14、『呪術師』

「なんで猫なんだよ…」


転生して第一声が嘆息だった。水たまりに映る俺の肉体は完全に猫だった。身体がもふもふするから、何かと思ったら、まさかの人間じゃない。黒猫で人生、いや、猫生をやり直すとは思わなかった。


俺が死んでからどれくらい経った?『黒の民』は?オールストン帝国は?


とにかく疑問が尽きない。これらを一個一個解消していくために、俺は情報をあつめなければならない。


「にゃあ~」


「なんだお前?」


しまった。人間じゃないから、会話がままならない。なんとかして、意思疎通を図ろうと思ったが、


「泥棒猫が!さっさと出てけ!」


「グフッ」


俺めがけて石が飛んできた。俺の頭に当たって、意識が暗転しそうになった。


(不味い!)


「ったく。クソ猫…が」


目の前で俺に石を投げてきた男が倒れて、俺の身体は無事だった。


「≪迷える子羊スケープゴート≫は使えるのか…」


思わず使ってしまったが、猫の身体でも使えるらしい。これは好都合だ。この力があれば滅多なことがない限り死ぬことはないだろう。


俺は気絶して倒れた男を無視して、町を歩いた。


━━━


言葉を話せないから碌な情報が手に入らないが、この場所がオールストン帝国だということ。そして、俺が死んでから1000年以上も経ったということだ。


(フローレンスとエリテールさんは生きてるのか…?)


不死王と長寿と聞いているが、本当に生きているのか怪しい。何せ、それだけ生きられる人間を見たことがないし、見ることもできない。なんなら忘れられているかもしれない。


そんな不安に一瞬かられたが、俺は首を振って、雑念を振り払った。俺は少しだけ治安の悪いところに行った。危険だが、鮮度の良い情報を集めるためにはそれなりにリスクを負わなければならない。


一か月ほど経つと、俺にとって朗報が届いた。十年ほど前に『不死王』が『黒の民』から亡命してきたらしい。詳細は分からないが、フローレンスは滅多なことがなければ動かない。間違いなく、俺が帝国に転生すると分かったのだろう。


それを思うと、少しだけ安心した。俺は忘れられているわけではなかった。


「あっ!黒猫!ご飯だよ~」


「にゃ~!」


余談だが、俺はこの一か月で名物猫として、町に受け入れられていた。おかげで、食うものに困らなかった。


━━━


いざ、『魔女の館』にたどり着くと、緊張した。『魔女の館』に張られた魔法はそのままで、訪れる者を迷わせる。だが、物臭なフローレンスがそのあたりの仕組みを変えるはずがないという確信があった。そして、千年ぶりにフローレンスに出会った。


「誰…?」


俺の時間間隔だと一瞬だったが、フローレンスはどうだったのだろうか。外見上は全く変わらなかったが、中身は変わっているのかもしれない。俺は少しだけ緊張しながら、フローレンスに話しかけた。


「にゃあ!」


「猫…?」


そして、俺を見た。俺はウィルだと自己主張する。そして、


「私、猫が嫌いなの。さっさと出て行きなさい」


バタン


…は?


俺は聞き間違いだと思って、叫ぶがドアが開くことはもうなかった。


━━━


俺は一度、『魔女の館』を離れた。これ以上何かしても暖簾に腕押しだ。俺は一度撤退して、作戦を練ることにした。


「どうするか」


フローレンスに認識されないことは想定外だった。けれど、不思議と悲しいという感情は湧かなかった。むしろ、俺に気が付かなかったフローレンスに怒りを覚えていた。


(いつどんな風になっても見つけるって言ってたのに、俺を認識しないとかどうなってるんだ?)


そう考えると、怒りがますます募ってきて、俺がやるべきことが定まってきた。


次の日、また、フローレンスの館を訪ねる。すると、フローレンスが出てきた。髪がボサボサだ。どうせ、徹夜して魔法の研究でもしていたのだろう。


「また、貴方…?って、何をやってるの!」


俺はドアが開くと同時に『魔女の館』の中に入る。懐かしさとか郷愁とか色々感じたが、一度それはかなぐり捨てた。そして、テーブルの上を見ると、何かの研究なのか素材がビーカーの中で混ぜられていた。俺はそれを見ると、


「にゃ!」


ひっくり返した。ばしゃあと液体が垂れ流しになった。


「ああ!私の研究がああああああ!」


フローレンスが頭を抱えて、叫んでいた。人間だった時にもこんな叫び声を聞いたことがない。俺はフローレンスが困っているのを尻目に『魔女の館』を飛び出した。


不思議と悪いことをしたのは初めてだったのだが、爽快感が身体を支配した。


━━━


「もういいわ…勝手に住み着きなさいな…」


「にゃ」


フローレンスの元に訪れては、家の中を荒らしていた。流石に俺を嫌がったのか、居留守を使ったりするようになったが、俺は『魔女の館』を知り尽くしていた。だから、好きな場所から侵入していた。そのたびにフローレンスは俺を追い出そうと魔法まで使ってくるのだが、猫の身体って凄い。


あらゆるものが止まって見えるのだ。動体視力が人間のそれではない。俺は軽くそれらを躱して、家に居座るようにした。そんなことを続けて、一月ほど経って、フローレンスは諦めたらしい。そして、ため息をつくと、頭を撫でてきた。


「全く…こんなに、しつこいのはウィル以来ね」


「にゃ!?」


俺の名前が出て咄嗟に反応した。


「貴方に似た人間が私の昔の知り合いにいた。そして、私はこの国にウィルと再会するために来たの。そして、やっと見つけたわ」


「フローレンス…!」


「皇帝よ。まさかウィルゴートなんて同姓同名で転生するなんて。ふふ、それに、運が良いのかどうかわからないけれど、身体までそのままだなんてね。我ながらとんでもない魔法を開発したわ」


「にゃ?」


「ようやく恋焦がれてきたあの子に再会できるわ…そうそう、後は貴方が何を言っているのか気になるから動物と話せる魔法を開発って髪がああ!」


俺はフローレンスの髪に噛みついた。俺を他人と間違えたのだから、これぐらいの罰は受けてしかるべきだ。


…とおもっていたのだが、


「うわ…マジで俺じゃん…」


王宮に侵入して、皇帝の顔を拝んでやろうと思ったのだが、俺自身も俺の肉体を見つけて、困惑してしまった。


フローレンスが見間違うのも仕方がない。見る必要もない。俺が使っていた肉体だ。フローレンスも俺が俺で転生するとは思っていなかっただろうが、ここまで俺の肉体だと皇帝が俺だと断定してしまうのも仕方がないと思ってしまう。


「まぁいいか」


皇帝は俺の肉体を手に入れて後悔しているようだ。なぜ俺の身体がそこにあるのか分からないが、弱いのは当然だ。俺は呪術師だ。だから、技術でカバーした。そして、俺の力を鍛えるためにはフローレンスがいなければならない。


ふと、フローレンスに出会えなかったときの俺を想像したが、力のない自分を呪っただろう。俺の肉体を手に入れた皇帝には少しだけ同情してしまった。


━━━


帝国は現在、『勇者派』と呼ばれる派閥と『王室派』で派閥争いをしているらしい。『勇者派』には今代の『剣聖』、『賢者』、『聖女』が中心となっている。そして、興味深かったのはこの三人の師匠はフローレンスということだ。


つまり、この三人は俺の妹弟弟子ということになる。俺は興味が湧いてどんな人間なのかと調査した。猫の身体というのは存外悪くない。どこにいってもあまり嫌われないし、いることを自然なことだと思われている節がある。まさか人間の言葉を理解する猫だとは思うまい。


けれど、調査をした結果、俺は苦い顔をすることになった。


「『剣聖』マルス、『賢者』ガーネット、そして、『聖女』アレクシア。どいつもこいつもクズばかりじゃないか…」


『剣聖』は女に溺れたクズ。『賢者』は嫉妬に狂った狂人。そして、『聖女』は間違ったエリテール教を妄信した狂信者だ。さらに救いがないのが、『勇者派』の実力者を教義を中傷したという理由で暗殺している救いようがない人間だった。そして、それをフローレンスに着せようとしている。『聖女』というよりも『悪女』だった。


フローレンスはエリテールさんの意を汲んで、彼らを育てたが、間違った方向に増長していった。そして、責任をとって彼らを殺すつもりらしいが、師匠に弟子殺しなんていうことはやらせる気はない。俺は密かに三人の暗殺を決意した。


━━━


『剣聖』の後を付けた。フローレンスの家を出た後、『剣聖』はいつものように色町に繰り出していた。俺は猫の身体を生かして、身体を丸くして『剣聖』を追いかけた。


そして、上半身と下半身を分割された。


「俺を暗殺しようとしたのだろうが、残念だったな陛下。あんたの呪力は魔力と違って温度がないからすぐに気が付く。フローレンスに教えを乞うたは面白い判断だったが、あいにく感知は得意なんだ」


キンと『聖剣』をしまう音がする。そして、死体を確認するために仕留めた俺の方に歩み寄って、灯りを俺に向けてきた。


「ん?フローレンスの黒猫じゃないか!何でこんなところに!?」


不味いと思ったマルスが頭を抱えた。そして、両断された俺を見て、はあとため息をついた。


「仕方ない。明日、フローレンスのところに行って謝ろう。だが、どういうことだ?俺は間違いなく呪術師を感知したはずなんだ…が、あ?」


『剣聖』の口から血が溢れる。そして、原因不明のダメージに立っていられなくなり、地面に倒れ伏した。両断されるほどの痛みを返したのだ。意識を保っていられるはずもなく、気絶した。そして、そのまま爪で心臓を突き刺して、絶命させた。


「これで『聖剣』を回収できる」


これをフローレンスに届ければ、もしかしたら、俺を俺だと認識してくれるかもしれない。だが、


「猫の身体じゃ『聖剣』を回収できないじゃないか…」


『聖剣』はもちろん人間用だ。当然ながら、猫が装備することなんて全く考えていない。


「血の匂いがするな」


「!?」


警吏の巡回が来た。このままいくと鉢合わせる。俺は仕方なく、『聖剣』を放置して、フローレンスの元に帰った。


━━━


「おかえりなさい」


「にゃ~」


『魔女の館』に戻ると、フローレンスが少しだけ上機嫌だった。こういう時に、自分の心内を俺に話すようになった。


「『剣聖』は死んだのね」


俺はピクンと反応した。


「けど、不思議ね。『剣聖』を殺そうと思ったら、『賢者』か『聖女』、もしくは私じゃないと殺すことなんてできない。外部の線はないわね。『剣聖』は突然倒れた。となると、ウィルね」


「にゃ~!」


俺は正解だと顔を上げて鳴いた。すると、フローレンスが俺の頭を撫でてきた。


「他人の空似だと少しだけ疑っていたけれど、皇帝がウィルなのはほとんど決まりね」


「は?」


俺は世迷言を聞いて、鳴くのをやめた。


「『剣聖』の死因は≪迷える子羊スケープゴート≫。そして、並みの呪術師ではこんなに綺麗に≪迷える子羊スケープゴート≫を使うことはできない。となれば、この方程式は解けたも当然じゃない?」


「にゃ」


俺は机の上にあった読みかけの魔導書を破り捨てた。


「私の魔導書がああああああ」


その夜、フローレンスの慟哭が『魔女の館』に響いた。


━━━


次に狙ったのは『賢者』だ。俺は『剣聖』の時と同様に後ろから付けた。町中には巨大な水路がある。橋を渡ろうとした『賢者』が途中で止まった。


「そろそろ出てきなさい。いるのは分かっているわ。皇帝陛下」


『聖杖』が光出す。『賢者』は臨戦態勢を整えた。そして、光魔法を発動すると、俺の姿がくっきりと割れてしまった。


「先生のところの黒猫…?いえ、何かが違うわね。まさか、マルスを殺した暗殺者ってあんたかしら…?」


「ッ」


恐ろしいほどの魔力の奔流が巻き起こる。『賢者』というだけあって、頭の回転がとてつもなく速かったが、今は怒りに燃えていた。流石に正面からの戦いは不味いと思って来た道を引き返した。


「逃がさないわ!」


俺の行く手を土魔法でせき止められた。このままだと捕まると思った、俺は一か八か水路に飛び込んだ。だが、


「小賢しいわね!けれど、それは悪手よ」


「ガッ!?」


水の中を進めない。むしろ、俺を覆う水がスライムのように固まって、空中を浮いていた。そして、そのまま『賢者』の元に連れていかれる。


「言葉は通じているわよね?ねぇ?」


水中で息ができない。俺は酸素を求めてももがくが、全く前に進んでいる気がしない。すると、俺の足が吹き飛んだ。


「マルスを殺したあんは絶対に許さない。楽に死なせてあげないから」


そう言っている間に俺の四肢は徐々に削られていく。俺が気絶しないような拷問だが、とても手馴れていた。この領域に至るまでどれだけの命を犠牲にしてきたのだろうか。


「死んじゃえ!死んじゃえ!あははははははは…アレ?でも、なんでこいつから冷たさを感じ…」


迷える子羊スケープゴート


「はぁはぁ…危なかった」


魔法が解除されると、『賢者』が血を噴き出して気絶した。俺は心臓に爪を立てて、『賢者』にトドメを刺した。


猫である俺を『剣聖』殺しの犯人と見抜いたのは流石の慧眼だった。けれど、それで冷静さを失ったのが悪手だ。冷静さを失わなければ、俺を『呪術師』と見抜き、生かさず殺さずの状態にしておけただろう。そうなれば、俺の負けは確定だった。


「『聖杖』は…ダメだな。これを持ち帰ることはできない」


惜しいが、戦利品はそこにおいて置かなければならない。


それにフローレンスが動物と話せる魔法を開発している。それができれば、俺を俺だと気が付いてくれるだろう。


…と思っていたのだが、フローレンスが『聖女』に捕まった。


当然、助けなければならないのだが、


「『聖典』を使っている『聖女』なんてどう倒せばいいんだよ…」


フローレンスの予言を信じて、『聖女』の警戒心はとてつもなかった。『不死』を再現されてしまっては≪迷える子羊スケープゴート≫で葬ることができない。


だから、俺はその時を待った。『聖女』と言えども、ずっと『聖典』の力を使うことはできない。それだけの力を使っていれば、どこかでぼろが出る。


数日間の観察で俺はそれを見つけた。食事の時間だけは『聖典』を使っていない。そして、聖典を使っている時は別の力を使うことができない。その時だけ見張りの数も増える。『不死』なら、見張りなんて付ける必要はない。そして、『聖女』は食事の時間は自室でとる。


そして、俺にとっての何よりの朗報は『聖女』は『剣聖』と『賢者』ほど感知が得意ではない。俺がどれだけ近付いたとしても、全く気付く素振りすら見せなかった。『聖典』の『不死』の力に溺れているのだろう。


けれど、これはあくまで俺の希望的観測だ。俺を偽っている可能性も捨てきれない。あえて敵を泳がせている可能性すらある。そうなったら俺は白旗を上げるしかない。俺は猫の身体を駆使してギリギリ通れる場所を見つけて、部屋に侵入した。


天井裏に潜んで下を見る。俺の作戦がうまくいくかどうかは運だ。失敗すればフローレンスに出会うことはもう不可能だ。


「ふぅ」


深呼吸をして、俺は覚悟を決めた。そして、『聖女』が油断しきったタイミングを見計らって、俺は天井から飛び降りた。


「!?」


俺は『聖女』の飯の上に着地した。食べ物がぐちゃぐちゃになり、困惑した『聖女』が俺に気付いた。ここでの行動は二択だ。『聖典』の力を使って、『不死』になる。もしくは、


「曲者!」


排除するかだ。俺は『聖女』の力によって、脳天を撃ち抜かれた。


「何…?黒猫?なんで、こんなとこ…ろ」


「賭けは俺の勝ちみたいだな」


俺は≪迷える子羊スケープゴート≫を発動できた。そして、最期に心臓に爪を立てて、『聖女』を殺した。

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