第9話 安倍成昌についての問いかけ
佐奈から話を聞いた桔梗は宣言した通り、ナースコールを押し、看護師を呼ぶ。
五分とすることなく、看護師と同時に警官も入ってくると、入室してきた警官が文香と桔梗に声をかけてきた。
「あなたたちも事故現場にいたんですよね? 少し、事情を聞きたいんですが」
「え……」
当然、事故現場にいたのだから事情聴取を受けなければならないことはわかっている。
だが、桔梗も文香も実際に事故が起きた場面を目撃したというわけではない。
どうこたえるべきか、文香が施行を巡らせていると。
「いや、けどわたしたち通報しただけで、実際に何があったのかなんて知りませんよ?」
その間に桔梗が警官の問いかけに答え、そのまま視線を文香に向ける。
文香は桔梗が自分に話を振っていることに気づき、桔梗の言葉にうなずいて返す。
「え、あぁ……うん。なんか横断歩道のあたりに人だかりができてたから、何があったのかなって近づいたんです。そしたらこの子が倒れてたんで、すぐに救急車とパトカー呼びましたけど、それ以上のことは……」
佐奈がなぜ事故に遭ったのか、その理由はなんとなく推察できるのだが、突飛で奇抜な内容であるため、警察に話しても一笑されておしまいだ。
下手をすれば、少し頭のおかしい不思議系女子、という印象を与えかねないし、最悪の場合、精神病院を勧められてしまうかもしれない。
前者はともかく、後者は精神的に少しまいっていることはあってもいたって健康な状態のはずであるため、なんとしても避けたいところ。
文香は特に打ち合わせたわけではないのだが、なぜか桔梗も同じことを考えていると察し、話を合わせていた。
二人の話を、警官も信じたのだろう。
「ふむ……なら、何か思い出したらこの名刺の連絡先に電話してほしい」
「あ、はい」
「わかりました……えっと、それじゃ、わたしたちこれで失礼しても?」
「あぁ、構いませんよ」
一応、警官に退室しても構わないかどうか確認する。
警官から退室しても構わないと言われ、文香と桔梗は佐奈に声をかけ、病院を後にした。
病院を出ると、桔梗はスマートフォンを取り出し、誰かに連絡をする。
それが誰であるか、文香はすぐに知ることとなった。
「あ、もしもし。成昌? うん、いま病院出たとこ……あぁ、そのことはちゃんと聞いたよ? うん、なんか、背中に猫か犬みたいな生き物の肉球っぽい跡があったわ」
どうやら、成昌から頼まれたことについての連絡らしい。
「それに声も聞いたって……やっぱり、関係あるのかな? あ、うん。これから学校行く予定……え? まぁ、たぶん歩いていけなくもない範囲だと思うけど……来るの?」
来る、という単語に文香は佐奈の見舞いに成昌が来るつもりなのか、と予測し、口を挟もうとする。
だが、口をはさむより先に、桔梗が話を進めてしまう。
「わかった。なら、わたしも一緒に行く……まぁ、ほら。わたし、帰宅部だから。うん、それじゃあとで」
どうやら、本当に放課後になったら成昌と桔梗で再び文香を見舞うつもりのようだ。
佐奈から話を聞いてほしい、と頼んだ時点で何かあるかもしれないと感じてはいた。だが、成昌自身が直接乗り込む必要があるほどのものなのだろうか。
成昌が悪夢について相談に乗ってくれて、さらにはお守りまでくれた理由は、あくまで桔梗を通じて彼に相談したからだ。
対して、佐奈と成昌にはクラスメイトであるという以上の接点はない。
だというのに、なぜここまでする義理があるのか。
文香はそれが不思議でならなかった。
「……なんで見ず知らずに近い佐奈には相談なしで行動しようとするのよ。あいつ、ほんっとわからないわ」
「ん~? もしかして、成昌のことが気になってたりする?」
「うぇっ⁈ あ……き、聞こえてた?」
「もろに」
「もろにかぁ……」
「うん。てか、そんなに気になるなら、教えてあげようか? 少しだけだけど」
「え、いや。べつに安倍のことが気になるってわけじゃなくて……なんで佐奈には自分から動こうとして、わたしの時は桔梗が間に入ってくれなかったら絶対に手を貸してくれなかったじゃない?」
「あぁ、うん。それはあるかも」
否定することなく、あっさりと桔梗は文香の言葉を肯定する。
かばうつもりがまったくないのか、という疑問が浮かんでくるが、同時にそれだけ成昌のことを理解しているのかとも思うと。
「桔梗はどうしてそんなに安倍のことを信頼できるのよ?」
そう問いかけずにはいられない。
そもそも、桔梗の成昌に対する信頼がどこから来るのか、成昌を紹介してもらうときから少しばかり気になっていた。
思えば、自分は安倍成昌という人間について、ほとんど知らない。
成昌本人が自身のことをあまり語らないことと、そもそも成昌本人がクラスメイトとあまり交流を持たないことがその要因ではある。
だが、文香も含め、積極的に成昌と交流を持とうとするクラスメイトが少ない。
その結果、人づてであっても成昌の情報が入ってこないことも、安倍成昌がどういう人間なのかをわかりにくくしている。
だからこそ、なぜ桔梗が成昌を信頼できるのか、気になってしまった。
文香の問いかけに、桔梗はやや首をかしげながら。
「ん~……まぁ、少し離れてるとはいえ、親戚だからってものあるけど」
と、以前も話したことがある内容で返す。
「あぁ、遠縁なんだっけ? けどさ、それだけであそこまで信頼する? 普通」
「まぁ、あとは中学の頃からの付き合いってこともあるからかなぁ? 成昌本人ともだけど、成昌の霊能力とも」
「え? 中学の頃からこんなことやってたの?」
文香は目を丸くして、桔梗に問いかける。
問いかけられた桔梗はあっけらかんとした様子でうなずき。
「うん。成昌が言うには依頼を受けなくても、お祓いしたりちょっとしたおまじないを教えたりしたことがあったみたい」
「えぇ……がきんちょの頃からそんなことしてたの……まさかと思うけど、誰かを呪ったり、おまじないで操ったりしてたなんてことは……」
「……ないんじゃないかな? さすがに」
「だ、だよね……なんか安心した」
中世ヨーロッパの魔女や魔法使い、おとぎ話に出てくるような魔女のようなことをしないことを知り、文香はほっと溜息をつく。
小学生のころの話とは言え、自分のクラスに訳の分からない能力で他人に害を与えるような人間が近くにいたのでは、どんな拍子に自分がターゲットになってしまうかわかったものではない。
いつ狙われるかわからないという、味わいたくもないスリルを毎日味わうことは、文香としても避けたいところなのだろう。
「あ、でも調子乗った同級生をビビらせたことはあるって言ってたな」
だが、その安堵は桔梗の一言で吹き飛んでしまった。
「え……もしかして安倍って結構な過激派?」
それなりにコミュニケーションを取ったが、過激な雰囲気は一切感じられず、むしろ他人との付き合いは面倒くさがる傾向が強い人物だと思っていた。
だが、その予測とは正反対の人物像である可能性に、文香は少しばかり身構える。
そんな文香の様子に桔梗はすぐに否定の言葉を投げた。
「あぁ、違う違う。成昌はあれで自分と合わないって思った人とは自分から距離を取る人だから」
それに、自分から手を出したらどんなことになるかなんてすぐに想像できるし、面倒ごとを処理する時間と労力がもったいないし、余計面倒なことになるから口は出しても手出しはしないんだって、と桔梗は付け加える。
「え……じゃあ何があったのよ?」
桔梗の言葉でますますわからなくなった文香は、結局何があったのか気になってしまい、文香はそう問いかけた。
その問いかけに、桔梗は少しばかり考えるそぶりを見せ。
「あ~、わたしもほかの子から聞いたことしか知らないんだけど」
そう前置きして、桔梗は成昌が実際に何をしたのか、話し始めた。
たしか、小学六年生の頃だって言ってたから、四、五年前のことになるのかな?
さっきも言ったけど、成昌はその頃から簡単なおまじないを教えたり、失くしたもの探したりとかしてたんだって。
まぁ、そんなの興味あるのは大抵が女子だから、それなりに人気あったんだと思う。
それを面白く思わないのが男の子ってもんなんだろうねぇ。
成昌を囲んで、おまじないなんてもの嘘っぱちだろ、本当にできるんだったら俺に呪いをかけてみろよ、とか言い出したんだって。
まぁ、うん。バカだよね、一言で言っても。
もちろん、成昌はその男子に呪いなんてかけなかったよ? そんなことしたら、おじさんやおばさん――成昌のお父さんとお母さんね。二人に何言われるかわかったもんじゃないし。
けど、それで納得しなかった男子の一人が。
「だったら、校庭の池に住んでるヒキガエルを一匹、おまじないで殺してみろよ。そしたら信じてやる」
って言ったんだって。
え? いくらなんでも残酷すぎやしないかって? まぁ、うん。それはそうだろうけど、覚えがあるんじゃない? 気味が悪い、気持ち悪いからって虫や弱ってる犬とか猫に石投げたり棒で叩いたりしたこと。
あれとおんなじ感覚なんでしょ。小学生のがきんちょからしてみたら。
さすがに成昌もそれには抵抗したらしいよ? けど、最後には。
「じゃあ何があっても自己責任、俺のせいだとかいうんじゃないぞ?」
って言って、校庭まで行ったんだって。
で、ヒキガエルがいる池の前に行くと、近くに生えている桜の葉を一枚摘み取って、息を吹きかけてからヒキガエルに向かって投げたんだってさ。
え? 途中で落ちたり、変なほうに飛んで行ったりしなかったのかって? 普通はそうなるんだけど、まっすぐ飛んでいったらしいよ? で、飛んでいった先にはヒキガエルがいたのよ。
葉っぱがヒキガエルの上に乗っかると、ぐしゃりって潰しちゃったんだって。
当然、つぶれたヒキガエルからは中身が飛び出してきたの。
その飛び出してきた中身は、成昌にヒキガエルを呪いで殺すように言った男子にかかったんだって。
そいつが真っ先に悲鳴上げて逃げ出したんだけど、ほかの男子はぼっとして残ってたそうよ?
で、その残った連中に成昌は。
「これでいいだろ? まじないは本当にあるってわかったか?」
って聞いたうえで。
「俺にまじないを教えてもらったり、占いをしてもらったからってそいつをいじめたり変人呼ばわりするのはやめろよ? でないと、お前たちもあんな風になっちゃうかもしれないからな?」
って、脅したらしいの。
残ってた男子たちは、その脅しが効いたみたいで、それ以来、成昌のおまじないや占いについては何も言わなくなったんだって。
あ、もちろん、小さなトラブルとか喧嘩はあったけど、いじめはなかったみたいよ?
成昌の脅しがよっぽど効いたみたいだねぇ。
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