12、『断章』5
「ようやく見つけたわ」
パリンと水晶が割れた。ウィルが転生し、現世に現れると、壊れるように設定していた。
「いくらなんでも長すぎよ…」
時間にして千年。流石に長すぎた。いつ転生するのか分からないウィルを待つのは想定以上に辛かった。想い人に会えない時間は永遠にも続く時間を感じるらしいが、私はそれを思い知った。
オールストン帝国は滅びることなく、在り続けていた。何回か滅亡の危機があったが、しぶとく生き残り続けていた。けれど、それももう終わるだろう。力のない帝国は徐々に領地を手放していき、当時の半分程度の大きさにまで縮まった。
対して、『黒の民』は全く変わらない。侵攻もなければ、侵略も私とエリテールが抑止力となっていた。何年も生き続ける私たちに世界は恐れを抱き、『不死王』の名前は世界中で広まった。
「さぁ、行きましょうか」
『魔女の館』を収納魔法で異空間に入れた。もうここに戻ってくることはないだろう。私は最後にくたばりぞこないの腐れ縁に挨拶をしに行くことを決めた。
━━━
「ウィルが見つかったわ」
「そうかい…」
エリテールはかつてのケーキ屋ではなく、立派な城に居を移していた。『黒の民』の女王を慕った家臣たちが無休無給で作り上げた。エリテールの顔が引きつっていたのをよく覚えている。エリテールは贅沢を好まないが、善意100%で作られたその城に住まないというのはエリテールの良心が許さなかったらしい。
「今はどこに?」
「オールストン帝国よ。けれど、詳しいことまでは分からないわ」
「そう。貴方の言った通りになったわね」
転生するなら、オールストン帝国が一番ありそうだった。転生と言っても、何の縁もゆかりもない場所に魂が引っ張られるとは思わなかった。だから、私はオールストン帝国が一番ありえると思っていただけだ。
「計画通り、私は『黒の民』を裏切るわ。文句はないわよね?」
「…」
私はウィルを探すと同時に、もう一つの『不老不死』の解呪を試みている。千年間、『不老不死』を解呪する方法を探してきた何も効果がなかった。だから、私に残された方法は『不老不死』をオールストン帝国の王族に解呪してもらうというものだけだった。
転生したウィルが三つの聖遺物を使えれば良いが、私以外に王族しか『反理』を使えないことから、その可能性は低いだろう。
自分の死を確実に実現するために、私は聖遺物を帝国に返さなければならない。もちろん、そんなことをすれば、『黒の民』の裏切りとして、後ろ指を指されるのは当然だ。そして、力を得た帝国は『黒の民』を滅ぼしに来るだろう。何より、私はエリテールと戦わなければならないかもしれない。
「少し、外に出ましょうか…」
「ええ」
城の中庭には美しい庭園がある。私は車椅子を押して、その庭園を歩いていた。
「老いたわね…」
「そうねぇ…」
エリテールはエルフの末裔だ。血の薄まったエリテールでは二千年を生きるのがやっとだと言っていた。そして、私と出会ってから、既に二千年以上が経っていた。
身体はよぼよぼで一人で歩くこともできない。私と一緒で一生老いることがないと思っていたのだが、エリテールも亀よりも遅いスピードで老いて、ついに死への扉を開こうとしていた。
「私はもう長くはないわ」
「知っているわ」
「『黒の民』もね」
「…そうね」
エリテールという絶対的な女王が崩御しようとしているというのは『黒の民』の中では喫緊の問題だった。そして、『黒の民』の中にはエリテールの後継者がいない。そして、それが問題となって、『黒の民』の内部は割れていた。
そして、これは『黒の民』を二分する大きな戦いになる。そして、『黒の民』の領地が平和なのは『腐食』のおかげだ。それがなくなれば、絶対的な守りがなくなり、他国から侵攻されるのは眼に見えている。
「オールストン帝国、『黒の民』。どちらも私にとって大切で残ってほしいもの。けれど、形あるものは滅びるしかないのかしらね」
エリテールのつぶやきに私は答えを窮してしまった。だから、想っていることをそのまま伝えることにした。
「私は羨ましく感じてしまうわ。私はいつまで経っても壊れることができないのだから」
「ふふ、そうね。そんなあなたにだから私は甘えられるのね…」
「エリテール?」
エリテールは庭園の中心にある一番大きい木を見上げた。
「ねぇ、フローレンス。帝国と『黒の民』が残り続ける道はないのかな…?」
エリテールが絞り出すように言って来た。老人であるのに、私と出会った当初の少女のような語り方になっていた。どちらもエリエールにとって大事なものだ。帝国と『黒の民』がどちらも生き残り、戦わず共存することができるのかと聞いているいるのだろう。
「そうね…お互いに憎しみ合いすぎて、そんなのは夢物語よ」
「そう、そうよね」
『黒の民』は今ではエリテール教だが、かつては女神を要するオールストン帝国に迫害されてきた過去がある。帝国は聖遺物を奪われて、国の危機を何度も迎えることとなった。どっちが最初ということではなく、ただ、お互いに憎しみ合う動機が多すぎる。だから、不可能だ。
…と、昔の私なら言っただろう。
「普通ならね」
「え?」
「私なら可能性があるって言ってるのよ。だから、その泣きそうな顔をやめなさい」
「フローレンス…」
ウィルが死んでから千年も経ったのだ。少しぐらいは人の気持ちに寄り添えるようになった。
「帝国に亡命したら、私は『剣聖』、『賢者』、『聖女』を導く。もう目処も付けたし、あの子たちが順当に成長すれば、帝国と『黒の民』が仲良くできる可能性があるかもしれないわ」
皇帝にウィルを見つけたら、殺してくださいなんて言って叶えてくれるはずがない。だから、私は武功をまずは作る。それが、『剣聖』、『賢者』、『聖女』の育成だ。彼らが強くなれば、今の帝国の問題は一気に解決されるはずだ。
そして、『黒の民』と和解できるように彼らに教育する。そうすれば、今は無理でも彼らが成長した時に、帝国も無視できないほどの影響力を持つはずだ。
「でも、これはあくまで可能性よ?人間は成長すれば、考え方も変わる。そうなったときに彼らが何をするのか分からないわ」
それに、仮にうまくいったとしても、百年もすれば人間は死ぬ。その時、エリテールの望みに反する道を行くかもしれない。
かつては女神のように愛されたエリテールは大事にされていた子孫に石を投げられ、国を追いだされた。
人間は変わる。嫌でもだ。
それが分かっていないエリテールではない。けれど、
「迷惑をかけるわ」
「そういうと思っていたわ」
「ごめんなさいね。馬鹿は死ななきゃ治らないみたい」
エリテールは私に頼んだ。千年来の仲だ。最善は尽くすつもりだ。
「ウィルに会ったら、『健康に気を付けて』と言っておいて」
「貴方から遺言を頼まれる日が来るなんてね…」
「ふふ、そうね。私もおかしいと思うわ」
━━━ その日の夜、私は聖遺物を三つ持ち出し、『黒の民』の裏切者として追われることとなった。
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