第30話 逆光
シーカは抱き付いてきた後、ダイジな仕事があるとワースを連れ食堂から出て行く。
コギトのことは……プライスのことだってようやく整理がつき始めたばかりなんだ。
しばらく、考えるのはよそう。
偽ベスタと会うために、メイド長の部屋の前で待つ。
無論、シーカもワースもいない今、おれが偽ベスタはどこにいるのかと聞ける相手はメイド長だけだからである。
ノックはした、それに待つのは得意だ。
理由なく何もせずにいるのは時間が過ぎていくだけで少しつらいが、誰かを待つという理由だけでそんなのはなくなる。
普段は意識しない静けさに、ただ耳を傾け続ける。
そうすると、自分はここにいるのだと……普段ぼやけていた当たり前のことが明確になっていく。
これが楽しい。
……こういう楽しみ方をするのは久しぶりだ、三年ぶりほどな気がする。
ガタッと、部屋の方で音がした。
いないと思っていたのだが。
再び、トントンとドアをノックする。
「……お待ちください」
力の抜けたそんな声をあとにドアが開き、パジャマ姿のメイド長が眼鏡もかけずに出てきた。
髪は降ろしてて、少し乱れてる。
「フィル様でしたか。私目は普段、夜にベスタ様をお守りしておりますので……。またあとでご用件をお聞かせください。夕方には起きます」
「ちょ……ベスタ様の偽物を呼んで欲しいだけなんです」
「ベスタ様の偽物?」
「暗殺者の方です」
「ああ、ノーモン様ですね」
アイツ……ちゃんとした名前があるんならベスタなんて名乗るなよ。
もしメイド長の察しが悪かったら、名前を探すところからになってたかもしれないじゃないか。
「呼ぶのは構いませんが、なぜノーモン様を?」
「イドさんを本土へ連れて行って、友人や家族が生きてることを直接確かめてもらいたいのです」
「イド様がそうしたいと仰ったのですか?」
メイド長は言いながら、俺の腕をギュッと掴んできた。
そういえば……イドは何も言っていない。
おれの勝手な判断だ。
それにしても力がつよい、このままだとこっちの腕も折れてしまう。
「違うのであればやめておくことです。……死んだと思っていた者たちが実は生きていた、それは喜ばしいことかも知れません。しかし、未来を見ていたなどと倒錯していたイド様です。事実を知って、どうなるか。それに、イド様のご家族やご友人はなぜ会いに来なかったのか。そもそも来れなかったのかもしれませんね」
メイド長は手を離し、その手であくびする口を隠した。
「イド様の意思と、本土では今何が起きていて、イド様の家族やご友人は元気にしているか。それら次第では、あなたの期待している通りになるとは限りません。仮に今回、奇跡的に上手くいったとしてもです。あなたはいつか必ず間違えて、相手を犠牲にする」
「それは……そうですね。急ぎ過ぎていました、すみません」
「いいえ、謝ることではありません。ベスタ様が教えていなかったのでしょう。では、私目は休まさせていただきます。フィル様、くれぐれも都市から外へは向かわないようにお願いします。あなたは次にいつ襲われてもおかしくない身ですから、ベスタ様のいるこの都市から離れてはいけませんよ」
「分かりました」
メイド長は部屋へと戻っていく。
……尊敬されるようなヤツになると決めただけで、おれはイドのことを考えてやれていなかった訳だ。
準備不足とも言える。
シーカの元で働く者として、まだまだだな……。
「っと。わたしを探してたのか?」
その特徴的な声に振り向く。
いつの間にか、背後に立っていたらしい。
「ノーモン」
「ん、その名前で呼ぶんだ。別にいいけどさ、ベスタ様の方がいいんだよね」
「なんの拘りだよ。……まあそれよりベスタ様。イドの家族や友達は今どうなってるんだ? イドとは会いたくならないのか」
ノーモンは目を細めると、おれの肩へと手を置いた。
「わたしに聞いてていいの? 一ヶ月後に死ぬ〜だとか、もう会えなくなっちゃったとか。また嘘ついちゃうかもよ?」
「そうは言っても、ベスタ様はイドにショックを与えないよう合わせてたんだろ?」
「そりゃまあ。とにかく、イドのことはわたしに任せておいてよ。元々わたしがイドの様子見てたんだし」
「じゃあ、おれはどうすればいい? イドのためにはもう……何もしてやれないのか?」
ノーモンは目を瞑り、首を横に振った。
「してやれるさ。ただねえ、イドのために何かするにしても……短絡的というか。心ってさ、一つの出来事で傷付くことはあっても、キミみたく一つの出来事で立ち直るってのはそうそうないから」
そう言いながら、呆れたかのように手のひらを上げ、ジトッとした目を向けてくる。
「わたしもメイド長と同じ考えでさ、真実が人を救うとは限らないと思うよ。本物のベスタ様だって、親のことを知ってしまったせいで自分を犠牲にするほどの執着をしてるし。それよりも小さな積み重ねがダイジなのさ、その積み重ねがイドちゃんにとってはどうなのか、見定めていかないと」
ノーモンは階段を上がるように人差し指と中指を動かす。
神殿の考え方とも同じなのだろう。
でも本当にいいのか? それで……。
「納得できないのかい?」
「おれ自身がいい例だからな。プライスが何で死んだのか、詳しく知れず無気力に生きてきた。過去の自分と今のイドが重なるんだ」
「へえ。てっきりパルサちゃんやコギトさんのこと、それにプライスくんのことが不甲斐なくてぇ、イドさんのことで燃えてるものだと思っていたよ」
それもあるが。
ノーモンは目を瞑ると腕を組み、何か考え込む。
「なるほどなるほど、しかし手段としては本当に短絡的だね。んー、例えばイドちゃんが暗闇の先へと進まなければならない時に、キミがただ手を引いて進んでくようなものさ。そうでなく、周りに光を灯して進みやすくする。暗闇を照らし切るまでね。それがわたしたちの役目だよ」
「悪い、例えがよく分からない」
「例えたのに!? 手を引くのはキミで、光を灯すのは神殿でのやり方のことだよ」
「何を例えてるのかは分かる。その光を灯すってのが何のことだか、ピンと来ないんだ」
「暗闇だと足元さえ見えないだろう? 光があれば、足元に何があるのか見えてくるし気付ける。実例で言うと、イドはわたしと再会した直後、何もせず壁の隅でうずくまってたんだ。わたしが名前を呼んでから、少し話したよ。神殿の塔へ来て初めて会話したらしくてね。……あ、そのことは違うな」
肘を指でトントンしながら、ノーモンは「ん゛ー」と低く唸る。
「どう例えるべきか……。そうだ、イドはカタナ島にいた頃、ジメッとした性格だったんだけどさ。どうしてそこまで落ち込んでるのか聞いた時の話が分かりやすいな」
「何を話したんだ?」
「あの頃は確か、イドも何が原因で自分がこうなってるのか分かっていない様子だった。で、聞いた時にイドは分からないと答えたんだ。じゃあとりあえず、昔のこと。懐かしい話でもしようかって。あの時は我ながらいい話の流れ作れてたよ。わたしとイドとで元々あった関係を活かせてた」
ノーモンは頷いているが、活かせてた、か。
無機質な言い方だ。
「イドの場合、まだ光で照らし切れてはいないんだ。影が分かるくらいに照らして、それからが動き始めるタイミングだと思うよ」
「そのタイミングって、いつなんだ?」
「いつだろうね。まあ、イドと会いたければ会うといいよ。ただ、家族や友人が生きてるってことは内緒ね」
そのままノーモンと別れる。
伝えるべきだと思うのだが、出過ぎた真似はよしておくか。
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