お題【栄養ドリンク】騎士恒例の飲み物(鼻血注意)

「俺のお手製なら、飲むって言ったよな……?」


 俺の作った飲み物を渋い顔で見つめる男。色男はそんな顔ですらかっこよく見えるんだからすごい。俺がジークヴァルトくらいの年齢だった時はどうだったかな。

 十年以上も昔の頃を思い出そうとして、やめた。だめだめ、そういうのは老け込んじゃう原因になるから!

 俺はぶんぶんと頭を振って思考を追い払い、眉間の皺を指先で揉んでやりながら話しかける。せっかく飲んでくれる気になったんだからあんまり刺激しては駄目だ。それは分かっていたんだが、やっぱり気になるものは気になる。


「ヴァルト、今まで拒否し続けていたんだって?」

「……こんな得体の知れないもの、飲みたがる人間などいないだろう」


 ジークヴァルトの言いたいことは分かる。俺が今彼に飲ませようとしているこれは、騎士団に伝わる怪しい飲み物だ。いや、まあ……材料が材料だから嫌煙される感じで、実際は単なる栄養ドリンクである。

 見た目は……あまり良くないな。材料のせいで。え? 材料? 多分聞かない方が良いと思う。


「でも、効くんだよ。疲労に」

「なぜ俺が!」


 相当嫌らしい。珍しく俺に対して声を荒らげる相棒を見て嬉しくなった。さて、どこまで受け入れてくれるのか楽しみだ。

 俺は彼の手にコップを握らせながらさらっと言う。


「きみが疲れているんじゃないかと思って作ったんだ。君だって、飲んでも良いって言ってくれたじゃないか」

「そ、それは……だと知らなかっただけで……」


 俺の言葉にジークヴァルトの目が泳いだ。言い聞かせるような口調にしないのがコツだ。もちろん嘘ではない。この飲み物は「ラウル聖女特製の特別な飲み物」だ。騎士はだいたい、この飲み物が作れて一人前だからな。

 俺だって悪習だと思うが、効果はてきめん。この飲み物が作れなければ、という先輩方の考えは分からなくもない。


「……お前が、作ったのか?」

「当たり前だろ。作れなきゃ、先輩騎士に可愛がってもらえなかったもん」


 幸か不幸か、ジークヴァルトはこういう変な騎士の決まり事に巻き込まれる前に魔界の扉騒動が始まった。だから、彼は騎士のふざけた行事に疎いのだ。

 こういうのを勢いよくこなすと、先輩からの反応が良い。気に入られておけば、自由に過ごすことができる。つまり、これは処世術の一つだった。

 忖度しすぎて身を崩す残念な騎士がいたのは確かだが、元々良いとこの出身者だからな。そんなに風紀は乱れなかったってわけだ。

 みなさんお上品で良いですこと! そんなわけだけど、これを飲ませたいのには理由がある。二つくらい。


 一つ目は、単純に今日の戦闘が大変だったからだ。結構ジークヴァルトに無理をさせてしまった。だから、これを飲んで元気になってほしい。

 ある種の労いってやつだ。

 二つ目は、俺が作ったものならどこまで許容できるのかが気になったから。ジークヴァルトが頑なにこの飲み物を飲もうとしないと聞いた。

 支給されるそれを見ると、小さく首を振って拒否するんだとさ。

 断られる方の身にもなってみろ。せっかく用意したのに悲しくなっちゃうじゃないか。俺のひと言で飲めるようになるのなら、今後もそうしていけば良い。


 ってことで、検証中なのだ。ジークヴァルトは俺のことを見つめてから自分の手元へ視線を落とし、それこそ何でもないかのように、すっとカップを口に運んだ。

 さっきまでの拒絶する以外の選択肢はない、という態度はどこへやら。食後のコーヒーみたいな気軽さで、くいっと飲んでしまう。


「相棒の作ったものに、毒はないだろう。随分と独創的な味だが……」


 飲めなくはない。と続けた彼の顔色は徐々に赤くなっていく。そんなに顔色が変わる飲み物だったっけか? 俺、何か間違えちゃったかな。内心でドキドキとしている俺の目の前で、残りの飲み物を飲み干していく。

 え、大丈夫? 本当に大丈夫?

 ドキドキ、というよりもハラハラする。血色が良すぎてもはや怖い。表情はいつも通りだけど、顔が真っ赤っか。実験的な考えは、どこかに飛んでった。

 こうなると、ただただ彼が心配なだけだ。


「……大丈夫?」

「何がだ?」


 無理して飲んだのだろう。ちょっと目が据わっている。彼は表情や顔色とは裏腹に、丁寧にコップとテーブルへと戻した。

 思考は普通だけど、体調は良くなさそうだ。


「あ」


 美丈夫の顔に、赤い一線が。鼻血だ。栄養ドリンクで鼻血って出るんだっけ!?

 赤く染まった顔に、鼻血。どこからどう見ても、何かヤバい。良い男が台無しすぎる。


「ヴァルト、ちょっと、まって。あの、動かないでっ」

「何を慌てている?」


 いや、訝しまれても困るから! 首を傾げたせいで、彼の鼻血の流れが歪む。俺は大慌てで近くにあったタオルを彼に押しつけた。あーもー、どうしてこんな状になるかな? あ、俺が原因か。ごめん。

 今までこの飲み物を飲んだあと、ひっくり返ったりした人間は見ていない。ジークヴァルトだって、ひっくり返ってはいないが……いや、しかし鼻血である。顔面をぶつけたとか、強く叩きつけられたとかでもなく、普通にしていて鼻血。

 堂々としている美丈夫にタオルを押しつけるおっさん。これ、どういう構図よ。


「鼻血がね、出ちゃっててね」

「それはお前の反応を見ていれば分かる」

「おい!」


 何だろう。どこかジークヴァルトは楽しそうだ。


「飲み物を飲んで鼻血を出したのは初めてだ」

「俺だって、そんなのに遭遇するのは初めてだよ!」


 ああ、もう。様子を見る為にタオルを鼻から離す。鼻腔からたらりと落ちていく赤い雫を見て、再び布を当て直した。全然鼻血が止まりそうにない。しばらく駄目そうだ。

 疲労回復させるつもりが……。俺は長いため息を吐いた。


「ラウルの力が強すぎたのでは?」

「は?」

「どうやら俺は元気になりすぎたようだ」

「ヤバい、俺のベルンが壊れた」


 ふっ、と笑みをこぼした相棒に、危機感を覚えた。どうしよう。困る。どうやったらまともに戻ってくれるんだろう。

 動揺する俺をよそに、ジークヴァルトはとてつもないマイペースさを発揮している。どんどんタオルの色が変わっていくしどうすれば良いんだ、と頭を抱えたい気持ちになっていると、たまたま通りすがったらしいアエトスが「わあ、すごいことになってるね」と声をかけてきた。


「騎士の飲み物を与えたらこんなことになっちゃって」

「……普通に神聖魔法で癒したら治るんじゃないかと思うけれど」

「あっ」


 俺の驚く声を聞いてくすくすと笑った彼は、ジークヴァルトがどうなるのかも分からぬ内に去っていった。

 どうしてそんな簡単なことが思い浮かばなかったんだろうか。そんなことを思いながら癒しの詠唱を行えば、すぐに解決した。

 ――何だったんだろう。この時間。

 ジークヴァルトの鼻血で汚れたタオルを握りしめ、俺は深いため息を吐くのだった。

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