睡拳マンーSUIKEN MANー
青いピアノ
雨と猫と睡拳マン
20XX年東京―
この日の天気は雨。
主人公・佐藤修平の人生そのもののように冷たく降り注いでいた。黒髪に眼鏡、身長170センチというどこにでもいるような姿の彼は、肩を落としながら薄暗い路地を歩いていた。彼女はいない。それどころか、恋愛など遠い昔に諦めていた。修平の心は、仕事での失敗で深く傷ついていた。
修平は有名私立高校を卒業したが、受験は緊張のせいで失敗し、滑り止めの、名は知られているものの、特に評判が良いわけでもない何の変哲もない一般の大学に進学した。
その時点で自分のプライドは大きく砕かれ、友人たちと距離をとるようになっていた。そして中小企業に就職。安定とは言い難いが、何とか社会人としての体裁を保つ日々を送っている。だが、そこでも彼の不器用さが災いし、ミスを連発。今日も上司に叱責され、同僚から冷たい視線を浴びる始末だった。
「またやっちまったよ…」
修平は小さな声でつぶやいた。濡れたスーツが肌に貼りつく不快感と、心の中のどんよりとした思いが重なり、足取りは一層重くなる。この道を通るのはいつもだが、今日は特に暗く感じられた。ため息をついた瞬間、ふと耳にか細い声が届いた。
“ミャー…”
足元に視線を落とすと、ボロボロの段ボール箱の中に黒い子猫が丸まっていた。びしょ濡れの体を震わせながら、弱々しく鳴いている。修平はその場にしゃがみ込んだ。
「お前、こんな雨の中で…誰かに捨てられたのか?今時珍しいな…。」
子猫の姿にどこか自分を重ねてしまう。大きな夢を抱いても結果は惨憺たるもの。どこに行っても居場所がない。その孤独感が痛いほど伝わってくるようだった。
「仕方ない、家に来いよ。」
ポケットからハンカチを取り出し、そっと子猫の体を包み込む。冷たい毛皮の感触が、逆に修平の心を温かくした。
家に戻ると、修平は急いで子猫をタオルで拭き、少量の牛乳を与えた。「これでいいのか?」と自問しながらも、子猫が一心不乱に飲む姿を見て、少しほっとする。
「お前、黒いから…名前は‘クロ’だ。」
命名に深い意味はないが、どこか満足げな子猫の顔に救われる気がした。その夜、クロは修平の足元で丸くなり、ぐっすりと眠った。一方で修平は疲れ果ててベッドに倒れ込み、目を閉じた。
しかし夜中、奇妙なことが起きた。クロの目が暗闇の中で光り、修平をじっと見つめる。次の瞬間、修平の体に妙な感覚が走った。頭がぼんやりし、全身がふわふわと酔っ払ったような気分になる。
「何だ、これ…?」
突然の変化に困惑する間もなく、意識は再び闇に沈んでいった。
翌日、コンビニに寄って帰宅しようとした修平は、目の前で店員に刃物を突きつける男に遭遇した。強盗だ。修平はその場で固まった。恐怖で動けない。だが、その時またクロが目を光らせた。
修平の体は突如として軽くなり、酔ったようにふらふらと動き出した。自分の意志とは裏腹に、奇妙な動きで強盗のナイフを避け、体を揺らしながら拳を突き出す。まるで酔拳の達人のように、相手を翻弄し、倒してしまった。
「えっ…俺、何やったんだ?」
倒れた強盗を見下ろしながら、修平は呆然と立ち尽くす。足元でクロが満足げに一声鳴いた。
こうして佐藤修平と黒猫クロの奇妙な関係が始まった。それが彼の人生を大きく変える最初の夜となったのだ。
***
sabamisony様の作ってくださったイラストと楽曲も是非ご確認ください!
イラスト→
https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/Wxz7I6K1
楽曲→
https://suno.com/song/046b581d-e33b-41cc-b5f4-121ddf5ba5b7?sh=G7kTtD7aKBL5NoKO
sabamisony様の作品一覧はこちら→
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます