第14話

 ——トントン


 ノック音が聞こえたので咄嗟に、はいっす、と返事する。

 ベスタは就寝時間とか言われてたし、ワースがまた話に来たのか?

 ドアを開けると、そこにはパルサがいた。


「何だ、パルサか」

「何だとは何よ」

「こんな夜中まで仕事してたのか?」


 パルサは目を伏せ、メイド服のエプロン部分を少しはたいた。


「今日はこれから歓迎会があってね。隠れ場所を探してたのよ」

「こんな夜中に?」

「まだ20時なんだけど……」


 そうか、時間をちゃんと見ていなかった。

 ベスタの就寝時間が早いだけだ。

 パルサは部屋に入ると、カーペットの上に座った。

 そうして滑車付きの仕切りを引っ張り、中に目を向ける。


「……何ここ。仕切りと布団と収納棚だけって、頭おかしいんじゃない?」

「狭い方が落ち着くんだよ」

「それはアタシもそうだけど、いくら何でもこれは狭すぎるわよ」


 相変わらず、好き放題言うみたいだ。

 少し腹が立つものの、中学生だし。

 妹も姉もこれよりひどい感じだったし、女子ってこういうものだよな。

 ベスタ様が少数派なだけだ。

 おれは仕切りを動かし、畳んである布団の上に座った。


「あのさフィル」

「何?」

「アンタには割と感謝してる。アドバイスくれたのは嬉しかったし、自殺しようとした理由聞いてくれたのはアンタくらい……」


 アドバイスって、何のことだか。


「フィルはさ、どうして神殿に来たの?」

「ベスタ様との交換条件だよ。あることを教えてもらうためにベスタ様を手伝ってる」

「あることって……?」


 パルサは目をまん丸とさせた。

 答えたくない。

 同情されたりしたら、コギトの時みたいに……間違いなく毛が逆立つ。


「絶対に教えない。おれがここからいなくなったら、ベスタ様から聞いてくれ」

「ふうん。フィルお兄ちゃんって、人に自殺しようとした理由を聞いといて、自分は答えないんだ」

「どうしても都合が悪いんだよ。あとお兄ちゃんって何だよ」


 パルサは揶揄うみたいに目を細めた。

 

「じゃあ当てよっかな〜。当たってるのに違うとか言うの禁止ね?」

「いいぞ、三回までな。外れたらもう聞くな」


 パルサは揶揄うみたいに目を細めた。

 どうせ当てられないだろうし、付き合ってやる。


「いつも一緒にいるし、ベスタ様と付き合いたい……いいや、もう付き合ってるとか?」

「何だそれ、違うよ。そもそもベスタ様の方から持ち掛けてきたことだし、付き合ってない」


 パルサはニヤニヤとし、口元に両手を添える。


「じゃ〜あ〜、フィルお兄ちゃんって明らかに都市出身じゃないし、ここへ来たことにも理由があるよねえ?」

「そうだな」

「ヒントとして教えて?」


 パルサは上目遣いしながら首を傾げる。

 お兄ちゃんって呼ばれるのも、この自分を可愛いと思ってるような態度も不愉快だ。

 でも答えてやろう。

 

「死亡者ゼロってのが気になって、二年前に越してきた」

「どうして気になったの? ねえ、教えて?」

「質問が多い、教えない。それよりもおれとベスタの交換条件当てて見せてくれよ」


 パルサは笑みを浮かべながらも、少し顔を引き攣らせた。


「ふーん。死亡者ゼロのやり方を知りたいとか?」

「それも違う。チャンスはあと一回な」

「じゃあ、ベスタ様が何でもするから〜とか言って頼んだんでしょ。お手伝いを上手くできたらご褒美的な」


 何でもするなんて、そんな何の考えもないようなことをベスタが言う訳ないのに。

 

「違う。そんじゃ、これで終わりな」

「そう、もう終わりなんだ」

「あとパルサ。まだ死のうとか考えてないよな?」


 パルサは一瞬、虚ろな目をこちらへ向けてから顔をしかめる。


「考えても、ベスタ様がいるんじゃ止められるし。意味ないでしょ」


 それはそうだが。

 パルサは立ち上がると、腕を高く伸ばして目を瞑り、ギューっと背を伸ばす。

 そうしてから、壁へともたれかかる。


「はあ。早く歓迎会終わらないかな」

「そういえば、どうしてメイド仲間を避けるんだ? 虐められてる訳でもないだろうに」

「延々と触り続けてきたり、やたらと可愛がってくるの。ところ構わずしてくるし、その時に見れば分かるわよ」


 たしかにそれは厄介だ。

 の獣人はこちらが整えた体毛のことなどお構いなしに、ベタベタ触れてくる。

 やり返そうにもそういう相手は体毛が汚れていたり、毛質が硬かったりして一方的に狩られる気分を味わされてしまう。


「気の毒だな」

「新しいメイドが入る度にこれが繰り返されると思うと、胃が痛いわ」


 ふむ、そういう風な悩みを抱えるのは、パルサが少しずつ馴染めている証拠だ。

 あまり心配する必要はないな。


「フィルは? ベスタ様とはどこまで行ってるの?」

「どこまでって。毎日一緒にご飯食べたり弁当作ってもらってるだけだよ」

「……だけって。メイドのみんなはアンタのこと羨ましがってるわよ。キャストとかも、特別扱いされてるアンタに嫉妬しているんじゃないのかしら」


 パルサは横目でこちらを見ながら、腕を組む。


「羨ましいって、何でだよ」

「アンタ、ベスタ様と話せる小部屋があるの知ってる? 実際に会える訳じゃないのに、そこへ入るために休暇中のやつらが行列作ってたわよ。最近は返事する時によく間ができるんだって。これ、フィルお兄ちゃんと話すのを優先してるってことだよね」

「どうだか」


 ベスタってそういうこともしてるんだな。

 あの人、いつも元気そうにはしてるけど。

 おれとの会話中も都市全体を見張って、そういうこともやってる訳か。

 獣人とは違う神類だから平気なのかも知れないが、突然倒れたりしないか心配になる。


「ベスタ様は今何をしているのかしらね」

「寝てる」

「ふん、健康的ね……」


 パルサはその場でしゃがみ、目を瞑った。

 なんだか眠たそうだ。


「パルサは眠れてないのか?」

「まあね。寮にいるのはなんか落ち着かないのよ。それにメイドの仕事って全然楽しくない。学校に行かなくてもいいし、お金が貰えるし。このままでもいいけど」

「メイドって寮暮らしなのか。……ここで寝るなよ?」


 言われて気付いたのか、パルサは首を左右にブンブン振り、さらに頬をペシペシ叩く。


「寝ないわよ。ああ、神殿なんてなければ人生を終われてたのに」

「疲れてるからそういう言葉が出るんだろ。眠れない理由は何だ?」

「分からない」

「そうか。しかし、他のメイドは仲良くなろうとパルサに声掛けてるんだろうに。触られるくらいのことを我慢もせず、一人でこんな風に隠れたりして。もったいないな」


 パルサはこちらを睨んだ。


「もったいないって、何が」

「楽しい思い、できただろうからさ」

「ウザ……。楽しかったら何? アタシが学校で恥をかかされたことは消えてなくなったりしないし……。やりたいように生きても、汚点が増えてくだけ」


 おれから目を逸らしながら、不貞腐れた口調でパルサは話す。

 気持ちはかなり分かる。

 失敗は成功に変えられないし、過去は取り返せない。

 ……いいや、そうか。

 おれは生きるのが怖いから死にたいんだ。

 それにおれはプライスを死なせてる、そもそもパルサに何かを言える立場ではないが。


「……何も言わないんだ。お兄ちゃんなら、何か答えてくると思ったのに」

「パルサは自分を苦しめたいのか? 生きるのが怖くて死のうとしたのか?」

「何それ。よく分からない、どっちも違う。イヤな思いばかりしたくないだけ、キレイなままがいいの」

「それ、生きるのが怖いのと変わりないだろ。そのトゲトゲした性格だって、怖いから強がってるだけなんじゃないか?」


 パルサの表情が、睨みから怯えたものに変わっていく。


「急に何、だったらどうだっていうの?」

「怖がらなくったっていいはずだ。パルサは、人を死なせたわけでもないだろ」

「ああそう、怖がってる風に見えるんだ」

「そうだな。自分や他人が憎いって風には見えない。怖いから歓迎会にも参加できないんだろ」


 何か言おうとしたのか、パルサは口を開いたが、閉じてキリキリと歯軋りする。

 ……! またか、おれは。

 パルサを責めて……情けない。

 おれと同じ風にはならないでほしいからって、言い過ぎた気がする。


「じゃあ今から行くわよ。行けばアタシが怖がってないって分かるでしょ」


 そう吐き捨てながらドアをバコッと閉じ、パルサは部屋を出て行った。

 暗い気分のまま、布団で横になる。


〈フィルさん。パルサさんが来たんですね〉

「……ベスタ様、見ていたんですね」

〈ええ。子守歌でも一曲どうですか?〉


 ママか? でもまあ、どんな曲を歌うか興味がある。

 人の歌を聴くの、嫌いじゃないし。


「お願いします」

〈ではモンセラートの朱い本より、4番を〉


 どこからかの小さな音楽に乗って、小さな歌声が聞こえ始める。

 ……いい歌声だ。

 今日はイドにどんな質問するか、考えながら……寝……。

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