、すなわち天意に寄り添わんという現れかな?なんて阿呆な言い訳をしてはさぼっておりますっ

    でも、なんというのでしょうか。ときには張り詰めつつ、ときには弛緩して。この世界はそういうものなんじゃないかなあ?と近頃本気で思うのです。善悪、優劣、高低、多少。そんなもので分けたところで、一体何になるのだろう。流れる雲を眺めているだけで、人は満たされる生き物だと思うのですが。

    近頃サボり過ぎで、さすがに従者が怒っていそうっ…励みたく!
    ありがとうございました!!
    メリークリスマス!!
    🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉

  • 哲学ですね・・・葵春香さんのお言葉、わかる気がします。弱さや汚さと思われることも深く掘り下げて見ていたいことあります。

    一見、弱く見えるものも見方を変えれば強く、強いことが同時に弱みであったり、すべての事象は二面性を持っていますね。どちらが良いとか正しいということもなく・・・

    いろんな見方に気付けたら面白いですね。ありがとうございます💛

    作者からの返信

    神原 遊 様!

    ありがとうございます!
    さ、さすがは神原さまっ!
    更に一段飛び越えて、万物斉同…いや、本当にそうなのでしょうね。弱というものに注目してしまったため、強との対比を語ってしまったのですが、本来的には強も弱も同じであり、存在とは唯、存在でしかない。
    何かを志すことでなく、何らかの行動を起こすことでもなく、唯存在していること。それ以外は後付でしか無い。
    それを体感として会得したとき、総てから解放されるのでしょうか。

    斉物論は僕にはまだまだ難しく、その鼻先すら見えてはいないのですが。学びたく。
    さらりと核心を突くお言葉、神原さまの玄遠たる叡智にはいつも驚かされるのですっ

    ご教授、誠にありがとうございましたっ!感動です🩷

  • あ…私の名前が…恥ずかしいけれど嬉しい…とドキドキしたのも忘れる程、深い内容でした。
    知らない事ばかりで勉強になります。
    孔子の説く真の強には憧れます。でも、老子が言う通り、自身の弱さを受け入れずに他者(世界)に寄り添う事ってできないのですよね。
    若い頃、物語に没頭したのは、この強と弱の美しさに魅了されたからだと改めて思いました。現実には他者の悪意や未熟さに触れると怒ったり傷ついたり、自身の汚さや未熟さを認めるのは苦しみを伴いますが、呪文堂さまのおかげで少ししなやかに受け止められそうです。感謝いたします。ありがとうございました(*´-`)

    作者からの返信

    葵春香様!

    はっ!しまった!も、申し訳ございませんっ!ついつい没頭してしまい、葵さまのお名前を勝手に出してしまいましたっ は、恥ずかしかったですかっ 誠にごめんなさいっ!
    …でもちょっとドキドキしちゃいます…
    いや違うっ、重ねて重ねて申し訳ございませんっ!

    『弱さに惹かれる』とはなんだろう?ぐるぐると思考の渦に呑まれてしまって、周りが見えなくなってしまうのは本当に僕の駄目なとこなのですっ
    ご迷惑をお掛けしますっ


    ところで、『汚れ』というのもまた、興味深いですよね。聖と穢は同じもののように感じることもあったりして。
    やばいです、またぐるぐるに呑まれてしまいそうですっ

    この度は誠に誠に申し訳ございませんでしたっ
    にも関わらず、お優しいお言葉を頂戴し恐縮ですっ!またやらかしちゃったらどうしようと焦るばかりですが、どうかお許し願いますっ!!

    お言葉、誠にありがとうございましたっ!感謝でございますっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • メリークリスマス🎄

    作者からの返信

    雨 杜和様!

    ありがとうございます!
    メリークリスマス!🎉🎉

  • 漢字や言葉の起源まで遡って説明してもらい、超訳もすごく分かりやすくて目から鱗でした。いつの間に強弱が優劣のように解釈されるようになったのでしょう。武力とか兵力とか、あるいは経済力とか、物理的な力に支配されるようになってから「弱」への感性が鈍ってきたのかも知れません。もともとの人の有り様に立ち返らせるこの言葉が、煮詰まるばかりの世の中にきれいな水を差してくれたらと思えてなりません。与え分かち合うクリスマスの時期にふさわしい素晴らしいお話でした。ありがとうございます!

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございます!素晴らしいレビューまで頂戴してしまいまして!さて困りました、プレゼントはあげるもの!なんて威張っていた呪文堂が早速プレゼントを貰ってしまいましたっ!とっても嬉しいですっ!

    ―― もともとの人の有り様に立ち返らせるこの言葉が、煮詰まるばかりの世の中にきれいな水を差してくれたらと思えてなりません ――

    本当ですよね。心底、本当にそう思います。
    いや、僕は。もう完全に『強』の思想に染まり切っていた人間なんです。カクヨムを始めさせて頂いてから数年、実に沢山のことを学ばせて頂きました。自分のなかにあった『強思想』について疑問を持てるようになったのも、ここ数年のことなのです。本当に、無知で無自覚だったのです。

    でも人間は、気付けば瞬時に切り替えることができるはず。もちろん、切り替えた思考を行動に落とすことは至難ですが、そこは繰り返し繰り返し生きるなかで試すしかない。試行錯誤こそが生命の有り様だ!と割り切っちゃうつもりでして。いやあ、根が阿呆なんでそこは楽ですね。

    以前もお伝えしたのかもしれませんが、僕は柊さんのような、風を視る力を持つ方に憧れます。でも無ければ無いなりに、準ずる力を探すのみ。
    空は飛べずとも、空を見上げることはできる。天を楽しむとはそういうことかな?なんて思ったりしてまして。
    見上げておりますので、俯瞰図を是非、ご教授願います!

    最高のクリスマスプレゼントを頂戴致しました!本当に本当に、ありがとうございました!

    呪文堂 拝

  • 例の映画、気になっていたのですが見そびれてしまいました。後からどんどん話題が大きくなって、面白そうでした。

    呪文堂さまの中で、常に問われることがあるのですね。人間とは、生命とは、この世界とは、宇宙とは・・・尽きなくなってしまいますね^^ 私は日常の些細なことで精一杯で、あまり思いを馳せるタイミングがないのですが・・・例えば、今日のおやつは何が食べたいかな?的なことに埋もれちゃってます笑

    問いの答えのひとつとして、「美しいもの」とは、間違いないやつですね~真理ですね。私も究極には神様を感じることが生きている意味なのかなと思った時があり、「感動」する時がその時間なのかな、なんて思っていたりします。人それぞれに異なるもの、異なる瞬間にメッセージがあるでしょうね。

    作者からの返信

    神原 遊 様!

    ありがとうございます!
    『今日のおやつは何が食べたいかな?』神原さまの問いは、とても素敵に可愛らしい問ですね❤
    僕は常々、非日常的で頓珍漢な問いに頭を悩ませているらしく、ストレスフリーに生活しちゃっているみたいです(周囲の皆さんにご迷惑をお掛けしているようですスミマセン!)

    『神様を感じること』、これなんとなくわかります。宗教的な人格神じゃなくて、たとえばE=mc2みたいなもの。
    世界は、あまりにも美し過ぎるんですよね。無秩序のなかで偶然が重なった結果だとは、とても思えない。エントロピーの増大に逆らうような、いや、それすらを利用して美を形造ろうとするような力、それが神様なのかなあ、なんて空想しちゃったりするんですよね。
    それに触れ合う瞬間が感動、まったく同意でございます!
    ありとあらゆる瞬間に、様々なメッセージがあるのでしょうね。

    美というものの本質ってなんだろう?まだまだ解らないことばかりですが追い求めたく。
    お言葉、本当にありがとうございます!『告白』三部作のような美を表現できるよう頑張りたいですっ!ありがとうございましたっ!!

    呪文堂 拝

  • 『生命とは何か?』『どう生きるか?』
    映画は観ていません。というのも10代からずっとその問いの答えを探して
    きても未だに得ることが出来ないからです。観たら影響されてまた迷うんだろうなって思ってしまうからです。

    フランスの画家、ゴーギャンの作品に「我々は何処から来たのか〜〜〜」というタイトルで複数の人間が日常の営みをしているだけの絵があります。
    呪文堂さんの仰る通り、その絵を見てると美しいものは『天籟』に繋がっているんじゃないかなぁって感じます。

    そして、孫守りをして気づいたのですが、テレビやゲームなど人間が作り出した物を見せることよりも、「山」「田んぼ」「トンボ」「月」「夕焼け」「雲」などを教えようとする私がいます。これは本能的行動なのかな?
    美しいものは自然の中に存在し、鳥や虫の音を聞かせたいのです。

    やはり、私はまだ人智を超えた存在が美しいものを創られたって信じているのかと再認識して生きています(こっそり)

    前にも書きましたが慈しみや思いやり、愛という意味を持つ『仁』という字は人偏に二。人間が独りではなく二人になった時に初めて生まれる感情だと……。
    勇者様とリンちゃんの関係も仁がベースなのでしょうね。

    どう生きるか?呪文堂様の宿題、私もいつか終わらせなくてはいけないって思いました。ありがとうございます♪

    作者からの返信

    星都ハナス様!

    ありがとうございます!すみません、夏休みを頂いており、お返事が遅くなってしまいました!誠に申し訳ございませんっ

    ハナス様、ずっと考えていらっしゃるのですね。いや本当に、この問題は答えを出すことより考えること自体に意味があるようにも思えますね。

    ゲームやテレビより、自然の風景を孫に伝えたい、なるほどって思いました。応用科学より基礎科学を重視するようなスタンス、というのでしょうか。つまり、小手先の知識でなく根源的な叡智を求める道を授けたい、そんな欲求なのでしょうか。←トンチンカンなこと言ってましたら申し訳ございませんっ

    『仁』

    いい言葉ですね。
    存在は存在を介さねば存在し得ない。禅問答のようでありながら量子力学にも通じるようなお話です。

    どう生きるか。
    我が身が滅びる瞬間まで考え続けていくのだと思いますが、瞬間瞬間、何らかの答えを絞り出しながら歩んでいけたらと思います。
    ハナス様、ご教授誠にありがとうございます!夏休み明け、よりじっくりと考えたく!お言葉、ありがとうございました!

    呪文堂 拝

    編集済
  • 自分にとってはとても響くお話でした。というのは今、南の山の中にいる最中で、昼も夜もあまりにきれいなものに囲まれているからです。こういう環境に身をおくと、自分はこの世にいらないのでは思えるほど自我が小さくなっていきます。とりあえず生きるために寝食をしておりますが、それ以上でもそれ以下でもなく、ここの一部分として束の間存在させてもらってるような感じ。
    呪文堂さんはどこへ行かれるのでしょうか。山かな? ゆっくり遊んできてくださいね。

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございます!すみません、夏休みを頂いておりましてお返事が遅くなってしまいました、ごめんなさい!

    柊さんは南仏の山のなかにいらっしゃるんですね!私は信州の山のなかにおります。
    南仏の山はさぞかしお美しいことと想像します。流れる風にも色々なものが宿っているように感じそうですね。

    『ここの一部として束の間存在させてもらっている』

    それですよね。僕もその感覚に至りたいのですが、『世界はこんなに美しいのに。なんで自分なんかがいるのだろう?』そんなことを思ってしまったり。だめですね。

    お言葉、誠にありがとうございました!柊さんも素敵なバカンスをお過ごしください!
    夏休み明け、楽しいお話を楽しみにさせて頂きます!
    ありがとうございました!!

    呪文堂 拝


  • 編集済

    こんにちは。
    ジブリのあの映画、私も観ました。その前に刊行された同タイトルの漫画も買いました♪

    ブータンは2013年の幸福度ランキングで世界8位だったそうですが、コロナ禍で家に閉じ籠って他国の暮らしぶりを観る機会が増え、2019年には95位になり、その後ランキング外になったという話を見ました。
    自我について、「自分にとっては◯◯は何か」という観点で物事を考える事が大切かなと私は思います。それには経験と教養(この2つはできる範囲で)、感謝と愛情が大事かなって。あと、内面を見つめる心。哲学もそのアプローチの一つですよね。

    私、成功とかはあまり興味がなくて、本当にしたい事はボランティアみたいな事が多いけど、大きな活動にはお金か時間に余裕がないとできなくて…同世代でしてる人を見てこっそり羨んでます(笑)。あ、ダメだ。「美しさ」から離れてしまっている…まだまだ器が小さいので、ここで色々と学びたい所存です(*´∀`)

    作者からの返信

    葵 春香 様!


    ありがとうございます!
    すみません、夏休みを頂いておりまして、お返事が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでしたっ!

    たしかに、他者と比較していては幸福を得ることは難しいかもしれませんよね。
    自分軸を作っていくことが幸福への近道だと思われますが、他の汎ゆる存在や事象とどのように折り合いをつけていくのか、これがなかなか難しいですよね。
    おっしゃる通り、感謝と愛情は重要ですね。他者の中に自分があり、自分の中に他者がある。ついつい忘れがちですが、存在の本質はそこにあるのかもしれません。

    おお!本当にしたいことを出来ているのって、素晴らしいことだと思います!量の多寡ではないのではないでしょうか?
    本当にしたいと思い、それを行う。その瞬間、どれだけのエネルギーが世に放たれているのでしょう。そのエネルギーは、どれほど澄んだものでしょう。それが世界に広がっていく。ワクワクしますね!

    葵様のお陰で、言葉にしにくいものを『音』という語に置き換えることができ、本稿を上梓することができました!
    本当に本当に感謝でございますっ!ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • 第1話 言語化の抑制への応援コメント

    縛るのがお好きでしたね💛 なるほど、言語化って大切なアクションとも思われますが、こちらをあえて抑制することの派生も気になりますね。言葉に限らない表現やコミュニケーションもパワフルですしね。あえて言葉にしない感じ方も、良いなと思います^^

    先日東京へ行ったのですが、むちゃくちゃ暑かったです。東南アジア化してるんですかね。朝からあの暑さ、ヤバいです・・・💦 あの中で生活している首都圏の皆さまを尊敬しました。暑いってだけで体力も気力も消耗しますね💦 今日の札幌はエアコンなしで涼しいです、すみません・・・

    作者からの返信

    神原 遊様!

    ありがとうございます!緊縛好きの呪文堂でございます!

    東京、本当にヤバいんですよ。くるとこまできちゃっているな感がひしひしですね。なにも考えずに静かに滅びていくのも一興。欲望を制御する術を探すのは、さてさて。

    札幌はまだ大丈夫なんですね!良かったです!
    去年、お盆の頃にニセコなどを巡ったのですが、かなり暑くて驚いたんです。宿にはクーラーがなくて。サハリン辺りが暮らしやすい、そんな時代が来ちゃうのかもしれませんね…

    お言葉!誠にありがとうございましたっ!灼熱のなかでも頑張れますっ!

    呪文堂 拝

  • 第1話 言語化の抑制への応援コメント

    ゆっくり読みたくて楽しみに取っといたんですけど、やっぱり期待通りですね、興味深いです。
    思考をどう言葉にしたらいいのかはいつも悩むところで、今回のテーマとても響きました。暑さとか物理的な条件も作用しますが、思考するための感性を鈍らせたくないものだなと思います。
    考えさせられる面白い連載ですね。また次回もお願いします。

    作者からの返信

    柊圭介様!

    ありがとうございます!
    いつも素敵なコメントを頂戴し、本当にありがとうございます!

    本編たる『握りたい』が、どこで何を悩んでいるものか、ナカナカ書き進めずにおりまして。おそらく悩みのタネなんて大した事ではなかろうと思うのですが、折角悩んでいるみたいなんで少し付き合ってやろうと。
    そんな折、灼熱の東京を歩くなかでふわふわと湧き上がったものがあり、書いてみたいと思ってしまったのがこれでした。
    ふわふわしたものを言葉にしたら、言葉にするなという文章で。我ながら面食らった次第です。
    しかし、柊さんのお言葉で救われました。
    『思考するための感性』、なるほど、確かに。自らを見つめ直してみたいですね。

    まさにラクガキではございますが、お付き合いを頂き本当にありがとうございました!感謝ですっ!

    呪文堂 拝

  • 第1話 言語化の抑制への応援コメント

    はじめまして。凄い上手いと関心致しました。私は🔰の私です。勉強になりました。吸い込まれました。とても読みやすかったです。有り難うございます。

    作者からの返信

    りなりな様!

    ありがとうございます!
    お言葉、本当に嬉しく恐縮にございますっ
    何を発すべきか、何を問うべきか、まるで解っていない未熟者なんです。ただ。半径1メートル程度でも発する何かで変わるなら、佳き方を求めて進んでみたいと思うばかりです。
    どうぞご指導願います!
    お言葉、嬉しくてはち切れそうですっ!!本当に本当に、ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

  • 第1話 言語化の抑制への応援コメント

    呪文堂さまの文章を読み、色々と思いを巡らしました。

    「可能な限り、ただ在りてただ受ける。言葉が届かぬものは、届かぬままに眺めておく。
    自己の有無に関わらず、天籟は常にある」

    響きました。具体化・抽象化しようと焦らずに、ただありのままでいる事も大事ですね。

    確かに、暑さは思考を鈍らせます。寒い季節がある地域は考えるのが好きな人が多いと言われ、一年を通して暑い地域は人口が増えやすい…のも分かる気がいたします(´-`)

    作者からの返信

    葵 春香様!

    ありがとうございますっ!素敵なコメントを頂き恐縮するばかりですっ

    地域により差異がある、なるほど!おもしろいですね!
    そっかあ、暑い地域は羞恥心だのシチュエーションだのいっていないで、さっさと致しちゃうわけですね!
    あっ!『寒暖地域差とエロスの比較文化』、これ是非とも研究したくなりましたっ!

    僕はついつい考えてしまう。それは時に長所ともなり得ますが、致命的な欠点でもあると知りました。
    『在るが儘に』。どうしたら到れるんだろうと『考えてしまう』。ああ、駄目ですねえ…!
    そんな駄目駄目呪文堂に優しいお言葉を頂き、もう本当に嬉しいですっ 駄目でもいいや!生きていればっ!

    いつもお付き合いを頂き、感謝しかございませんっ
    ありがとうございましたっ!

    呪文堂 拝

    編集済
  • 第1話 言語化の抑制への応援コメント

    毎日暑いですね、こんにちは。
    言語化の抑制、第一段階と第二段階に分けて考えるところ、さすが呪文堂さま。
    私もじっくりと考える機会となりました。

    「美しく縛るなら、発しても良かろうと思えます」
    私もそう思います。年を重ね知恵がつくと、発する言葉が不格好か美しいか一旦考えることが出来ますものね。不格好が蔓延した結果、『則天去私』や『無為自然』から離れていくのですものね。

    私事ですが、もうすぐ2歳になる孫がいます。
    まさに自分の思考を言語化している初期段階。覚えた言葉の中から思考を働かせて、発する段階です。「パパ」や「ママ」という名詞から始まり、次は何かと観察していたところ、「イヤ」の連発でした。いわゆる「イヤイヤ期」なのです。

    別名「自我の目覚め」だと言われています。自分の意思、意志を相手に伝えることは生きるために必要不可欠なんだと思いました。
    「好き」「美味しい」「キレイ」「行く」など動詞や形容詞は自発的に発するのはイヤイヤ期が終わったあとなんだろうなって思います。

    成長過程で抑制していく術を学び、体験し人間関係を築くのだと感じます。
    言っていいこと、悪いこと、美しいもの、不格好を。

    人間が言語を習得し発すること。本能的に身を守るために習得したのではないかと感じたこの頃です。異常気象、忙殺される日々のストレスの中、思考力が低下すれば本能的に不格好な言葉が飛び交うのかなと納得です。
    暑いのはイヤ、増税はイヤ、戦争はイヤ、大人もイヤイヤ期ですね。

    少しズレたコメントを長々と失礼致しました。
    暑い日はさらに続きます。ご自愛下さいませ。


    作者からの返信

    星都ハナス様!

    ありがとうございます!
    深いコメントを頂き、誠に感謝です。非常に考えさせられました!
    老子は『赤ちゃん最高っ!』と説きますが、自然状態にあるということは実に不安定で渇望常態にあるわけですね。
    生死の境界は実に薄い。
    個体としての弱さを克服するために社会性を得ていったと思われますが、それが二歳弱の幼児に発動しているというのが凄いです。遺伝的に習得しているわけですね。
    人類は、いつ自我を獲得したのか。社会の進展とも関連する難しい問題ですが、現代人を苦しめているのもこの自我です。老子の教えは自我からの解放を言っているようにも思えるのですが、ならばその頃から人類は自我によって苦しんできたのでしょうか。
    でも同時に、自我こそが深い思慮を可能とした人類最大の武器のようにも思われるのですよね。。

    生命、いや物質って、その存在に意味があるのだろうか?
    日中、太陽のもとで考えている分には『いやあり得ない。ただ発生し、ただ消えるだけだ』と確信するのですが、夜に月を眺めながら想えば『いや、必然じゃないのか?だって、できすぎているじゃないか!』とときめいてしまう。
    困ってしまいますっ

    示唆に富んだコメントを本当にありがとうございました!今夜もまた、色々考えてしまいそうですっ!←第一段階の抑制、僕には不可能でしょうかっ(TOT)

    呪文堂 拝