エピローグという名のあとがき

 唐突に終わったなあと思ったかもしれない。


 まあ、人生なんて唐突に終わるもんだからね、しょうがないね。


 これで、僕と姉さんの記録は終わりだ。


 もちろん、今回、エッセイとして書き起こすにあたり、省略した話もたくさんある。書いて下書き保存までしたけど、公開しなかった話もある。他愛ない会話をした記録、二人で散歩した記録、家族で出かけた記録、その後の話。


 姉さんの死後、僕には色々なことがあった。一人じゃ辛いからと彼女を作ったが、精神状態が混沌としすぎてたくさんの迷惑をかけたり、高校生活を楽しむ反面心の中はずっと悲しく寂しかったり。


 ここでは詳しく語らないが、藍ちゃんも養父母さんも既に亡くなっている。


 養父母さんは便宜上、養父母と呼んでいるものの、心のなかではお父さんお母さんと呼んでいるし、当時は直接呼ぶときもそう呼んでいた。僕がそう呼ぶのは、二人だけだ。実の父母は、呼ぶこと自体がない。今は実家ぐらしをしているが、会話なんてしないし、しようともしたいとも思えないから。


 しかし、それらは全て別の話である。


 本エッセイはあくまでも、僕と姉さんの思い出を主体として書いていた。なぜか。自分がそうしたかったからだ。読者にとっても、そのほうが面白いだろうと思ったというのもある。


 姉さんは、この世に生きた痕跡というものを残さず、計画的に死を選んだ。用意周到だ。たとえば彼女が歌う声を収録したデータ、彼女の写真データ、それらの入ったパソコンと携帯、家のアルバム、それらを全て消していたのだ。アルバムに関しては、養父母さんも気づかなかったらしい。


 まじでいつの間にやったんだ。忍者かよ。


 多分、夜中にこっそりだろうなあ……まじで忍者じゃねえか。


 僕は、それがなんか悔しかった。ふざけるな、と思った。


 遺書に書いてあった死を選んだ理由も、そうだ。


 ふざけてんじゃないよ、と思うよ。


 当時はただただショックなだけで、「許さない絶対にだ!」と古のネットスラングで茶化すことは出来なかったが。いつしか、許さない絶対にだ!今に見ていろ!と思うようになった。


 いや、これは取り繕った言葉だ。


 正直、今でも寂しいし、悲しい。寂しいに決まっているのだ。あたり前田のクラッカーである。


 正直、毎日、会いたいと思いながら過ごしている。眠るときにまぶたの裏に姉さんの首をつっている遺体が浮かんでくるし、僕が見る夢の大半は姉さんの夢だ。どこを歩いていても、何をしていても、姉さんのことばかり頭に浮かんでしまう。


 彼女の好きだった曲の歌詞を借りるなら、「君をまぶたからうまく剥がせない」というやつだ。


 出典:the pillows『天使みたいにキミは立ってた』


 毎朝、起きる度に虚しくなる。夢の中で会いに来るから、「あ、そうだった、もういないんだった」と。


 多分、一生そうなんだろう。一生引きずってほしいと、いつしか彼女は言った。遺書にも書いていた。その言葉の通りになってきている。


 とはいえ、かなりの年月が経っていて、写真も音声データもないのだから、彼女の顔や表情、声を正確に思い出すことができない。「こういう顔立ちでこういう声だった」「胸が大きかった」とか、そういう印象の記憶だけが残っている。


 年々、彼女の記憶が薄れていくのが嫌だった。


 本エッセイを書くとき、ずっと貸倉庫にしまい込んでいた日記を引っ張り出し、何度も読み返した。おかげで、執筆期間中、仕事は全く手につかなかったよ。何やってんだ、このクソ忙しい時期に。


 まあ、そうしていると、姉さんが今も生きているかのような錯覚に陥った。呼べば返事をしてくれるような気がして、落ち込んでいると抱きしめてくれる気がして、姉さんの家に行けば、笑顔で抱きつきながら迎えてくれる気がして。


 それはそれでしんどいのだから、人間の記憶というのは上手いこと出来ていると思う。忘却も必要なんだな、うん。


 僕は、とても愛されていたと思う。姉さんにだけじゃない。みんなに。姉さんは特に、僕を愛してくれた。家族として、一人の異性として。僕もそうだった。その愛もまた、誰に疑われようと否定されようと覆らない。


 僕は世界で一番愛している人に、たしかに愛されていたのだ。


 それは僕の誇りであり、今生きている理由だ。


 ただ、それだけでいいじゃないか、となれないのが僕の弱いところだと思う。本当は、今もやっぱり、あの人と一緒に生きる未来を想像してしまう。


 僕は姉さんと一緒に生きたかったけれど、彼女はきっと僕と一緒に死にたかったんだろう。その違いが、無意識下に僕らをすれ違わせ、こういう結末に向かわせたのかもしれない。


 姉さんが言っていたことがある。


 結婚相手は一緒に生きたい人じゃなくて、一緒に死にたい人がいい。


 僕と結婚したいと言っていたから、それは僕だったということになる。僕は一緒に生きたいと思っていたから、やっぱりズレている。


 彼女は僕の中に明確に息づいている。


 今の僕を構成する要素の多くは、姉さんから貰ったものだ。喫煙者なのも、酒好きなのも、エロゲ趣味なのも、アニメが好きなのも、東方が好きなのも、小説を書いているのも、ライターをしているのも、全てあの人の影響だと言っても過言ではない。


 この世界には既にいなくても、自分のなかには確かにいるのだ。


 なんにせよ、僕は姉さんが生きた証を残したかった。僕が彼女にできる、最後のことだと思った。


 ネットの片隅のさらに隅の、そのさらに隅でも構わない。


 生きた痕跡を消したかった姉さんは、きっと嫌がるだろう。


 僕は、そんな姉さんにこう言ってやりたい。


「残念だったな! 僕の日記も処分しておくんだったな!」


 最後まで読んでくれた方には、本当に感謝しかない。


 ありがとうございました。


 面白い人生だったら、何よりです。

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碧天の雨 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki

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