第29話:家族が壊れた日
鈴ちゃんが話せるようになった。鈴ちゃんの部屋で、僕と姉さんと鈴ちゃんの三人で話をした。
だけど、鈴ちゃんの目はまだどこか虚空を見つめているように見えた。他愛もない話をしようとして、失敗した。そんな僕たちを見てか、鈴ちゃんが布団を叩いた。何度も叩いた。二人で必死になって止めた。突き飛ばされて体を棚に打ち付けても、頭を床に打っても。
しかし、この日の鈴ちゃんは止まらなかった。
「なんで! 私のせい!?」
鈴ちゃんが、ガラガラな声で叫んだ。
「仕事も! 部活も! みんな! そんなの頼んでない!」
何も言えなかった。
「イジメを肩代わりしたのも! 私はそんなのしてほしくなかった!」
鈴ちゃんは、知っているようだった。きっと、姉さんか養母さんが話したんだろう。僕は、どんな顔をしていただろう。拳を握りすぎて、手のひらが痛かったのは覚えている。心の中の決定的な何かが切れていくのを感じた。
何度も忘れようとした。忘れたいとも願ったが、これを書いている今でも、この日のことは鮮明に思い出せる。何を言われたのか、鈴ちゃんがどんな顔をしていたか。
「おかしいよ! 助けてくれなかったくせに!」
「それは……!」
「あんたが来たからおかしくなったんだ!」
「鈴ちゃん!」
「ヒロくんとなんか出会わなきゃよかった!」
「それは言っちゃあかん!」
「ヒロくんなんか、ヒロくんなんか、死んじゃえばいいんだ!」
「鈴!」
姉さんが怒り、鈴ちゃんがフラフラとした足取りで飛び出していった。追いかけなきゃいけない。それなのに、体が動かなかった。姉さんが何かを言っているけど、何も聞こえない。
僕は、とてもひどい顔をしていたらしい。後から姉さんが話してくれたけど、どこも見ていないような顔だったそうだ。姉さんはそんな僕の体をずっと揺すってくれて、声をかけ続けてくれた。
しかし、そのせいで、僕らは鈴ちゃんを見失った。養父母さんや藍ちゃんは先に追いかけてくれたけど、それでも見失ってしまった。
体が動くようになって、一家総出で鈴ちゃんを探した。夕方になっても見つからない。夜になっても、見つからなかった。焦っていると別の場所を探していた養母さんに一旦帰るように言われ、反論したけど無理やり車に押し込まれ、帰らされた。
家に帰ると、携帯にメールが来ていたのを見つけた。
――――。
件名:無題
ごめんなさい
ひどいこと言ってごめんなさい
いなければよかったのは私のほう
私のせいでみんなおかしくなった
私がいないほうがみんなは幸せだと思う
ごめんなさい
大好きだけど
だいきらいだよ
――――。
そして、翌日、鈴ちゃんが死んだと連絡があった。
自殺だった。
彼女の葬儀は、身内だけでひっそりと行われた。葬儀の最中、ずっと現実味が無かった。鈴ちゃんが死んだ日からずっと、現実味がなかった。学校に行っても遠くの世界のことのように感じたし、家の中で親が嫌味を言っていても何も心に入って来なかった。まるで、画面の中のゲームキャラクターを動かしているようだった。
彼女の葬儀の後、姉さんの部屋で二人で身を寄せ合った。二人とも、何も言わなかった。
ただ一言、姉さんが「ごめんね」と泣きながら呟いて、僕は押し倒された。脳裏にあのときの光景がフラッシュバックしたけど、突き飛ばせなかった。ここで突き飛ばしたら、もうダメだということを本能か何かで察したのかもしれない。実際、このときもしも姉さんを突き飛ばしていたら、僕らはもうダメになっていただろう。
もっとも、既に駄目になっていないとも言えないが。
震えながら「いいよ」とだけ言った。
その日、僕らは完全に一線を越えた。行為が終わった後、姉さんが隣で顔を覆いながら何度も「ごめんね」とうわ言のように呟いていた。
僕は「いいんだよ」と、言うことしかできなかった。
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