ウルフギャング・アンダーグラウンド
第一夜 人狼とヒト
俺には「恩人」がいる。その人は俺の命を救ってくれた。
俺たち人狼は、とある人里離れた山奥でひっそりと暮らしていた。この集落の人狼は特殊な生態を持っていて、メス同士で番になって子を為す事ができる。「二人の母親」がいるということになる。母さん達には数値では測ることができない愛情を注いでもらったと思っている。
黒毛のかっこいい母さんと白毛の可愛いママとの生活は、陽光のように暖かく穏やかで、静かな安やぎに満ちたものだった。
そんな日常が崩壊したのは、風の強い冬の日だった。山奥にあった俺達の里に、多くの知らないヒトが大勢やってきた。
どうやら一匹の人の居住区に降りた一匹を追ってここまでやってきたようだった。何か大きな声を出しながらこちらへと駆け出してきた。
「居たぞ!コイツらだ!コイツらが家畜の牛たちを食いやがったんだ!」
「今度はこっちの番だぞお前ら⋯⋯一匹残らず皆殺しにしろ!」
そいつらは「狩り」を始めた。バイクという乗り物で追い立てて、捕まえたのものから順にいたぶり殺し始めた。狩りを教えてくれたしろばあちゃんは、猟銃で撃ち殺された。
俺は必死に逃げたが、走ってるうちにいつの間にか、母さん達と逸れてしまった。後に、二人がどうなったのか、生きているかどうかすら確かめる事はできなかった。
そして、逃げ切ることはできず、そいつらに捕まってしまった。リンチされて、死ぬんじゃないかと思うほどにバットや角材で殴られ意識を失った。
その間に車の中へ押し込められたようだった。何時間も移動して、道端に投げ捨てられた。子供の自分でも、死ぬということが分かった。
冷たくなって行く体、霞んでいく視界に、やってくる終わりを感じた。完全に意識が飛ぶ間に誰かが走って近づいてきた。
「おばあちゃん、この子怪我してる!助けてあげなきゃ!」」
そいつに抱き上げられたところまでは覚えている。
意識を取り戻すと、暖かい部屋にいた。
「おかーさーん!おばあちゃん!この子起きた!」
人にしては小さい奴に拾われたようだった。いわゆる、少女という形態らしい。小さい時に母さんが教えてくれた。
「知識は己を高めるために必要なものだ。いつの日か、賢く強い狼になるんだぞ⋯⋯!」
彼女には犬だと思われていた。だが、今のように幼体だと人型を保つのは難しい。その生態のため、子犬のような形をしていた。
だが狼だとバレてしまうとまずいので、生き延びるために犬のふりをした。これはもしヒトに拾われた時にと、ママから教わった処世術だった。
「こうやって泣くと犬っぽいのよ。ワオーン !ほらやってみて、ワオーン!」
拾ってくれた彼女には本当の「愛情」を注いでもらった気がする。ただ、大したことはされてないけれども、大きな恩をもらった。
ただ婆さんには、俺が犬ではない事がバレていた。
「あたしゃの目は誤魔化せないよ。でもあの子が助けたってことは、何か意味がある。せいぜい大人しく怪我を治すこったね」
完全に怪我が治るまで一年ほど世話になることになってしまった。流石にこれ以上長居するのは彼女に悪いと思い、隙を見て早く自然に戻ろうと決心していた。
そして決行の日、出ていく前に後ろから声をかけられた。
「また会いにきてね!」
今でも忘れられない、聖母のような微笑みだった。こんなに美しい心根の「ヒト」がいるなんて知らなかった。あの時に初めて、俺は「恋」というものを知ったのだと思う。
それからは良い人生を、とはならなかった。ヒトの姿にも慣れて、都会の路地裏でヒトのガキの姿でほっつき歩いていたら、児童養護施設とやらに保護された。
しかしそこでは、持っていた性分の喧嘩っ早さと、灰色の眼と髪の色、平均を大きく超えた背の高さと体格の良さを怖がって「良い子」は誰も近付いてこなかった。
代わりに、何故か柄の悪そうな「先輩」たちには気に入られた。彼女らにこの冷たい都市で生き残る術を教えてもらった。
見た目は確かに近寄りがたかったが、面倒見が良くて、はみ出し者同士助け合っていたヒトの集まりだった。その関わりのせいもあって、里親は見つからなかった。
施設の園長の婆さんには良くしてもらったし、高校の卒業資格を取るまで勉強の面倒を見てもらっていたが、年齢の問題もあったし、その施設を出て社会に出るしかなかった。
その社会で見たヒトは、様々な生き方をしていた。
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