第7話  プロポーズの結末

 小さい時から体が大きく、喧嘩をすれば負けなしの状態だったクルトはアルメロの孤児院ですくすくと成長した。今まで負けたことなど一度もないクルトは傲慢な子供に成長したのだが、

「うるさい、このゴミカスが」

 四年前に孤児院にやって来たフィルに一発で失神させられて以降、一度としてフィルに勝利したことがない。


 成人をしたら独り立ちをしなければならないため、クルトは必死になって就職活動をしたのだが、同じく成人を迎えるフィルは全く焦った様子を見せていない。女の子たちは自分の結婚相手を必死に探すようになるのと同じように、男であればより良い職場を求めて必死に活動をするのだが、フィルは何を考えているのか分からないほど一切の就職活動を行ってはいなかった。


 フィルと一緒に行動することが多いアンに尋ねてみたところ、

「独り立ちしたら私は薬草採取で生計を立てるつもりだけど、フィルは誰かの下に仕えて働くのは嫌だから猟師になるって言っていたかな」

 と、アンは答えてくれた。


 フィルがアンに対して並々ならぬ思いを抱いているということは孤児院にいる人間なら誰でも知っているようなことだけれど、アンはフィルに対して特別な思いを抱いていない。どちらかといえば嫌悪感を抱いているようなところもあるようで・・

「だったら俺がアンを嫁にしたら、フィルはさぞかし悔しがるだろうな・・」

 という仄暗い考えがクルトの胸の中に芽生えることになったのだ。


 二人きりでの行動は絶対に譲らないフィルだけれど、大勢で居る場合だったらクルトとアンが何を喋っていたとしても邪魔はしない。


 アンとの交流を積み重ねているうちに、

「アンだったら薬草で金も稼ぐだろうし、嫁にするには丁度良い。最近は変な夢を見るみたいだけど、俺は浮気もしないし、裏切りもしないし、崖から突き落としもしないから大丈夫だろう!」

 と、クルトは思うようになったのだ。


 幸いにもデボラとエステルが協力をしてくれると言うので、クルトは慌てて結婚の申し込みをするために花束を用意することにした。エレスヘデンでは結婚を申し込む際には必ずラセイタの花束を送ることになっているのだ。


 まっすぐな茎の先にふわふわとした鮮やかな花を沢山つけるラセイタの花の意味は『永遠の恋』『愛の絆』であり、女神リールの神像が右手に持っているのもラセイタの花束なのだ。


 長年、孤児院で生活をしてきた子供は独り立ちをすることに大きな恐れを抱くようになる。特に女の子は顕著で、一人にはなりたくないという思いが強いからこそ、結婚相手を必死になって探そうとする。


 最近、夢でうなされることも多いアンは、自分の求婚を断ることになるかもしれない。だけど、孤児院から独り立ちして一人になるくらいだったら、形ばかりの夫婦としてでも良いから共に新生活をスタートさせないかと言うつもりだった。


 最初は契約でも良い、結婚というスタートを切ることさえできればフィルをギャフンと言わせることが出来るだろうし、アンに生活費を稼いでもらうことにもなるのだから。


「ふふふ・・アンが俺のプロポーズを受けたらフィルはどんな顔をするだろうか?あいつ、絶対に絶望するぞ!ああ!どんな表情を浮かべるのか楽しみで仕方がないな!」


 ウキウキしながらクルトが修道院の裏へと花束片手に進んでいくと、恋人たちの逢引きの場所とも言われる小さな祠の前で、誰かがぐったりとした様子で倒れている。


「アン?アンなのか?」


 慌てたクルトが駆け寄ろうとすると、後ろから鈍器のようなもので殴りつけられた。目の前が真っ暗になっていく中、力が抜けた自分の体が前のめりとなって倒れていく。


 見知らぬ男はアンを軽々と抱き上げると、暗闇の中へ溶け込むようにして消えていく。



     ◇◇◇



 フィルは四年前にアルンヘムの孤児院へとやって来たのだと皆は言うけれど、フィルが孤児院にやって来たのは実に二十年ほども前のことになる。


 フィルとアンは同じ時期にアルンヘム孤児院にやって来たから、二人は一緒に行動することが多いと言われているが、フィルとアンは夫婦であり、いつの間にか子供に戻っていて孤児院で世話を受けることになったのだ。


 十歳から十四歳の四年の月日を孤児院で生活するというループに嵌っている二人は、独立を迎える次の日には十歳になっている。自分たちだけが過去に戻るというわけではなく、周りの人々が十歳に戻ったフィルとアンを、孤児院にやって来たばかりの子供達だというように受け止める。


 周りはどんどんと歳をとっていく中で、フィルとアンの二人だけが十歳から十四歳を繰り返す。ループを五度も続ければ二十年の歳月が経っているわけで、

「ああ〜、ウザッ!本当にウザッ!何とかこのループから脱出したい〜!」

 ループの度に記憶がリセットされるアンとは違って、記憶がリセットされることがないフィルはすっかりやさぐれていたのだった。


 周りの女の子がフィルに興味を持つのもいつものことだし、成人前に結婚相手を見つける云々で騒々しくなるのもいつものこと。孤児院では女神が生まれたとされた日に、一斉に成人を迎えた子供たちが巣立っていくことになるのだが、

「どうせ明日には十歳になっているんだろう!ウザイッ!本当にウザイッ!」

 5回も繰り返しているフィルは完全に惰性で動いているようなところがあった。


 独立の日が近づくとアンは孤児院に来る前の出来事を夢に見るようになる。要するに、結婚して、浮気されて、裏切られて、最後には殺されるという夢を見るようになるのだ。夫であるフィルとしては物申したいことが山ほどあるのは間違いないのだが、

「言ったところで忘れるし、どうせまた同じようなことを繰り返すんだから・・」

 フィルは諦めの境地に入っていた。


 同じような繰り返しを四年単位で五回、二十年の月日を費やしたフィルとしては、

「ああ〜、またもうすぐ十歳に戻るのか、ウザーッ!」

 寝床に入ってひとりで文句を吐き出していたのだが・・

「フィル!フィル!大変だよフィル!起きてよ!」

 というクルトの必死の声に目を開いた。


 まだ十四歳なのに大人並みに背が高いクルトは、二段ベッドの上段に寝ているフィルを真っ青な顔で見下ろすと、

「アンが!アンが攫われたんだ!」

 と、言い出した。


 過去、五回もループしている間に、アンが誘拐されたことは一度としてない。誘拐されかけたことは何度もあるが、全てを未然に防いでいたのだが・・

「デボラとエステルは何処だ?」

「は?デボラとエステル?」

 何故、二人の名前が出て来るのかクルトには理解出来ていなかったが、飛び起きたフィルは即座に女たちが寝ている部屋へと向かって行く。すると、廊下でコソコソと何かを話していた様子のデボラとエステルが怯えたような表情を浮かべてフィルの方を見上げて来たのだった。


 夜に寝付けない二人が廊下でコソコソと内緒話をしているのは日常の風景といっても良いのかもしれないが、今日の二人はいつもと様子が明らかに違う。


「おい、アンシェリークを誰に攫わせた?」

 デボラの首を片手で掴んだフィルは足が宙を浮くまで持ち上げると、エステルが悲鳴をあげて尻餅をつく。


「アンシェリークを攫わせたのはお前らだろ?誰に攫わせたのか言わなければ今すぐこいつの首をへし折る」

 宙に浮いたデボラの足はバタバタと揺れ動き、その顔色は真紫色に変色して口から泡まで溢れ出る。


「待って!待って!二人は関係ない!二人は俺がアンにプロポーズをするのを協力してくれただけで!アンを修道院裏に呼び出してくれただけなんだよ!」


 慌てたクルトがデボラの足を掴んで持ち上げながら少しでも首が緩むようにしたものの、フィルが力を入れたままなので身動きが取れない。


「3秒以内に言わなければこいつを殺す」

「やめて!神官様が連れて行っただけなの!」


 尻餅をついたエステルが、フィルの足に縋りつきながら言い出した。

「黒髪、紅目のアンは悪魔の使いで異端だったの!だから神官様が捕まえに来ただけなの!」

「ハハハッ、女神の巫女を異端だって?」

 デボラを投げ捨てるようにして床に叩きつけると、床に倒れんだデボラは激しく咳きこんだ。


「本当に、神官どもが異端だと言ったのか?悪魔の使いだと言ったのか?」


 ヒヨクドリを捕まえたことを咎めてきた神官は、アンのことを直接名指しで悪魔の使いだと言ったわけではないけれど、

「言っていた!言っていました!だから孤児院から連れて行ったのよ!」

 エステルが涙を流しながらそう言い切ったので、

「アハハハッハハハハハッそうか、お前らはそんな嘘をつくのか!」

 フィルは大笑いをすると、

「アンシェリークは俺の妻だ!お前なんかが用意したラセイタの花を受け取るわけがないだろう!」

 そう言って近くに居たクルトをその場で殴り飛ばしたのだった。


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