【高木】への応援コメント
初めまして、「哲学カフェ日記」を執筆しております。海月です。
すごい、これは……完成されたひとつの「記憶」と「存在」の物語ですね。高木という人物の輪郭が、目に見えない熱と曖昧さで描かれていて、読むこちらまで胸の奥をじわじわと締め付けられるようでした。
高木という存在は、光そのものではなく、光に照らされた影のように描かれている。でも、だからこそ強烈に心に残る。圧倒的な存在感を放ちながら、誰にも届かないような距離感。主人公の「敵愾心」「理解できなさ」「嫌悪」といった感情は、全部ひっくるめて“憧れ”だったんだと最後に自覚される構造がとても美しいです。
特に印象的だったのは──
瞼の裏の闇は不安を煽ることもなく、柔らかい羽毛のように思い出を包んでくれている。
このあたりの静かな描写、痛みすら優しさに変わっていくようで、まさに“思い出にされてしまった感情”が淡く滲んでいました。
そして終盤、高木が現れてからの展開は、読者が「もう登場しない」と思ったところへの逆襲で、見事にやられた気分です。彼女の口調もあのときのままで、でもどこか少し疲れていて、諦めがあって、少し優しい。
最後のやりとりの中に、答えがあるようで何もなく、でも確かに“残っている”。そのバランス感が素晴らしいです。
これは、「記憶とは何か」「理解とは何か」「存在とはどこにあるのか」というテーマにも重なっていきそうですね。
【高木】への応援コメント
企画へのご参加ありがとうございます!
セリフ率高めの作品…、確かに!
こんな形で、一人がずっとしゃべり続けるタイプの「セリフ率高め」は初めて見ました。
この「独り語り」によって、物語の物悲しさが増すようにも思えます。
とても学びがありました。
改めて企画へのご参加ありがとうございました!
【高木】への応援コメント
面白かったです。
文章の表現とか哲学的な感じとか、文芸作品だなーって思いながら読んでたんですけど、高木さんの長尺セリフのところで何度も改行や空白を入れていて「一人の人間の長尺セリフの魅せ方ってこんな方法もあるんだな」と勉強になりました。セリフ中は改行しないということにとらわれていました。
ありがとうございます。